第12話(その2)
柿岡はロンドンからハンブルグへ飛んだ。ドイツ第2の都市ハンブルグは、北海からエルベ川を約百キロ遡った場所に位置する国際港である。
柿岡は空港からエルベ川沿いのホテルへ直行した。窓から針葉樹の林が見える重厚なカーテンに包まれた部屋は、近代的ながらどこか冷たい印象を与えた。
(車すなわち乗用車の粗利は10~15%……これなら可能か?)
宮島の言葉が脳裏をよぎる。
だが、現実は捕らぬ狸の皮算用に過ぎず、柿岡は考え込むばかりだった。
その時、ドアがノックされた。
岡本が「失礼します」と現れると、柿岡は部屋に招き入れた。
「少し早いですが」
と言いながら椅子に腰掛け、部屋を見回している。
「10分前になったらロビーに行こう」
そう言うと柿岡は、デスクに置いたノートパソコンを開き、電話回線を繋いだ。
「伊藤さんのことですからキリないでしょ」
「まあ彼女も仕事だからね」
「管理職は、どこまでも追い掛けられますね」と冷やかす岡本。
「まあ書類の山を捌くよりは、ましかな?」
そう言いながら柿岡は接続を待つ。重工では課長以上がノートPCを持って出張するのが常だが、柿岡は高額な通信費を思うと、ため息をついた。
「室長、これから会う新日本ですが、やはりHDYとの直取引は無理なのですね?」
柿岡がハンブルグを訪ねた目的は、Hamburg Dock yard(HDY)社のフィンスタビライザーと居住区システムの調査。いずれもHDY社が日本へ進出した時から、新日本が総代理店であり、山岡がアテンドすることになっている。
新日本が総代理店である以上、直接契約は難しいが、柿岡は設計や機能を自社で検証する余地があるかを探っていた。岡本が言うのは、重工ロンドンが契約すれば、総代理店の契約に抵触しないということ。
「まあしかし、うちの設計でフィンの構造から機能まで、全部検証できるかな?」 あくまで柿岡の物言いはソフトだった。
(もう俺の若い頃とは違う)と、否が応でも宗旨替えは余儀なく、かつてのラグビーのような支配的な上下関係は、もはや許されない。
「新日本はできるのですか?」
「まあ、今から会えれば、君も分かるだろう」
そう答えると、柿岡は着信し始めたメールに集中した。
渡部からの伝言が目に飛び込む。
『明日の午前中、出来れば早めの電話が欲しい』
短い文面だが、どこか差し迫る気配が漂い、柿岡の胸に重くのしかかった。
(何が起きている?)
時計を見れば午後6時。
柿岡は深い溜息をつき、今夜の予定を思い直すのだった。
(今夜は飲めないな)
と考えつつ、岡本に悟られぬよう気持ちを引き締める柿岡だった。
(つづく)




