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第7話「出過ぎた釘の重責」(その2)

 その年の9月、街が「長崎くんち」を前に盛り上がりを見せる中、柿岡は珍しく渡部から電話をもらった。「あの鮨屋で6時半過ぎに」と言って誘われ、そこへ向かっていた。


 店は十坪程で十数人しか入れない。

 柿岡が東京から戻った頃、連れてきてもらった店だった。


 思案橋でタクシーを降りた柿岡は、ネオンに彩られた街を抜けて静かな勅使坂へ向かう。『龍踊』の音が遠く聞こえ、父と訪れた諏訪神社を思い出すと不思議に心が澄んでいく。


 だが今は(里心を起こす時ではない)と、反省しつつ、その思いは心の中で燻っていた。


 やがて薄暗い小路の奥に、『さかえ鮨』という小さなスタンドネオンが見えた。柿岡は気を入れ換えて、店名と江戸前の文字が浮かぶ暖簾を潜り、玄関を開ける。


 すると、

「よう、久しぶり……」

 と、カウンターの奥に座る渡部の口が、そう呟いていた。


 彼が予約してくれたのだろう、満席のカウンターの中で渡部の手前が空いている。

「すみません、遅くなりました」

 と断って席についた柿岡は、バックを足元に置く。


 奥から女将さんがおしぼりを持ってきてくれる。

「私もさっき来たところだ」

 と言う渡部の前には、小ぶりのお銚子に、生成り色の酒が入ったお猪口が置いてあった。


 少し約束の時間に遅れ、(副所長に呼ばれながら)と、柿岡は後ろめたかったが、口には出さなかった。


「お疲れさん」

 と、先に渡部から勧められ、柿岡はお猪口を持った。

(いったい何だろう)

 と、電話を受けた時の思いが再び蘇った。

 だが渡部は差し障りのない話に終始した。


「ところで奥さんも、お変わりないか?」

 と、渡部が問い掛ける。

 一瞬躊躇した柿岡だが、そこは無難に擦り抜けた。


 それぞれ好みの寿司で、ひとしきり常温の酒を楽しんだ後、おもむろに渡部が尋ねた。

「課長の仕事は慣れたかな?」

「はい、いや思わぬことばかりで……」

 と、話は続く。


「実は、来月から君に業務改革のプロジェクトを担当して欲しい、と思ってね」


「業務改革……」

 と、柿岡はお猪口を持つ手を止めて呟いた。そこから本題に入った。

「ああ、5年前から客船建造を始めたものの、結果的に今の重工の力では限界がある」


 1985年のプラザ合意以降、極東重工業は客船建造に着手。1989年に重工神戸で『桜丸』、重工長崎で『明日香』を建造した。だが後が続かず、このままでは存続も危うい。


「大型客船を造るには、今のやり方じゃ話にならない!業務改革は避けて通れないんだ!」


 そう言う渡部の目は異様な光を放ち、そこに渡部の尋常ならざる覚悟が見て取れた。だがそれと、自分が「業務改革」を担うということが、柿岡にはまだ理解出来なかった。


 その口惜しさは、柿岡の胸をひしひしと圧迫して、手に持つお猪口が重かった。


(つづく)


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