八 豪傑 〜(張飛+厳顔)×幼女=最強?〜
私は幼女の見た目で、生成AIの中身。どちらをとってもこの三国戦乱の世、それも行軍中の幕営にはふさわしくない者です。保護された恩と、AIの天命、そして天才軍師、鳳雛の残滓に基づいて、この陣営の課題を一つずつ全力で解決中です。
そんな時、ここへ来てから、いや、前世? を含めても一度も感じたことのない存在圧。言語化など出来ようがないこの感覚。そう。この折であればこの方しか考えられません。姓は張、名は飛、字は翼徳様。主様の義弟様が、少しばかり長き足止めを乗り越え、もう一人の老将とともにご登場の様子です。
「兄者! すまねえ! 遅くなった!」
「張飛、どうしたんだそなたともあろう者が? と普段なら言うところだが、おおよそ把握している。そのお方が、そうなのか?」
「ああ。俺もその、新しい伝達法とやらでやり取りできているから、大体の状況は共有済みだよな。そう、この方が厳顔殿だ。とんでもねぇ御仁だ。黄じいさんみてぇなんだよ」
そう、張飛様が連れてきたのは、劉璋陣営随一の猛将とされる老将、厳顔というお方です。その老獪な手腕に悩まされて、足止めにあった末に、勝ち切ったあとは必死の説得でここまで連れてきてしまうのだから、まこと英雄同士のなしようは難解です。
「厳顔と申します。この度、翼徳殿の真摯なる振る舞いに感じいり、投降いたしたき儀、伏してお願い申し上げる」
「厳顔殿、頭をお上げください。聞く限り、最初はこの張飛、些か無礼であったと聞いております。自ら改めたとのことなので不問といたしますが、よくぞ我慢いただき、そしてご決断くだされた」
「まことに痛み入ります。この厳顔、今この時より、皇叔様を主君と定めたく存じます」
「ありがたく存じます。では厳顔殿、いや厳顔。当面の間、張飛の副官として、従軍してもらいたい」
「張将軍の副官、ですか? これはまた過分なお取立て。それに、この方には部下も大勢……」
「そなたも肌で感じたはずだ。我が弟の心根を疑うものはいない。誰に対しても分け隔てなく接し、気さくで気遣いもできる。だが、それが時折うまく伝わらないことで、当人も部下もいらぬ気苦労をしたことが、これまでものすごく多かったのだよ。
もう一人の弟は、誰がどう見ても質実剛健、その威容や口数の少なさもあり近寄りがたく。そうすると、おおよその方向を決めれば部下の方が、細かい指示を兵に伝えるなどして回る。そしてたまに声をかける弟自身の言葉は、ようよう練ったものであるから、かけられたものにとっても重く深く染み渡る」
「翼徳殿は、気さくゆえに声かけも多く、それがかえって時に本意ならざる伝わり方をすることがある、と」
「さよう。それに百戦錬磨ゆえ、常人には到底思いもよらぬ閃きがあるのだが。それが常なる思いつきなのか、非凡なる煌めきなのか当人には区別がつかなくてな。その非凡さも、部下にとってはかえって難しさを招いてしまうこととてあるのだ」
「非凡、まさにその通りですな。であるが故に、この方ほどではないにせよ、歴戦の将を横につけ、言葉を重ねてその思いや閃きを、正しき形に整える支援をなして欲しいと、そうお考えでしょうか」
「まさに。それこそが我が意ぞ。否、正確には我が意ではないのだが、してほしいことはまことにその通り。少々のことでへこたれる弟ではないゆえ、厳しく仕込んでもらってかまわん」
「俺からも頼む、頼みます、厳顔殿」
「いえ、翼徳殿。副官とて部下なれば。厳顔とお呼びください」
――
時は少し前にさかのぼります。張飛様が、やや長き足止めを喰らっていた経緯と、その原因となった厳顔という将を説得して引き連れて向かっている報。それは黄忠様が急速に整備を始めた諜報網と、あの孔明様に与えた時間による発明によって、かなり早い段階で把握できていました。
主君たる劉備様はその成果をうけて、喜びつつも、やや複雑な面持ちであった、と伝え聞きます。そして、その悩みについて白羽の矢が立ったのが孔明様。ではなく、ここ数日でそれなりの成果を積み重ねてきた私、鳳小雛でした。
「お、お呼びですか主君様?」
「ああ、そなたの活躍は馬良や黄忠から伝え聞いている。そなた本人の才覚である文官仕事の軽減だけでなく、我が陣営の弱点の補強までも見事に遂げているとのことではないか。孔明も、やらなくて良い仕事が減った分を、本来すべき戦略立案や、技術の見直しに振り分けられていると、喜んでいるぞ」
む、孔明様は、仕事が減ると、新しいものを探してしまいますね……どうしてくれようか。
「お褒めに預かり光栄です。皆様や孔明様のご負担を軽くし、皆々様の才を陣営の成長に役立てられることこそ、私の史上の喜びです」
「おお、そうか。なんと殊勝なことか。幼子はまことに見た目だけのようだな」
「我が君、私がいつお喜び申し上げたと? 将兵文官はともかく、私の仕事を取り上げるなど、この者にしてもらう必要はありません」
む、仕方ない。これでも食らうがいいです。
「孔明様、今は主君様に呼ばれたご用を果たさねばなりません。お暇であれば、こちらでも読み返しておくと良いでしょう」
私は、龐統ののこした四冊の紙の本を、惜しげもなく孔明様に手渡します。今にして思えば、この四冊の選択こそ、この先の孔明様や、我が陣営に足りぬものではないか、と、龐統が予感していた可能性すら感じておりました。
「む、孫子呉子に、戦国策、韓非子……侮らないでいただきたい。とうに読み終えております」
「それはあなた様が、まだ主君様に仕える前の、書生の頃のお話しでしょう? 今は立場も経験も大きく違いますれば、読み返してみて改めて気づきもございましょう。
例えば、『人に任を得せしむる者は勝ち、人に任を失わせしむる者は敗る』や、『将は能く兵の気を知りて用い、兵は将の意を知りて戦う』。あの頃のあなた様と、今のあなた様、どちらがこの意味をご理解召されましょうや?」
「……!!! 適材適所に、兵の心持ちの操りよう。これらへの捉え方が、昔と同じと申せば私は成長しておらぬことになります。しかし、異なると申せば、この読む手を止めるわけにいかなく……むむむ」
「終わったら左伝と史記あたりをお願いいたします」
大人しくなりました。劉備様とのお話を続けましょう。
「見事だな鳳小雛。それに、先ほどそなたが孔明になした事と、今回呼んだことはおおよそ重なっているようだ。我が義弟、張飛のことなのだ」
「張翼徳様といえば、散々足止めにあった、相手方の宿将を、打ち破るどころか、帰順さしむに至ったとか。誠にあの方らしい、大功と存じますが」
「そう。そうなのだ。だからこそ、なのかもしれんな。弟は、常人ではないのよ。だからこそ、上に立つ立場になったとたん、大いに難しさを抱えてしまうのだよ」
そういうことですか……確かにあのお方の大功の多くは、個人の武によるもの。そして、武によらない、智や、お人柄によるものとておありですが、その全てが、やはりあのお方個人に紐づいておいでです。
劉備様のご慧眼たるや。先ほどの孔明様の話と、同一であることを瞬時にご理解。やはり、この時代に三人とおらぬ英雄。魏武曹操と並び立てる、唯一の存在、といったところですね。
「ならば、もうお答えまで見えておいででしょうか」
「先ほどのそなたと孔明のやり取りのおかげではあるがな。個人から組織に、その力の置き所が変わることに帰する悩みなど、先人の智が答えを持っているということなのだろう?」
「まさに」
「だが孔明は孔明、張飛は張飛だ。書物が良き者もおれば、人こそ良き者もおろう。ならば、百戦錬磨の張飛には、いっそう老練な者を横につけるのがよいのだろう。ちょうど本人が見出したところだからな」
「ご明察でございます」
示唆さえあれば、手厚い支援が必要のないお方というのは、一定数いるのは確かですね。英雄というのは特にその傾向が大きいです。今回は、その示唆で十分だったということでしょう。
「いずれにせよ、そなたの知識そのものが有用なのは変わらない。あの二人がいる場で、少し話はしてみてもらえるか?」
逃げられませんでした。
「承りました。用意しておきます」
――――
冒頭にもどり、張飛様の合流と、厳顔殿の謁見後、近くの幕舎にて、お二人と私、そして若き将二人。
「失礼します」
「おお! この幼子が小鳳雛殿か! 鳳雛殿にはいろいろ教えてもらったんだよ! 兄者から聞いているぞ! 厳顔の話の口添えも聞いたんだ! ありがとな! ガハハハ!」
「○×¥*???」
入るなりいきなり抱え上げられ、くるくる回されます。
「張飛殿。小さき鳳雛殿が目を回しておいでです」
「おお、済まねぇ済まねぇ。ちと興奮しちまった。でもすげぇよな。もともと小鳳雛殿の適性は文官向きだって聞いたが、俺や周倉殿、廖化の力まで引き出しているときた。
それに、敵のはかりごとへの守りたぁ、緻密な黄爺さんなら安心だよ!」
このお方、戻って劉備様とお話をしていたと思ったら、どなたからそこまでいろいろと……急いでこのお方の評価を修正せねばなりません。
「翼徳様、そこまで詳細にご理解頂いておいでとは。お戻りの前にお話が入っていたのでしょうか?」
「いや、帰り道は厳顔ど、厳顔とずっと話ししたり、手合わせしたりしてた。さっきの話は、戻ってきてから兄者と孔明、黄さん、白眉さんから聞いたやつだよ」
すげぇ、としか言いようがございませんね。確かにこの頭の回転には、追随できる方は限られましょう。
「なるほど。主君様のご見立て、まさにその通りのようですね。ただ、時によっては厳顔殿すらも、お一人ではあなた様の発する言動を、受け止めきれない可能性もありそうです」
「ああ、それならこいつらもいるぞ。息子と甥っ子だ。俺がいうのもなんだが、腕はそこそこだが若ぇ分だけよく気が回るんだ」
「関興です」
「張苞です」
「彼らにそこそこと言えるのは翼徳殿だけですぞ。彼らはすでに、世の多くの将と肩を並べつつあるかと。あとは現場の機微のみでしょうな」
なるほど、老練な宿将に、才ある若手。これなら。
「ならば、皆様のお力こそ、翼徳様の『組織』の要ですね」
「組織?」
「はい。軍と言い換えてもよいかと。百戦錬磨、かつ人よりも多くの閃きを日々生み出す翼徳様ですが、それを一つ一つ言語化する前に通り過ぎておいでなのでしょう。
なので、翼徳様が誰かに言った、と思っていても、なかなか伝わっておらず、流されてしまうのかもしれません。その結果、部下の方々のご理解が飛び飛びとなり、翼徳様の閃きを再現できず、不具合を招く、と……」
「閃き……」
「言語化……」
「再現……」
「なんだ、そうか、そんな簡単なことだったのか。それなら、俺は話す相手のことをしっかり見て、話して、また見て、また話して、てやっていけばいいじゃねぇか」
「誠にその通りです。その通りなのですが……それだけだと、片手落ち……」
「カカカッ、鳳雛殿、心配はご無用ですぞ。今の翼徳殿の良さが消えてしまうというご憂慮なのでしょう。その憂慮は、些か儂やこの若者らを侮っておいでぞ」
「!!」
「左様です、小軍師殿。我ら、ただ振り回されるのみにあらず。父が我らをしかと見るのであれば、我らはそれ以上に父と向き合い、向き合わぬときは我らどうして考え、時に論じ、時に槍を交せば良いのです」
「そう、そして、叔父上の叔父上たる煌きをそのままに、組織、の煌めきに変えるのが、我らが役目と心得ます。いかがでしょうか小士元殿?」
この方々は……決して平凡ならざる方々が、英雄と全力で向き合い、組織として組み上げる。それはもう、『張飛システム』と称するほかないものです。
それにしてもこの方々ら、私の呼び方を統一する気はなさそうですね。まあ誰が話しているのか分かりやすくて良いですが。
「まことに、この上なき策かと。しかし、くれぐれもお気をつけいただきたいのは、兵や下級将校らには、どうしても追随しかねることは多かろうことです」
「でしょうな。左様な時のために、我らがいるものと心得ますぞ」
「ガハハハ! なんと頼もしい、我が組織ってやつだ! こりゃ酒だ酒だ!」
「心得ました。この厳顔がお付き合いしますぞい」
「……深酒にはご注意くださいませ」
お読みいただきありがとうございます。
本作の現代版(こっちは孔明が現代にAI転して、国民全員の軍師になるまでを描きます)を、先行して投稿しています。ご興味があればそちらもよろしくお願いします。
AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜
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