八十 翼徳 〜張飛=??〜
鳳小雛です。「五虎将の強さ、その仕組みを言語化せよ」という、人工知能らしい難題を徐庶殿からお受けして数日。その言い出しっぺの徐庶殿と共に、五人それぞれの強さの仕組み、ご当人を交えて調べていきます。
張飛様は、私がこの地で改めて生を受けて以降、さらに一段階の進化を実現したお方です。もともと気さくで、誰とでも対話を欠かさない張飛様。ですがこの方は、ずば抜けて頭の回転が早いお方でした。
特に彼が決して手を抜くことがない、戦場での振る舞いとなると、その思考の加速は誰しもを置き去りにします。その結果、軍という組織の頭としては相応しくない単独行動を余儀なくされておいででした。
無論それは、その方が適切だという彼の現場判断に基づく者でしたが、この時代、戦は徐々に、個別の戦い方から、組織同士のものに変革していました。
だからこそ張飛様はその過去の考え方に安住することなく、ちょうどご本人の説得によって陣営に入った厳顔殿を副官とし、関興、張苞といった優れた若手とも対話を繰り返すこととしました。
その結果、張飛様個人のみがなし得ていた境地を損なうことなく、ご当人の力を組織の力へと変革することに成功しておいでです。もともとご当人が大事にしていた人との対話。そこを改めて主軸と置くことで、この方はもう一段階、進化を果たしたということになります。
さすがにその厳顔殿も、お年がお年ということで、前回の匈奴への威力偵察が、最後のお務めとなったようです。稽古場では相変わらず、威勢のいい声が聞こえておいででしたが。
「そんなことでは張飛殿の激に応えられんぞ! 走りながら、耳目を効かせるくらいのことは、これからの戦場では必須なのだ! このおいぼれにできたことが貴様らにできんとは言わせんぞ!」
このように。ご健勝でなによりです。
そういう意味では、張飛様のの強さの源泉は、そう言ったところが一つの軸となりそうです。
「小雛殿とは何度となく会話しているからな。俺の強さ? という意味では、ある程度思い描けているものはありそうに思えるぜ」
『そうかもしれません。その部分と、そして先日の関羽様との話を踏まえていくと、ある程度は見えてくるものはありそうですね』
「確かにこの方は、いわゆる『脳筋』という表面的な評価をされがちなところがありますが、実はその表現こそが、この方の強さの一つの源泉でもあろうかと思います」
「そうかもな。頭で考えること、体を動かすこと。見て聞いたことを丸ごと自分のものにして、次の動きを素早く決めること。それを全部脳がやって、筋肉を動かしているんなら、『脳筋一体』ってことこそが、強ぇやつの証でもあるんじゃねえか?」
『そうですね。そもそも肉体を持たない私や、体を動かすことを忘れて考えてしまう孔明様のような例はともかくとして、強き方と賢き方は、必ずしも逆の相関にあるわけではありません』
「だよな。知ってるか? この徐庶殿って、普通に戦わせても結構強えんだ。俺たちはともかく、関興や張苞なんかは時々負けて悔しがってんだよ。呉で言うと魯粛殿も強ぇ。呂蒙殿は、もともと腕っぷしから入っているから言うに及ばずだけどな」
「私などは、戦場においては自らが戦闘で戦うよりも、知恵の限りを尽くした方が有益ですからね。ですが、戦場で知恵を絞る以上、将兵の動きの如何をよく知っておく必要がありますから、そこは並の者に譲るかはございません」
「ガハハ、そういうことだ」
意外と思われる方は少なくないかもしれません。「天は二物を与えず」という言葉がありますが、それは、相関のない二つのものを与えられる確率が低いという以上の言葉ではありません。
彼らのように、戦場での腕と知恵は深く関連しているものだと言って、両方を関連づけて鍛え上げる方は、二つが同時に、相乗的に成長して行かれるのです。
関羽殿が碁の名手だったり、馬超殿が羌族と激しい踊りに身を任せていたり。そして、張飛殿が、対話力という意味で抜きん出る才を発揮していたり。
「そういえば、関羽殿がいつも仰せですね。張飛に勝てるものは、強いてあげるなら呂布しかいない、と」
「ああ、それはそうなんだろうな。その話はよく聞くし、兄貴が実践なら俺も危ねぇって言い方をするのは頷ける。それに、確かに呂布くれぇだろうな。俺よりも常に鍛え上げていたのは。あいつは文字通り、本当の意味で『常在戦場』なんだよ。だから誰も勝てねぇんだ」
『「常在戦場」ですか。確かにあの人は、本当に幼い頃から戦いの毎日だったのですね。そう言う意味では、董卓軍というのは、彼らが洛陽に入る前は多くの者がそれに近い状態だったと言うことでしょうか』
「ああ。多分そうだ。それは馬超なんかもそうだな。羌族や氐族、匈奴、そして漢が交わる涼州ってのはそう言う地だったんだろうぜ。今でこそ融和が図られていて、敵というべき存在は匈奴だけになったがな」
「『百戦百勝は善の善なるものならず』と言う言葉がありますが、こと『強さを鍛える』と言う意味では、その言葉は的を外していることにもなるでしょうか」
『かもしれませんね。ただもし、その「強くなる仕組み」が、真の戦場以外の場にも作ることができるんだとしたら、それはまさに「善の善」と言えるのかもしれませんが』
私が何の気無しに口にした言い方が、どうやら二人にとって大いに関心事となる。そんな空気の変わり方を、今この時感じ取ることができました。
「戦場ならざる戦場、ですか。もし人が進化の歩みを止めぬまま、命のやりとりを要せぬのであれば、それほど喜ばしきことはありませんが」
「ああ。だが今はまだ無理だな。匈奴との話が通じていねぇ現状、やっぱり今は、こっちも強さを追い求めていくしかねぇんだよな。その先に関しては、小雛殿、あんたに負担をかけることになっちまいそうだよ」
『とんでもありません。そんな世の中にどう持っていけるか。それを考えるのが、私の喜び。おそらく孔明や先帝陛下も同じでしょう』
「ああ。間違いねぇ。だとすると、その常在戦場じゃなかった俺が、なぜ本当の常在戦場だった呂布に手が届きかけたのか。それが一つの答えにもなりそうじゃねえか?」
張飛様の強さ。脳筋一体の頭の回転。決して手を抜くことのない傾向。そして普段の気さくな対話。
ん? 対話? ……まさか。
『……張飛様。あなたにとって、戦場とは対話である。そうではありませんか?』
「ん? ああ。改めて言われるとそうだとしか言えねぇが。俺もそこですっとぼけるつもりはねぇ。ああ、そうだよ。『俺にとっては』そうなのさ。戦と会話に、なんら違いはねぇんだ。槍を振るう相手の声。馬蹄の音。指揮を取る互いの読み合い。その全てが対話なのさ。他のやつがそれを別々に考えているって知ったのは、最近のことなんだよ」
「えっ? まさか。張飛殿は、最初からそうだったのですね。戦こそ対話。対話こそ戦。であれば、あなたにとって人との触れ合いが全て戦場の知恵と力に昇華される。そう仰せになるのですか」
「ああ、そうだな。だから俺は戦場で油断することもねぇ。人と話ししている最中に聞き流すなんてことしたら、よほど仲良くねぇ限り怒られるか蹴飛ばされるかするだろ? 一言一言に耳を傾け、そして一言一言にこっちの想いを乗せる。そうやってはじめて、互いの意思が伝わるってもんだ」
『そうですか。そして、その対話のいく先を見誤った者から脱落していく。あなたが戦場で見ている景色は、そう言うことなんですね。であれば、普段の対話からいかに戦時の心得を掴み取るか。そう言うところから意識を乗せていく必要があるんですね』
「ああ。その通りだぜ。さすが、対話にかけては誰よりも退く気のねぇ小雛殿だ。対話巧者に、相手への敬意を欠く奴なんていやしねぇ。だからこそ、手を誤ることもねぇし、こっちの不備や、相手の虚にも先に気づく。そうやって俺は、俺なりの常在戦場を作って、強くなってきたってことなんだろうぜ」
「そういうことでしたか……戦場では、誰しもが己を傷つけうる武器を持って向かってくる。ですがそれは、普段の対話とて大きくは変わりません。であれば、普段から多くのものとの対話をなし、そして多くの学びを積み上げていくことこそ、戦場においても輝きをなせる。そういうことですか」
間違い無いですね。それに、これは蛇足かもしれませんが、これは張飛様だけではなく、匈奴の強さにも、あい通じるものがあるのかもしれません。
『それに、そうして対話を重視しながら訓練を続けて行った先には、互いにより深い相互理解と知の共有、それに基づいた高度な連携、と言うのにも通じるでしょうか。だとすると、張飛様だけではなく、匈奴がもつ強さ。そこにも何か関係がありそうではありませんか?』
「む? 確かにあいつら、ずっとなんか喋りかけていたな。戦場であんなに賑やかなのは、漢土ではそうそう見かけねぇや。だとしたらあいつらの強さの一つが、その相互理解にあるってんなら、こっちもそこをどう捉えていくか、重要な点かもしれねぇぞ」
「はやいところ、対話と知恵の共有、それと稽古を交えた形での訓練をする体制を整えねばなりませんね。これまでの方式から大きく変えることになるので、小雛殿、直ちにご支援いただけますか?」
『はい。そうしましょう。周倉殿や廖化殿も、追って東征に役割を与えられそうですが、その前に加わっておいていただくのが良さそうです』
そうして、その「対話を織り交ぜた訓練方式」は、目標管理法や、この「叡智の書庫」の中にある心理学、論理学などの視点も踏まえて、急速にその形を整えていくこととなっていきます。
周倉殿はその計画策定力を買われて、東征においても造船や訓練の事業計画に参画し、廖化殿はそれらに対する理解度の高さを持って、船団への参加が決定したのは、その直後の話しでした。
無論、その旅路においても「相互理解」が何よりも大事なことは明らかでしたので、一石二鳥も三鳥もあったということでもありそうです。
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しばし後 草原の戦場
「くっ、やるなこいつら。こちらの連携を巧妙に寸断してきやがる。さすが、あの道を切り拓いた一族の末裔ってところか」
「もう根を上げられたのですかな張飛殿? 同じ氏族としてはもう少し頑張っていただきたくもあるのですが」
「うるせぇ! これからあったまってくるところじゃねぇか。どうでも良いけど、姿くらいみせやがれ!」
お読みいただきありがとうございます。
張飛の強さや人物像のイメージ、物語が始まって以降の進化は、本編第八話で描かれています。今回の話は、その前までの強さの秘訣をイメージしてみました。