第11話(その2)
1月17日午前5時46分、兵庫県の淡路島北部沖――突然、地面が激しく揺れ始め、神戸市を中心に関西一円を襲った激震。家が崩れビルが倒れ、空が不気味に赤く染まった。
瞬く間に災害の規模が明らかになると、テレビ画面は絶望的な光景で埋め尽くされた。
起き抜けにつけたテレビを見て、柿岡は頭を傾げた。だが、いつもは冷静なアナウンサーの叫ぶ声は恐怖だった。底知れぬ不安感が体中を駆け巡る。
その背後で妻が声を上げる。
「神戸……って、そんな。おばあちゃん……」
と呟き、食入るようにテレビを見入る。
だが柿岡の感性は別へ飛んでいた。
「会社へ行く」
と言うと、妻は言葉を飲み込んだ。
もし関連メーカーが被災したらと思うと気が焦った。妻を無視した罪悪感を覚えながら自宅を出た。そのドアの閉まる音に、妻は立ち尽くした。それでも柿岡は通りすがりのタクシーを捕まえて会社へ向かう。
本館8階へ着いたのは午前7時過ぎ、すでに伊藤がいた。
「おはよう……、たいへんなことが起こったね――」
そう声をかけると柿岡は自分の席に着いた。
伊藤は立ち上がると、すぐに問い掛ける。
「おはようございます。今日の予定はキャンセルしましょうか?」
そう尋ねる伊藤は、柿岡の予定表を手に持っていた。
それを聞いて柿岡がパソコンを立ち上げながら思案していると、ドアが開いた。
「室長、副所長がお呼びです」
と、渡部の秘書が呼びに来た。
「分かりました」
と言うと柿岡は立ち上がり、
「そうして下さい」
と伊藤に答えて、柿岡は席を後にした。
それが目の回る忙しさに追われる日々の始まりだった。
「重工神戸の様子が、まったく掴めない」
柿岡が副所長室へ入ると、渡部がそう言う。
なにしろ情報ソースが電話とテレビしかない。今日は所長が留守で、最高責任者の渡部副所長が、神戸の所長らに電話したが繋がらない。事務所に社員がいる筈だが電話が繋がらない。
その内つけっ放しの応接セットのテレビが、神戸上空へ入ったヘリの映像を映し始めた。瓦礫の山と化した神戸の街……、黒煙が立ち昇り、そこは修羅場だった。
「これはただ事じゃない……」
渡部の声が震えた。
見慣れた神戸港には、まともに係留している船もない。
幾重にも立ち昇る黒煙が、神戸全体を修羅場へと変えていた。
「柿岡君、こりゃいかん。とにかく現場の情報を集めてくれ」
渡部の指示を受け、柿岡は部屋に戻り即座に動いた。
「全員で神戸の情報収集に集中」
と言明すると、伊藤が手にしたメモを見ながらホワイトボードに向かう。誰もが黙り込み、ペンの音だけが響いていた。
……ただ、瓦礫の山と化した神戸の街、黒煙の合間から見えたのは、倒壊した倉庫と流出したコンテナ……、それを思いながら柿岡は無言で、伊藤が書くボードを見つめていた。
『こんな状況で、我々は何ができる?』
その問いが胸をよぎった。
(つづく)




