第10話(その4)
三人の話は、山岡主導で盛り上がった。ただ柿岡は彼の話を聞きながら、初日に時津が言い放った言葉を思い出していた。
あれは、(重工長崎で大型客船を造っても採算が合わない)ということであって、日本の客船人口は関係ないと、自分に言い聞かせていた。ただ客船の市場に遠い、この日本で大型客船を建造することが良いのか、やはり不安だった。
そんなことを思っている柿岡に、山岡自身が改まって声をかけてきた。
「柿岡さん、私としては是非、重工長崎で造る大型客船を見たいんです――」
そう言って焼酎を勧めてきた。
(酔った風ではないけど)と、柿岡は山岡の目を見た。
「先月、新国際フェリーの監督と、北欧の大型フェリーに乗ったんですけど……」
山岡は話を変えて、大阪の新国際フェリーが客船建造を計画していると言い出した。その会社は重工下関でフェリーを建造しているのだが、いよいよ客船建造に乗り出すと言う。
「いや呉の某造船所から新国際向けのフィンを受けて、その試験に行ったんですが」
新日本はドイツのフィンスタビライザーの代理店をやっていて、山岡はその部門の責任者でもあった。工場出荷前検査に行った際、取引先のノルウエーの船に乗ったらしい。
「朝起きて、三千人乗りフェリーのスイートルームから見たフィヨルドの美しさ――忘れられませんよ。」
山岡の目が輝く。
「ヘルシンキからの客は、翌朝オスロまで誰も寝ないんですよ」
「なんで?みんな飲んでるとか?」
と、笑いながら時津が言う。
「それだけじゃない。吹き抜けのアーケードが13階建ての構造の真ん中にあるんです。これが人気の理由なんですよ」
北欧のフェリー市場の巨大さに、柿岡は圧倒される思いだった。
山岡は両手を動かしながら、船の形を表現しながら、更に言う。
「そしてデッキ下、これがオモテからトモまで、全部免税店なのです」
と、そこまで言ってまた山岡は杯を空ける。
彼曰く、なにしろ北欧のVAT(付加価値税)は高く、酒などは25%。そこで庶民は、フェリーに乗って免税品を買い漁り、そのまま復路も同じフェリーで帰るとか。
「あれほど巨大な市場が目の前にあれば、誰でも船を造ろうと思いますよね!」
と山岡は熱く語る。
「欧州の造船所は大型客船やフェリーで見事に生き残っています」
と話を締めた。
山岡の熱意に触発される柿岡は、グラスを手に取り、心の中で呟いた。
(大型客船の建造――その可能性を確かめる。それが、自分に課された使命だ)
「こりゃ山岡さん、面白いね、あんたの話は――」
と言うと、時津は柿岡に尋ねた。
「柿岡さん、最後の夜だ。もう一軒、行こうか」
そう言うと、時津は立ち上がった。
(第11話へつづく)




