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第9話(その3)

 興奮冷めやらぬまま、柿岡らは街中へ戻り、とあるレストランへ入った。

「ちょっと遅くなりましたが、ここに昼時はいつも満席で……」

 そう言いながら時津は座敷へ上がり、壁際の座卓へ柿岡を誘った。


 店は狭い戸口の割りに奥が深く、四人掛けの座卓が十数個はあるだろうか。

 午後1時を過ぎて客は少なかった。


「韓国風の食事で、よかですか?」

 と、時津がほっとしたように問い掛ける。


「時津さん、何か空港から来賓扱いで、もう昔のままで結構ですから……」

 そう柿岡が問い掛けると、時津は意外な表情を浮かべて、率直な返事を返した。


「いや、今は立場が違います」

 と、きっぱりと言う。それはやはり時津らしかった。


「ああ、そうですか」

 と言いながら、柿岡も吹っ切って、仕事の話に戻っていった。


「しかし韓国の造船所が脅威であるとは、分かっていましたが、ここまでとは……」

 それは柿岡の率直な思いであった。


(そうは言っても、韓国に負ける訳は……)

 と、これまで持っていた韓国への印象は、まったく霧散していた。

 あきらかに脅威そのものだった。


「時津さん、釜山は今年から広域市に昇格して、益々発展して行きますよ」

「正直、金海の空港に降りた時、日本に比べたらまだまだと思ったのですが」


「確かにインフラはまだまだですが、この国の若者の勢いは、日本の比ではありません」


「それに、ここ最近の円高も、かなり大きな影響があるのでしょうね?」

「確かに。でも漢江の奇跡からパルパル五輪を経て、今の韓国は日の出の勢いです」


 1988年のソウル五輪、ハングル語で『88』を『パルパル』と読み、パルパル五輪と呼ばれる。1964年の日本の東京五輪の開催と同様、韓国の国力アップを強力に推進した。


「あまり大きな声では言えませんが、日本に追い付け追い越せの精神は強烈です」

 周りを伺いながら、時津は声を抑えて言う。


 その顔は、かつて資材課長として辣腕を揮っていた頃となんら変わらない。だが元々福々しい顔が、好々爺として歳を重ねていた。


 そうこうする内に奥から若い女性が、両手で黒鍋を下げてくる。こうこうと湯気が昇り、その後にも他の女性が続く。二人の前に鍋が二つ、他にも小皿が幾つも並んでいった。


「さあ、これは牛骨スープで、ソルロンタンと言います。熱いので、気をつけて」


 そう言うと時津は、スプーンの頭を覆う紙袋を取り、ステンレスの箸を持って小皿のキムチをつまむ。それを鍋の真っ白なスープに入れると、たちまちそこが赤く染まる。


「ヘー、そうやって食べるのですか」

 と言う柿岡に、

「好き好きですが」

 と言う時津。


 かつて上司として仕えた時津と、久々に向き合って食事を共にする柿岡。

 その懐かしさと微妙な距離感が、暖かい食卓のまわりに漂っていた。


(つづく)


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