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「今、自身で言うたであろうが。汝は生贄として送り出されたと。生ける贄とは、なにも食べられるためだけにおるのではないぞ」

「――……。……その、もしかして、私が花嫁衣裳を着せられていたのは……単にそれが最上級の装いだからというだけではなかったのでしょうか……?」

「然り。契りを交わす前に乙女子を包む衣装であるから」

「――…………。……そして、青霧様は……私を食べるつもりがないということは……」

「摂食するつもりはないぞ。汝の肉は美味であろうが。摂食したら汝はいなくなってしまうではないか」

「………………」

 今、ちらりと龍神の性が垣間見えた気がしたが、あまり深く考えないほうがよさそうだ。

 今更ながらに、自分の装いが意識される。二藍が用意してくれた着物に着替えたのだが、これも白無垢だ。元々そういう装いだったので深く気に留めずに着替えたのだが、これは……そういう用意なのだろうか。

 不意に青霧が浅葱の髪を掬った。長い黒髪は、瞳以外はどこもかしこも白い彼の色とは正反対の色をしている。

 髪に口づけ、青い瞳を甘く細めて言う。

「別の意味で食べたいとは思うておるがな?」

「…………!」

 そうか。やはり自分は生贄なのか。生贄とはこういうものでもあるのか。口づけられているのは髪なのに、まるで神経が通っているかのように背中がむず痒い。もうやめて、と懇願しそうになる。

「汝は我の生贄で、花嫁だ。決して手放すことはせぬ」

 言葉は断定的ながら、懇願するように浅葱に言う。

「我を受け入れてくれ、浅葱。我の花嫁になってくれ」

 気づけば、彼の秀麗な顔が間近に迫っていた。吐息が混ざりそうな近距離だ。

「――……」

 こうなる可能性を考えなかったわけではないが、想像がまるで及んでいなかったのだと、こうなって初めて思い知る。どうしていいか、頭が働かない。体が動かない。

 だが、心の準備ができていないことだけは確かだ。軽々しくはいと言えないことだけは確かだ。

「……どうかお願いします。その前に少しお話をさせてください……」

 我ながら弱々しい声で懇願すると、意外にも青霧はあっさり引き下がった。

「分かった」

「申し訳ありません。……よろしいのですか?」

「構わぬ。汝を十六年待ったのだ。いま少し待つことくらいは苦にならぬ」

 そう、そのことについても聞かなければならない。浅葱は姿勢を正した。

「青霧様は、十六年前……赤子だった私をご覧になったのですよね?」

「うむ。愛らしい赤子であったぞ」

「ええと……」

 赤子の顔など誰を見てもたいして変わらないと思うのだが、それはとりあえず措いておく。

「美しい魂とも仰ってくださいましたが……その、その時から私を……?」

「うむ。汝しかいないと思うた。こうして美しい乙女子になってくれて本当に嬉しく思うぞ」

 彼の話を聞いた感じでは、今現在の顔立ちが最重要というわけではなさそうだ。だが、幼子の頃の顔とて事情は変わらないだろう。それでは魂などというものが浅葱を見初めた理由なのだろうか? 人間である浅葱には、そうしたものは見えないのだが。

「私をお目に留めてくださったのは、私の魂なるものがお眼鏡に適ったからなのでしょうか?」

 自分で言うのも何だが、浅葱はごくごく普通の人間だ。……いや、普通よりも心がかなり鈍いかもしれないが、それでも当たり前の人間だ。とりたてて高潔なわけでもないし、心ばえが優れているわけでもない。

「私は特別な人間ではありません。龍神様のお傍に侍ることができるような、そんなたいそうな存在ではないのです」

「青霧」

「……青霧様」

 言い直しを要求し、龍神もとい青霧は浅葱の頬を軽く突いた。

「難しく考えずともよい。我は汝が気に入った。それだけだ。生まれたばかりの汝は、我に笑いかけてくれた。顔と体だけでなく、心まですべてこちらへ向けて、我へ手を伸ばしてくれた。その時に我は決めたのだ。汝こそが我が花嫁であると」

「私が……」

 当たり前だが、記憶がない。自分はそんなことをしていたのか。

「それと、汝は特別であるぞ? 汝は特別な家系の生まれであるだろう? 汝は、我に心というものを教えてくれた。人とは異なる心を持つ我は、その時まで愛しさや寂しさというものを知らなんだ。汝の異能で心を通じ、そうして知ったのだ」

「私の、異能……。それが、龍であらせられる青霧様と心を通じるものであると?」

「しかとは分からぬ。だが、我にはそのように働いた。汝は周りの人々の考えることが分かったであろう? それも汝の能力のあらわれであると思う」

 浅葱は自分の胸に手を当てた。振り返るようにして考える。

 祭司の家系である東常の家に生まれたが、浅葱は姉のように火を操れるわけでもなければ、特異な現象を起こすわけでもなかった。東常に限らず、祭司の家系であっても必ず特別な力を発現するとは限らないので、自分も特別な能を持たない一人なのだと納得していた。

 ……周りの者は、浅葱の振りまく「厄災」を特別な能力だと見なしていたようだが。

(……そう。私には、他の問題もあった……)

「その、青霧様。私は……私自身は、私の異能ではないと思っているのですが……一つ大きな問題がありまして。……周りの者に、厄災を振りまいてしまうのです」

 言いにくいが、言うしかない。黙っているわけにはいかない。

「青霧様ほど力のあるお方なら大丈夫だと思うのですが……私は問題を抱えているのです」

 咎められることを覚悟して浅葱は身を固くした。生贄に病気の生き物が適さないように、こんな厄のまつわる人間も不適だろう。不良品を厄介払いのように押し付けるとは何事だ、と怒られても言い訳できない。

 しかし、青霧はまるで怒る様子を見せない。それどころか驚いてすらいない。

「それは厄災ではなく、当然の報いであろう。汝に仇をなす者を、我は許しはせぬ」

「…………え?」

「汝の姉姫のように、我の手が届かぬ者もおるがな。忌々しい、別の神に目をかけられていなかったら、汝を愚弄した彼奴に目にもの見せてくれたのに」

「…………えっと?」

「汝に相対する者の害意は、我には筒抜けであった。汝がその者の心を知るがゆえに」

「えっと、あの、ちょっと待ってください!?」

 当然のような顔で青霧は話を続けているが、止めて問わずにはいられない。

「私の周りで起きていた厄災……それはすべて、青霧様が起こしておられたのですか!?」

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