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「一時はどうなることかと思ったが、軍は何も出来なかった。そしてデアドールの役立たずが何もしないから、私からパーチにきつく言っといたよ。次に軍を動かせば、お前はうちのオークション会場に二度と招待しないってね」
笑う妖艶な女は、オークション会場で一人だけ仮面を付けていない。ファムファン王国の中心街エオラで権力を持つラフィラ。
長く鋭い爪は煌びやかに彩られ、それをアスターの肩に置いた。
「無事に開催できたのは、お前のお陰だよアスター。今回は、久しぶりにあの方が足を運んで下さる。開催日を変えるなんてあり得ないからね。……オーグランド・デアドールを蹴落とした気分はどうだい?」
目元を覆う司会者の仮面は、本来オーグランドが被る物だった。白い歯でにっこりと笑ったアスターは、「格別です」とラフィラに礼をした。
抜き打ちでオークション会場に検査が入った日、駐留軍に激怒したラフィラは事務所に軍の対処を命じたが、オーグランドは動かなかった。
代わりにアスターが手下を使って調べると、情報屋の女の証言により、オーグランドが軍に関する情報を隠した事実が分かる。
更にその内容に出たハレー・リードの近辺を探ると、リードに不審に駆け寄ったテナを捕まえる事が出来た。
「大した情報を持っていなかったのは残念です」
アスターに拷問されたテナは、軍に違法奴隷の密告をしようとしたと白状した。だが少年は、軍に情報を売って金を稼ぎたかった、これは自分の独断だったと、それ以外を口にしなかった。
「奴隷の出なのに、オーグランドが甘やかしすぎたんです」
「それはお前も同じじゃないか」
性奴隷として飼われていたが、成長して声変わりと共に飼い主に捨てられた。再度奴隷オークションに自身を登録しようと出向いた事務所でオーグランドに出会い、そこで働くことになったアスターは、奴隷以外の生き方の全てをオーグランドに学んだ。
「あの事務所の連中は、みんな頭が悪いんですよ」
テナは孤児出身で、劣悪な孤児院から逃げ出してオーグランドの職員に捕まり、奴隷として登録する前に人手が足りないと事務所の雑用に回された。
「だがお前の方が、テナより少しだけ賢かったんだよアスター」
アスターの背をベタベタと撫で回すと、むせ返る香水の匂いがする。化粧は厚いが皺は隠しきれないラフィラは、真っ赤な口が裂けた様に笑った。
「そしてデアドールよりもね」
オーグランドは、今回の事で降格させられた。このオークション開催以降、アスターがエオラの事務所の所長となる。
「夢が叶って良かったな。デアドールは、お前の好きにしたらいい。……おい、お客様の入場だ!」
機嫌よく笑うラフィラは、来客の出迎えに移動する。アスターも、自分を出世させた元凶に会いに、舞台への階段を登った。
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ざわざわと仮面を着けた客たちが入場する。客席は薄暗く、暗い赤色を基調とした、猥雑な雰囲気の飾り付けが施された会場の中央、四方から照明を当てられる迫り出したステージには、薄い布を被せられた商品が並ぶ。
それを見上げるように立食テーブル席が用意されているが、ステージと同じ高さ、中央正面には三席だけ仕切られた特別席が用意されていた。
集う客たちは、ステージに展示される絵画や宝飾品を見るのと同じ好奇の目で、特別席に座る仮面の者達の正体を推測していた。
正面席に座るのは、年若い貴族の男女。その隣、左席にはバックス国に多く見られる装束の貴族の男が裸体に近い男女を侍らせて寛いでいる。主催者のラフィラに特別扱いされる、天上の大金持ちたち。だが右側の席は、オークションが終盤に差し掛かっても空席のままだった。
出品が進むにつれ、怪しげな商品ばかりになっていく。盗品の彫像、絶滅危惧種、出所の不明な薬物、呪物、魔石、生演奏の曲は次第に重々しく、音量も迫力も増していく。
最終出品物は闇で仕入れた違法奴隷であり、比較的美しい容姿の少年少女は、破格の値段で売れた。
残す商品が三品だけになった頃、右側の特別席に動きがあった。