レクチャー開始
~自宅の裏庭にて~
「さて、みんな集まったようなのでこれからすることを話すね」
今、俺の目の前には今日の参加者であるクロエ、リディさん、アルバンが座っている。
「とりあえず、先ずはその前に、これを渡すので一人ずつ持ってください」
そういって、一人ずつ陶板とチョークを渡していく。
「さて、これは陶板とチョークと言います。チョークを使えば陶板にものが書けるようになります」
そういって3人の前で実演して見せる。
「わあ、すごいお兄ちゃん!」
「ええ、凄い!」
「おお~すっげえな!」
「とりあえず慣れるために、みんなも書いてください。あとチョークは脆いから力は入れないように」
そういうとみんな我慢しきれないのか、一斉に思い思いに描き始めた。
「はいはい、そこまで。陶板とチョークは上げるから、遊ぶなら後でね」
「ええ、良いんですか?こんなものを貰ってしまって」
「良いですよ、そこまで高いものじゃないので。というかこれからは暇な時はそれを使ってください。」
「ん? どういう事だよ?」
「とりあえず説明するので、みんな注目!」
パンパンと手を叩きながら3人がこちらを向くまで黙る。
「はい、今みんなが黙るまでに20秒掛かりました」
「20秒って何?」
ガクン、そこからかよ、、、
「なんでもない。とりあえず今日集まったのは3人には計算ができるようになって貰うためです」
「計算ってなに? お兄ちゃん」
「言ってもなかなか分かりにくいからな。今日はこの拾った小石を使う。さて、今俺の左手には何個の石がある?」
そういって俺は小石を一つ手のひらの上に乗せる。
「そんなの1個だろ」
「そうだ、俺たちは習慣的にこれが1個だというのを知っている。ではこれは何個だ?」
そういって更に小石を4個追加する。
「1,2,3,4、5で5個ね」
そうリディさんが答える。
「はい、そうです。では更に4個追加してみると」
「1,2,、、、9で9個だな!」
「正解、じゃあここから更に3個を追加すると?」
「1,2,3、、、、、わ、わかんないよお兄ちゃん!」
「アルバンは?」
「んん、わかんねえな」
「ではリディさんは?」
「ごめんなさい、分からないです」
「はい、10個以上数えられないのは両手の指が足りないから。更に数が増えれば、手足を使って数を数えるというのは大変だよね。”計算”は今みんなで考えたような手足ではできない量の数を数える方法だと言っても良い」
「でも何だっていきなりこんな事をするんだ?別に必要ないだろ?」
「まあその理由があるから今日はリディさんにも参加してもらったんだ」
「?」
勿論、まだみんなの顔にはクエションマークしか書かれていない。
「アルバン、アルバンは市場で働いているからわかると思うけど、肉を売るときにどうやってお金を貰っているの?」
「そりゃあ、毎回一枚ずつ数える。10を超えるならば、10枚単位に分けて考えている」
「それだと大変でしょ」
「ああ、まあでも20枚を超えることなんてないだろうな」
「まあ、ここは農村だから20枚を超える計算の金額を扱うことは少ないだろうな。では、20枚を超える計算ができる人はこの村に何人いると思う?」
「う~ん、ちょっと想像付かないな」
「多分だが、3人くらいじゃないかと俺は見てる。それは領主様と奥様と執事だ」
「そうなの?」
「はい、それくらいだと思います。村の税吏さんも分かるかもしれませんが」
「つまりどういうことなの? お兄ちゃん!」
「つまりだ。3人が20以上の計算ができるようになれば、凄いっていうことだ。つまり他人にはできないことができる」
「それはなにか得になるのか?」
「俺たちは農民の子だ。このまま大人になれば、農民なのか徴兵されて歩兵として駆り出されるのか、親の仕事を引き継いで屠殺業をするのか、運が悪ければ奴隷落ちとか。それで良いのか?」
「いや、それで良いかって言われても、それ以外に何があるんだよ?」
「計算というのはあちこちで必要なんだ。身近な例で言えば、市場でも使うだろ?20枚以上数えられないなら20枚以上の取引ができないってことだ。ほとんど騙される可能性が高くなる。そもそも相手が何を言っているかわからないんだからな。」
「まあ、たしかにそうだな」
「お金を扱うなら計算ができることは必須だ。それ以外にも税吏もそうだし、領主様だって計算が重要だ。計算ができなければ、何をしているかさえも分からないんだからな。」
「うん」
「つまり、計算ができるようになることで、まず、これから取り扱う金額が増える石鹸などの商売でもミスや騙されることが少なくなる。それに、畑を耕すことしかできない人と、畑も耕せるし計算もできる人、どっちのほうが価値はある?」
「そりゃ勿論、計算もできる農民だろ、、、って、そういうことか」
そういって一人つぶやく様に腕を組みアルバン
「そうだアルバンは理解したように、計算ができることで自分の価値を上げられるようになるんだ。価値があがれば自分の未来の可能性を広げられるようになるんだ」
「だからエロワ君は私を誘ったのね」
「はい、残念ですけど今のリディさんの環境は直ぐには変えることができません。なぜならば。今のリディさんの境遇はおそらくごくありふれた光景なのです。みんな自分が生き残るのに必死な毎日で、おなじような境遇なのにリディさんだけが助かるという都合の良い展開は望めません。」
「うん、、、、」
そういって俯くリディさん。
「そんなにがっかりしないでください。だからこれから自分に付加価値をつけるのです。自分は他とは少し違う、それだけでも今の環境から抜け出せる可能性は高くなります。」
「うん、、、分かった。こんな私だけれども、こんな私に唯一手を差し伸べてくれたのがエロワ君だった。だから信じるわ、どうか私に計算を教えてください」
「おう、俺も頑張ってみるぜ!」
「私も計算してみたい!」
どうやら俺の言わんとしている事がみんなわかったみたいで、目を輝かせながらこちらを見てくる。
計算を体系的に教えることは素人にはとても困難だけども、少しでも分かってもらえるよう俺も努力しなきゃな。
「じゃあ、始めるか!」
そういって初めての授業を開始するのであった。




