第4話「影の奥に垣間見える鎖」(その2)
柿岡が宮武の話を聞き終え、資材に戻ろうとした時、背後に何か奇妙な違和感を覚えた。
「資材の主任が、またえらく長い間……何か秘密会議ですか?」
と、声がかかった。
振り返ると、御用聞きのように手を擦りながら男が立っている。
思わず柿岡が、
「はっ――、秘密会議なんて……」
と笑って返し、ふと宮武の顔を見る。
すると元々強面の顔を更に引き締め、宮武が威圧的な声を張り上げた。
「人の打ち合わせに、口を出さんでくれんか」と。
だが言われた男は、ヘラヘラと笑みを浮かべ軽い口調で返す。
「いや、ちょっと通りかかっただけで……」
と言い残し、何事もなかったかのようにその場を去っていった。
「良かったとですか、長話して……」
と言う柿岡に、宮武は少し表情を和らげて答えた。
「いや、気にせんでよか。あれは親の七光りやけん」
と、吐き捨てるように言った。
宮武との話を終えた柿岡は、設計を出ながら立ち去った男の姿を探した。その男は、宮武主任の島から一つ離れた場所にいる。宮武と同じ部署で、席の序列も同じ位置だった。
「親の七光り」という宮武の言葉から、彼の素性が薄々読めた。
それは重工の組織に巣食う悪弊、すなわち縁故採用の一例であろう。どの会社でも採用には「安心・安全」が重視され、幹部社員からの縁故採用が容認されることも多い。
しかし、長く長崎の地に根を下ろす重工長崎では、この「安心・安全」のシステムが機能不全に陥っているのだ。すなわち、親にとって大事な子息が、必ずしも会社を支える人材に成り得るとは限らない。
設計部の入口に貼られた案内図を見て、柿岡はその男の名が村上であることを知った。(設計で高卒の宮武主任に課長への道はない。だがもし村上主任が学卒なら……)と、複雑な思いで資材に戻った柿岡は、早速新日本貿易の記録を調べた。
既に取引先として登録されている。
宮武の話通り、5年前に一見として登録され、翌年の正式登録となっていた。
柿岡は重要書類の保管ロッカーから取引先調査票を取り出した。この鍵は主任以上が使える。すでに本社ではIT化が進んでいるが、重工長崎ではまだである。
本社が喫緊の課題とする業務のデジタル化も、長崎では未だ発展途上であり、設計部に至っては未だ湿式の青焼き図面が主流である。これもまた、重工長崎の遅れた一面を示すものであった。
新日本貿易の資料を閉じようとした瞬間、組織票に目が留まった。技術部所属の山岡課長の名前を見て、その部長として記されている「尾崎正和」という名前に目が止まった。
宮武から新日本の名を聞いた時にふと感じた違和感が、そこで腑に落ちた。この「尾崎正和」という名は、弘志社大学の同窓会で一度名刺を交換した先輩と同姓同名だったのだ。
(やはりこの世界は狭い)と、柿岡の胸に安堵感が広がった。宮武主任が推す新日本貿易を、適正購買先として選定することに一抹の不安があったものの、それも霧散していた。
(つづく)




