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16

 


  茂みの中から少女を見つめていた青い瞳。


  一人の男からピリピリと放たれる殺気に注目していたが、突然舞い上がった布、不気味に明滅し始めた魔方陣、光に包まれた少女の元に飛び込んだ。



  「……これは、どうしたの…?」


  「ニャーン」


  見渡したのは遮るものの無い広大な田園。遥か遠くに見える稜線、畦道の向こう側、なだらかな斜面の両端には背の高い野菜畑と山林。


  呆然と動かず座り込んでいたリリーだったが立ち上がり、畦道を下り始めると見つけた農夫とその妻に近寄って行った。

 

  「ごきげんよう」


  「お嬢さん、こんな所にどうされたんですか?」


  困惑に顔を見合わせた夫婦。農作業に汚れた顔を拭った妻に、真白い手はスッとハンカチを差し出した。


  「どうぞ。お使い下さい」


  見事に刺繍された美しいハンカチ。「とんでもない」と身を退いたが、リリーはそれを両手にしっかりと握らせた。


  滑らかな肌触り、真白い上等なハンカチには上品な銀色の家紋の刺繍。


  「お嬢さん、お嬢様、ええと、まさか、トレフィ家の、?」


  「………………」


  「ご視察ですか? お供の皆さんは…?」


  「…………この先に、待たせてあるわ。少し一人になりたかったの」


  「そうですか。もう日も暮れますから、どうかお気をつけて」


  「ええ。ご苦労様」


  毅然と去っていく令嬢を夫婦は見送った。少し離れてそれを見つめていた灰色の猫は、周囲を確認すると茂みに飛び込んだ。


  本格的に訪れる夜。その前に見つけた廃屋に少女を導いた猫は、リリーが壊れた箪笥の引き出しを開けるのを窓辺で見つめていた。


  一夜を明かし、着替えたリリーの前に出ると見つめ合い、無言で歩き出す。何かにすがり付く様に付いてくるリリーを、猫は湧き水まで導いた。


  数日が経ち麓の町へたどり着いた頃、髪を切り、薄汚れた衣服に着替え、手入れのされた柔らかい肌は簡単に山の草にかぶれてリリーの面相が変わっていた。


  「……」


  パンを差し出してきた真白い手は傷だらけ。大きく美しい蒼の瞳は半分隠れ、人相が悪くなっている。


  手にしたパンを口にしたリリーは立ち上がると、見上げる猫に頷いて再び雑貨屋に歩き始めた。



 **

 


  ステイ大公国にある主要な十の領地。その一つが門を閉じたことは、スクラローサ王国とハーツ大公国、更に周辺諸国に瞬く間に広まった。



  「ステイ大公国のフランビア侯爵領が、告知も無く門を閉じた?」



  新聞の一面に載せられた閉門の記事。それにアスターは「ふーん」と首を傾げた。


  外国からの領地への立ち入りを禁じる閉鎖は、緊急事態以外にあり得ない。


  「質の悪い伝染病なら嫌ですね。門を閉じるなんて、よっぽどじゃないですか?」


  「ま、海の向こうの話だし。関係ないだろ。それよりオーグさんは?」


  「テハナに行かれました」



 **



  標高はそれほど高くない。なだらかな山を利用した農地が広がる町。小規模ではあるが、商店街や歓楽街も中心地に充実している。更に魔法に使える魔水晶の鉱山も多く、採掘権利を王家が商人を利用して争っていた。


  新しい採掘場を確認しに来たオーグランドは、定住する坑夫家族で栄えた麓の町テハナに立ち寄った。


  「オヤジ、調子はどうだ?」


  新米の情報屋は、表向き雑貨屋を開いている。オーグランドが店の扉を開くと、太った男がやましく何かを隠した手元を見逃さなかった。


  「……なんだ?」


  カウンター下から取り上げた物は、滑らかな黒い布かと思った。触れたことのない肌触りは、よく見ると波打つ黒髪の一束。


  「どうしたんだ? これ」


  問い詰めると、太った情報屋は見慣れない少年が持ち込んだとあっさり吐いた。しかも適性価格よりも、かなり安い値段で引き取った事も。


  「ワケアリだと思ったからさ、へへ。あれはきっと、どっかから逃げて来たんだよ」


  「へー…」


  オーグランドは、これと似たような物を見たことがあった。


  (こんな手触りだったのか…)

 

  ある貴族の令嬢が婚姻前の不貞を犯して修道院に入れられた時、その断髪式を見物客の一人として眺めていた。


  (上質な髪を見合わない金額で売った世間知らず。もしくは、騒ぎを起こしたくなくて引き下がったか…)


  手にした黒髪を店主に投げ返すと店を出る。そこで、薄汚い少年が戸口に立っていた。



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