第12話(その3)
午後6時、柿岡は岡本と共にエレベーターでロビーへ降りた。
そこへ山岡が近づき、
「ようこそハンブルグへ」
と快活に声をかけた。
柿岡が岡本を紹介すると、
「以前、名刺交換をさせていただきました」
と、山岡は応じる。
(なんだ)と岡本を見ると、彼はぎこちなく
「ご無沙汰しています」
と返していた。
山岡の案内でロビーを進むと、エルベ川沿いの景色が見えるレストランに入った。そこの窓際のテーブルに2人の男が座っていた。
「こちらがHDY社のトーマス副社長、そして技術営業部長のホフマンさんです」
山岡が紹介すると2人は立ち上がり、ぎこちなく日本式に会釈した。柿岡は「Nice to meet you」と握手を交わし、岡本を紹介する。
名刺交換を終え席に着くと、柿岡がさっそく切り出した。
翌日の商談を前に、肝心な要件に踏み込む。
「重工としては製品のノックダウン輸出を希望しています。この点どうお考えですか?」
ノックダウン方式とは、部品を現地で組み立てる方法である。特にフィンスタのような大型製品では輸送コストが莫大になるため、現実的な選択肢だった。
「その点は理解しています。幸いMr. Yamaokaがいますので、柔軟に対応できます」
答えたのはトーマス副社長だった。
会社のナンバー2がここまで踏み込んでくるとは想定外だった。
(これは話が進みそうだ)と、柿岡は初対面の印象に手応えを感じた。
「それはともかく、まずは乾杯の飲み物は何にしましょうか?」
と尋ねるトーマスは、軽く1.8メートルを超える身長で、ゆうに百キロは超えるような体形が印象的だった。
「すべてお任せします。ただ、ハンブルグの白ワインと鰻の味が忘れられません」
そう答える柿岡。東京勤務時代、渡部に同行して欧州を回った経験がものを言った。
「Oh, very good――」
トーマスは声を上げ、すぐにボーイを呼んだ。黒服の店員が注文を受けると、間もなくデカンタを手に2人のボーイが現れ、テーブルの真ん中に置いた。
それを見て岡本が、
「えっ、これがワインですか?」
と驚く。
「ああ、澱を取るためか、ワインが若いのか。まあ、これなら一度に飲めるからな」
と、柿岡が笑って言う。
乾杯の後、和やかな会話が続いた。山岡が長崎の鮨の美味しさを語り、次回は長崎で飲もうと誘う場面もあった。ときおりトーマスはドイツ語でホフマンに言葉をかける。そのホフマンは金髪碧眼に銀縁眼鏡をかけた細身の男で、いわゆる典型的なドイツ人だった。
そんな二人を囲んで話は弾んだ。
日本人3人も流暢な英語で互いにジョークを交わす。
(彼らとなら、うまく仕事が回るかも知れない)
柿岡は、そんな思いを抱きながら束の間、肩の力が抜けた。
自分の中に張り詰めていた緊張が、少しずつ溶けていくのを感じていた。
(つづく)
前編、明日で完了します。
最後、土曜日ですので、朝の内に投稿します。
よろしくお願いします。




