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第12話(その4)=前編最終話=

 ゆったりとした時間を終え、柿岡はトーマスに誘われるままロビーの一角にあるバーへ移った。


 一行5人で、白ワインのデカンタを次々と空けていた。グラスを重ねるごとに場は和み、柿岡も白ワインの芳醇な味わいに魅了されながら杯を重ねた。だが不思議と酔いは回らなかった。


 しばらくして山岡が隣に座り、何を思ったか声を潜めて言う。

「柿岡さん、少しお耳に入れておこうかと……」

「なんですか?」

 と、柿岡は素直に問う。


「先週、別件で長崎へ行った時、久しぶりに翔子ママとばったり会って、驚きました」


『翔子』という名前を聞き、柿岡は一瞬動揺した。

(まさか……)と思い、思わず聞き返す。

「翔子ママ?」

「あの、思案橋の入口にあった……何というスナックでしたっけ?」

 と、山岡は無邪気に話を続ける。


 その無神経さに、柿岡は話を遮りたい衝動を堪え、

「どこで会ったのですか」

 と冷静を装って聞いた。

 しかし山岡の話は要領を得ず、出会うまでの前置きが妙に長い。


 その時、背後から近づく気配に柿岡は反射的に振り返った。

「Mr. Kakioka, there’s an overseas call from Japan for you」

 立っていたのはカウンターの男だった。


「Oh, me?」

 と聞き返しながら時計を見ると、午後10時過ぎ。

(日本はまだ朝の6時……一体誰が?)

 と疑問を抱きつつ、柿岡はカウンターへ向かう。


「はい、柿岡です」

 少し間が空き、受話器の向こうから低い声が響いた。

「柿岡君……」

 それは渡部だった。


「ああ、副所長――」

 柿岡は頭の中で次々と疑念が浮かぶ中、答えた。

「実はねえ……これから東京へ向かうところなのだが……」

 渡部の言葉は曖昧な間を挟む。


(こんな早朝に……一体何が?)

 不安が胸を締め付ける中、渡部は唐突に切り出した。

「昨日、藤原取締役が亡くなってね……」

 その言葉に、柿岡はまるで足元が崩れるような感覚を覚えた。


 藤原取締役は、重工の中でも造船畑出身で唯一の役員。戦後長崎の復興を導いた中興の祖であり、同時に長崎の誇りでもあった。80歳を超えた今なお、その言葉の重さは社内外で絶大な影響力を持っていた。藤原の死は、長崎の未来を象徴する「客船プロジェクト」に暗い影を落としかねない。


「それで、予定を早めて来週早々には長崎にいてほしい」

 と、渡部の言葉は早口だった。

「ただし、欧州のメーカーについては君の目でしっかり見極めてから戻ってくれ。頼むよ」


 そう告げると電話は切れた。

 柿岡はその場で何も聞き返せず、渡部の本意さえ汲み取れなかった。

(これで客船は造れなくなるのか?)

 不意に立ち現れた難題が、柿岡の心を締め付ける。


 受話器を握ったまま、耳元から聞こえる話中音が冷たく無情に響いていた。


「燃えるダイヤモンド」【前編】 ―—了――


無事に第12話まで、書き終わりました。

ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。

後編、よくよく再構成して、改めて連載します。

よろしくお願いします。

船木千滉

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