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八十三 孟起 〜馬超=??〜

 「天下を三分し、その一つを抑える」。どこぞの仕事狂い様が、劉備様に提案した大計です。志のみが先行し、戦略が存在しなかった当陣営にとって、それは目の前の霧を晴らすかのような効果をもたらします。今のこの漢土の安定、蜀漢の躍進は、間違いなくそこから始まったといえましょう。


 ですが実は、その天下三分が別の形で成立した可能性、もしくは天下四分となった可能性を、どれほどの方がご存知でしょうか。「五虎将の強さ、その仕組みを言語化せよ」。その最後の一人にお話を聞きに行く私、鳳小雛にとっても、その「あり得た未来」の想定は無視できるものではありませんでした。


 民族単位で私を「女神」と呼ぶこの方々のお話が散らかるのを警戒し、本日は強力な助っ人を用意しております。


「よう女神様! 随分お忙しいようだな! ガハハ! あの四人の話を聞いた後じゃ、俺の話なんてだいぶ見劣りするんじゃねえか? あの四人みてえな特別な強さあるわけじゃねぇことは自覚してるぞ」


『そうなのですか趙雲様?』


「はい。ご謙遜がすぎると言いたくはなりますが、事実を捉えておいでとも言えますね。この国で五番目に強いことに疑いはありません。ですが、個人や将としての強さに、特別な何かがあるかと言われると、そこの言語化はどうなのか、と」


『なるほど。それに、この国での実績、そしてその前の歩みを考えても、この方の「将としての強さ」は、この方を表すにはごくごく一部なのではないでしょうか』


「お、おおぅ?」


『韓遂殿と組んで曹操と対峙していた時は、紛れもない主君でしたし、今は今で、「羌族の王」と言っても過言ではないくらい、彼らの信頼を得ておいでです』


「ど、どう考えても王は言い過ぎだが、間違いじゃない、のか?」



 すると、近くで聞いていた羌族が、馬超様の背中を叩きながら立ち去ります。


「いいじゃねぇか『王様』! せっかくの女神様の評価だ、ありがたく受けとくのが幸運の鍵だぜ! じゃな!」バンバン


『……と、このように』


「わかりやすすぎますね。これがこの方の『強さ』の一端と申し上げるに過分はなさそうです」


『「将」として、というより「君」としての強さ。まさにそれこそがこの方に対する「言語化」の原点となりましょう』


「つまり、他の四将や夏侯惇、張遼といった比較よりも、孫堅孫策、公孫瓚、董卓、呂布という、いわゆる『群雄』としての位置付けの方が理解はしやすいのでしょうね」



 ここで董卓、呂布という名が出てきたことに対して、違和感を覚える若き方は多いかも知れません。特に袁紹や曹操が、自らのありようを正当化するために、それぞれの暴虐性を、有る事無い事広めさせている影響は大きいようです。


 実際の二人の姿を知る年齢層の方々とは、だいぶその名に対する感覚が違うかもしれません。趙雲様の名の挙げ方も「一代で大勢力を作り上げ、群雄としての力を遺憾無く世に示した人達」という括りに見えます。


 董卓は『西涼の軍閥をまとめ上げて朝廷の混乱を収め、洛陽、長安に一時の秩序を取り戻した』ですし、呂布は『その董卓から配下のごく一部を引き継ぎながら、曹操、劉備、袁術と言った並み居る群雄の中で圧倒的な力を示した』となります。



「その並びに馬超って名前を書くのか? 韓遂とどっちがいいかね?」


「確かにあなたがたの額面上の上下関係は怪しかったのでしょうが、世間や、各国上層の目からすると、誰からみても、『馬超が主、韓遂が従』は揺るぎない評価かと存じます」


「そういうもんなのか。いや、だからこそ、俺や親父と、あの人の関係は長続きしなかったとも言えるんだよな。そしてそこの隙間を、あの『策に善悪なし、悪は私』と開き直る策士、賈詡に巧妙に突かれたってわけだ」


『敗因は間違いなくそれですからね。もしそれがなかった場合、何が起こっていたか。その想像は容易です。三国は四国になっており、そして争う理由のない我らと馬超様はいつしか連携し、魏を駆逐しきっていた可能性が高く、そうでは無くてもその秤は大きく傾いたでしょう』


「かもな。だけど、一度これでもかとばかりに落ちぶれた俺を、先帝と張飛殿、そして女神様が救ってくれてた。あのときは本当に、ほっといたら消えそうなくらい落ち込んでたからな」


『はい。あなたの劉備様への書状を見せられたとき、ことさら文章に対する感応性が高い私は、その文だけで存在が消失しそうな、そんな陰鬱な帰順願いでした。読み返しますか? 私もまた消失する危険は犯したくはありませんが』


「……やめようか。誰も得しねえ! あれは読むだけで人が生きる力を失う禁書指定だ! なんにせよ、おかげで羌族と共にある俺の今があるんだ。韓遂という差引はあるにせよ、その勢力の天秤は、現状のまんまに近いとも言えるな」



「やや話が逸れましたかな? いや、『馬超殿の強さの仕組みを探る』とあらば、その要素も重要といえましょうか。その禁書なるものを世に出せる力も含め……」


『き、禁書は後にしましょう。それに、関羽様や張飛様とは異なり、馬超様の強さは「破る手立てがある」強さだということ。それは念頭に置いておきましょう』


「ああ。心得た。つまり俺が俺としてやっていける理由、それは『絆』、そして、『感情の共鳴』なんじゃねぇか?」


 答えを持っている強さ。それは他の四名にも共通と言えます。しかし、ある程度掘り下げるまでその答えが出てこなかった方々に対し、あっさりとそれを出してくる。それがこの馬超という方。そして、あの大敗を経て成長したこの姿、なのでしょうね。


『……韓遂殿のお話と、禁書のくだり。その二つを逆説的に引用し、そこからこうもあっさりとお答えを出しますか。どこかの国の詩聖皇子も驚きの言語化力と申し上げましょうか』


「そう言えば、戦に関する詩はいつも豪胆極まりない文体で知られる曹植様ですが、こと潼関に従軍した時は、心の葛藤をありありと表現しておいでだったとか。『旗ゆらめきを見たら、いつもなら心が奮い立つのに、今回ばかりは私の心の揺れ動きを表しているように見える』と言ったような」


『それだけ、乗りに乗った時の馬超様の強さというのは、脅威そのものと申し上げられましょうね』


「ガハハ! そう言われると照れるが、もともと羌族という奴等が、そういう明るさと、歌や踊りへの造詣の深さを持っているのさ。笑う時はみんなで笑う。泣く時はみんなで泣く。そうやって生きている。そんな奴らなんだよ」


「最近では、蜀漢の皆もそれを知り、大いに交誼を深めておりますな。あの寡黙で堅物の張任殿まで、酒やつまみを掘り下げて、皆で共有するという変わりようですからね」



 噂をしていたら、張任殿が大樽を持って入ってきた。


「馬超殿、趙雲殿、そして女神様も。ついに完成いたしました。この麦酒は完璧です。西域から関平殿らが持ち込んだ『ホップ』なる苦味と酸味の元を混ぜてみたところ、これがまたあらゆる料理に合う甘露と相成りました。羌族の皆様もいかがでしょう?」


「おお! 張任殿! ついに完成したのか? これは皆で祝いだ! 支払いは任せておけ!」


「「「おおっ!」」」


 こうして始まったどんちゃん騒ぎ。いつものように羌族が「麦踏みの列踊」を始め、いつの間にやら張飛殿らも加わっておいでです。そして現帝の劉禅陛下はなにやら詩曲を作り始め、そこにさらなる振り付けが、と。留まることを知らない高揚が、その夜の長安の街を熱狂に包みます。


 そして、このあらたな麦酒「任酒」は瞬く間にその製法が広まり、羌や蜀漢の食卓や酒場に欠かせないものとなっていきます。



 数日後、劉備様、そして劉禅様から新たな辞令が下ります。


 ――馬超を、羌王に任ずる――


 そう。それは私や趙雲様の報告を受けた両名が、「それが強さの源だというのなら、それが揺らぐ理由を一つでも減らすことが、漢朝の正統を自認する我らの役目」と見定めになった結果でした。


 名実ともに「王」の名を冠することで、「誰が頂か」が揺らぐ可能性を排除し、そして組織体制を明文化。羌族の中からも新たな八旗将を指名するなど、徐々に「羌族の近衛軍」が仕上がっていきます。


 西方と東方の騎兵術と、声や歌、拍子による高度な連携術。その大規模な騎馬隊の強さは、漢土の精鋭ともまた異質な強さを発揮し始めることとなります。


 それを見た曹植殿が、いつかまた新たな詩を描くことになるのでしょう。それはどんな心を映した詩となることでしょうか。




 そして五人の将の強さを言語化し、その仕組みを将兵に再現するという計画。

 関羽様の「戦を手段と見定めて、彼我の虚実を捉える。必要なのは一瞬の集中」。

 張飛様の「戦は対話なり。対話は戦なり。そうすれば常在戦場の鍛錬が実現する」。

 趙雲様の「挑戦的集中、明確な目標、即時の手応え。それらが導く無我の領域」。

 黄忠様の「六十四卦から一つを引く幸運は、引く準備が万全なものにのみ訪れる」。

 馬超様の「心の共鳴、それが作る絆。連携はどこまでも高度化、大規模化できる」。


 これらを鍛錬や戦術戦略に落とし込む議論を繰り返す半ば。西涼に戻った「羌王」馬超様から急報が届きます。


「匈奴の大軍が襲来。軍勢はこれまでとは比較にならず、将も少なくとも、呂玲綺とそれ以上が複数。どうにか羌騎兵で撹乱して遅らせているが、持ち堪えられるのは十日。それ以上遅れると、少しばかりあいつらと感覚が共鳴しかける羌族に、一時降伏やむなしとの声が多数」


 大きな動乱が、再び始まろうとしているのかも知れません。

 お読みいただきありがとうございます。

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