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第10話「遠くて近い隣国の現実」(その1)

1995年の韓国は、若さに溢れ、留まることのない勢いだった。

ただ実情と、目の前の現実は、思いのほか縁遠いものだった。

「柿岡さん、見てください、この道路沿いの山というか、丘を……」

 

 車は凡そ時速150キロで高速を走っている。運転席の肩越しに窓の外を指さしながら時津が話しかけてきた。見渡すと、むき出しの山肌に松の木が群生しているのが目に入る。


「ええ、私も気にはなっていたのですが、どれも背が低いですね」

「そうなんです。この辺りは北との戦争で禿山になって、ようやくここまで再生したらしいですよ」


 北との戦争とは、言わずと知れた1950年から1953年にかけての朝鮮戦争だ。

 それから40年以上が経った現在でも、その傷跡は色濃く残っていた。


「それと、この高速道路ですが……」

 と、時津は固いコンクリート路面に話題を移し、それが戦闘機の為だと説明を始めた。殺風景な視界の中に、遥か遠くまで道路が伸びている。


「この先、何キロかにわたって、とにかく真っ直ぐなんです」

 時津は力を込めて言う。


 この高速道路は、緊急時にジェット戦闘機が離着陸できるよう設計されているという。確かに、日本の高速道路とは明らかに違い、車体が激しく揺れ、タイヤが白くて硬い路面を叩く音が響いている。当初は乗った車の問題かと疑った柿岡も、時津の話で納得した。


「なるほど……」

 頷きながら話を聞く柿岡だったが、途中からどこか上の空だった。

(やはり日本とは国情が違う)と、改めて実感する。


 昨日まで、造船業で鎬を削る韓国に、少なからからず敵対心があった。だが訪れた近代造船や協力事業所を目の当たりにして、その認識は変わり始めていた。


 近代造船の門前にはカービン銃を構えた兵士がいた。構内には軍服姿の人々が多く見られた。聞けば、設計であっても兵役義務を果たす為に訓練へ出向くという。


 この国の職場そのものが、日常の中に臨戦態勢を内包していた。


「時津さん、この国の勢いは止まりませんね」

 柿岡は感慨深げに言葉を漏らす。


 釜山入りして三日目、初日以来渡部副所長の話題には互いに触れずにいた。

(このままでは渡部さん一人が猛火へ)

 と、時津が漏らした言葉が気にかかる。


 彼は何かを知っている。だがその真意を尋ねても、時津はきっと答えないだろう。柿岡はそんな思いでいた。もし相手が宮島なら、話は違うのだろうが、あの時の時津の表情が、それを許さなかった。


「さて、明日は山岡さんと一杯やりますか」

 と、妙に明るい声で言う。

 時津の話では、山岡は重工神戸の客船にも絡んでいると言う。


 それも楽しみだと思う柿岡に、

「明日の朝も早いので、よろしくお願いします」

 そう言って時津は運転手と韓国語で話し始めた。


 耳馴染みのないハングルも、三日目ともなると親しみを感じていた。

 松の木の話も忘れるほどに。


(つづく)

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