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第6話「節理なきマネージメント」(その1)

今はもう走っていない寝台特急「あかつき号」、昭和の時代を走り抜けていった。でもその記憶は今も、掛け替えのない思い出として、人の心の中を走り続けている。

 夜の神戸駅を出発した特急あかつきは、5月半ばの山陽路を静かに走っていた。


 どこまでも続く平坦な鉄路を、ガタンコトンと単調な音を響かせながら進む。ときおり遠くでカンカンカンと鳴る警報音が近づいてくるかと思うと、たちまち速度を上げて消えていく。


 ブラインドを下ろした車窓の外には、どこか見知らぬ村の風景が流れていくのだろう。柿岡は目を閉じ、寝台に体を預けながら、ひとり踏切に立つ人影を想像していた。


(ああ・・・・・・結婚したのか)

 頭の中で誰かの声が反響する。

 それは未練か、それとも欲望か。

 自分自身の心の奥底を覗き込むたび、溜息が洩れる。


 やがて微睡んだ柿岡は、突如として体が落ちていく感覚に襲われた。と同時に、列車全体が轟音とともに暗闇の中へ突入していく。


 その衝撃で目を覚ました柿岡は、

(ああ九州か)と呟いた。

 学生の頃から慣れ親しんだ関門トンネルに入ったと気付いたのだった。


(よし、今日の部課長会議、絶対乗り切ってやる)

 彼の意識は一気に覚醒した。


 負けた試合は忘れ、次に臨む。それが高校時代からの生き方であり、それは今も変わらない。そう思うと、柿岡は寝台に横たわったまま、体を動かしてストレッチを始めた。


 ぎこちない動きで足腰をほぐし、シャツとパンツを脱ぎ捨てると、足元のバックから新しい下着を出し着替えた。幸い上段の席は空いている。柿岡は対面の乗客に気を遣いながら洗面所に向かった。


 カラスの行水のように素早く顔を洗い、歯を磨く。身支度を整え、狭い通路を戻ると、窓の外に丸みを帯びた山々のシルエットが現われていた。


 夜が明けつつあるのだ。


 柿岡はバックから書類を取り出し、報告書を書き始めた。コンテナ金物メーカーの選定過程を時系列で整理し、それぞれの評価を記していく。


(中村課長を説得してやる)

 そう決意しながら、感情的にならないよう意識しつつ、事の顛末を丹念にまとめた。


 朝、長崎湾を囲む三方の山々は、本来ながら5月の新緑に包まれる季節だった。だがこの日は空が黄砂に包まれ、稲佐山の頂もぼんやりとかすんでいる。


 それもまた長崎らしい風景であり、5年ぶりに戻ってきた柿岡には、懐かしさが込み上げてきた。


 特急「あかつき」の碧い車体を横目に、長いホームを歩く。

 朝日の中で時計を見ると、始業時間はまだ余裕があった。

 腹ごしらえをすべるべく、改札から駅前の食堂へ向かった。 


 いつもながらの朝定食。白味噌の味噌汁に炊き立てのご飯、生卵と焼き鮭。それを一口ずつ味わいながら、柿岡の心はすっかり仕事モードに切り替わっていた。


(つづく)


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