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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート

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第一章 岸は遠く -5-


「――それでは、まず二人ひと組になって、物置から長机やパイプ椅子を出してくださいね。個数と配置はこちらに貼りだしておきますので確認してください」


 小さな体育館のような、そんな空間に京香の声が響く。

 赤縁の眼鏡とタイトめなスカートとブラウスの組み合わせは、いっそ白浜よりよほど教師然としている。それを本人も自覚しているのか、わざとらしく眼鏡をクイッと持ち上げてちらちらと上崎へ視線を送っていた。


「行動力どうなってんだ、あの人……」


 ぼやくように言いながら、上崎はがしがしと後頭部を掻く。


 あの相談からわずか五日後の週末。上崎は公民館を訪れていた。――それは、上崎の通う東霞高校のとある制度を利用してのことだった。

 単位認可実地実習、通称、お手伝いクエスト。

 通常はプロの魔術師の捜査や魔獣討伐に協力することで、授業では得がたい経験を積みつつ、出席日数や試験の点数にも反映してくれるという制度だ。そして、九分九厘が捜査や討伐になるのだが、実のところ業務の内容に制約はない。

 たとえば魔術を広く喧伝するための体験会などの準備にも、こうした制度を利用して人手を募ることはある。まさしく、いまの上崎がそれである。


 魔獣の存在やオルタアーツは現世にはない天界特有の事象で、現世の生活が長いほどそのことを受け入れがたい傾向にある。そのため、こうして頻繁に体験会などを開くことで周知を図っているのだ、

 引退した魔術師である京香も自治体などからの要請を受け、そうした体験会の講師として招かれることが多いらしい。今日はその設営だ。


「弟分の試験の点数が足りてないからって、翌日には東霞高校へ実習の打診とか。あの人ブラコンが過ぎるだろ……」


 ボランティアで人を募っていたが想定より人員が足りないため、などともっともらしい理由を並べ、火急の実習として登録。応募枠は一人のため、掲示板に張り出されると共に上崎が手を挙げて、そのまま受諾された。マッチポンプとしか言いようがないのだが、制度上は問題がないらしく、白浜も「……ほどほどにね?」と釘を刺しつつ送り出してくれた。

 とはいえ、この体験会自体は元々計画されていたようで、上崎以外のメンバーは奉仕活動として五名ほどが集められていた。全員が中学生や小学生だから、ボランティア部に入っているだとかそういう子たちなのだろう。


 立派な滅私奉公の精神ではなく試験の点数目当て、という俗物的な部分を少し引け目に感じつつ、上崎は言われたとおりに什器を運び出すため物置へと向かう。

 小中学生ばかりであることもあるのか、軽いパイプ椅子などはこぞって運び出されているが、重く大きな長机は山となって積まれたままだ。ため息をつきながら、年長者として一人で机を抱えようと手を伸ばす。


「……あの、お一人だと危ないですよ?」


 そんな上崎を制するように、優しいソプラノの声がした。その声に導かれるように、机に落としていた視線を上げて横を見る。

 ほとんど銀に近いアッシュブロンドの髪が、窓を吹き抜けた風にさらわれなびく。少し乱れたそれを左耳に掛けながら、彼女は上崎へ少し照れくさそうな顔を向けていた。

 中学校の制服だろうか。セーラー服に身を包んだ、折れそうなくらい華奢で小柄な少女だった。静かな笑みをたたえながら、じっと彼女は上崎の顔を覗いている。


「先輩、どうかしましたか?」


「あ、いや、なんでもない」


 怪訝そうな彼女の表情を見て、ようやく、上崎は自身が彼女の質問にも答えずその顔に見惚れてしまっていたことに気づかされる。素直にそんなことを打ち明けても、ただのナンパにしかならないことは自明なので、適当にごまかしながら上崎は思い出したように彼女の問いかけに答える。


「これくらいなら一人で運べるよ」


 よっ、と軽々と長机を持ち上げてみせる上崎だったが、彼女は少し唸ったあと、閃いたように上崎が抱えた机の端を掴んだ。


「では、私が一人では運べないので、手伝ってもらえませんか?」


 そんな風ににっこりと笑みを浮かべながら、しかしその右手は机の端をがっしりと掴んで離さない。

 このボランティアは上崎を入れてちょうど偶数だ。京香の言ったように二人ひと組を守るなら、上崎が勝手をすると彼女まで割を食うことになる。

 彼女の純粋な心配を素直に受け取れないそんな自分に辟易しながらも、誰に向けるでもない言い訳を心中に並べて上崎はため息をつく。


「……そうだな。手伝わせてもらうよ」


「ありがとうございます!」


 ぱぁっと顔をほころばせて、彼女は机の端を掴んでいた手を離し、支えるような形に持ち直して上崎と一緒に運び出す。


水凪(みなぎ)六花(りつか)と言います。よろしくお願いしますね」


「俺は上崎結城。よろしくな」


 そう互いに挨拶を交わす。一瞬、彼女――水凪六花の目が見開かれたような気がするが、上崎が首を傾げるより先に彼女はすっと澄ました笑みを取り戻していた。そのままとくに気にするでもなく、上崎は六花の歩幅に合わせながらゆっくりと長机を会場へ向かって運んでいく。


「水凪さんは中学生?」


「はい、そうです。――あと、下の名前でいいですよ」


「いきなり名前呼びはハードルが高いんだよなぁ……」


「では名前の呼び捨てではどうでしょうか」


「なんでさらに難易度を上げてくるん……?」


 くすくすと笑う年下の少女は、どうやら上崎をからかっているらしい。それに気恥ずかしさはあれど不快には微塵も感じられないあたり、上崎も既に彼女の可愛らしさに嵌められているようだった。


「先輩は東霞高校の生徒ですよね?」


「正解。よく分かったな」


 見知った顔が主催する設営のお手伝いといえど、実習としてきている上崎もまた制服姿だ。

 よくある紺色のブレザーではあるが、魔獣との戦闘を考慮し、首を絞められたりしないようネクタイはなく、代わりにフェイクタイのシャツになっているのが特徴だ。知ってさえいれば、パッと見ただけで高校を看破するのは難しくない。


「実は来月から私も東霞高校へ進学するんです。制服の採寸もつい先日済ませたところだったので、一発で分かっちゃいました」


「あぁ、なるほど。だから俺を()()って呼んでるのか」


「当たりです」


 ふふ、と笑う六花の眩しさに、上崎はうつむくように視線を逸らした。そのまま見続けたら、目の奥が焼けてしまいそうな気がしたから。


「どうかしましたか?」


「いいや。――ただ、ちゃんとそう呼んでもらえるようにならなきゃなって」


 意味が通じるわけもなく、六花はきょとんと小首をかしげるが、上崎はそれ以上は言わず、会場の一角を顎で指してそこへ机を運ぼうと誘導する。


「それで、水凪さんはなんでこのボランティアに?」


 一度机を置き、次の什器を求め倉庫へ戻りがてら、上崎はなんとなく益体もない話題を振る。それに少しだけ唇を尖らせ「下の名前でいいって言ったのに」と小声で文句をこぼしつつ、六花は答える。


「特に理由らしい理由はないですよ」


「あれ、そうなの? ボランティア部に入ってて、みたいなのかと思ったのに」


「そういうのに興味がないわけでもありませんけれど、やってはないですね。そもそも部活だとしても、三年生の三月じゃ引退どころか来週には卒業式ですし」


「あぁ、そう言えばうちも今日が卒業式だったな。一年生は委員以外準備もしないからすっかり忘れてた」


 上崎はそう言ったが、部活動や実習などでお世話になった先輩を送るため、自主的に登校する下級生も多い。そんな上崎の根本的な人付き合いの悪さが滲み出た発言に、六花はいっそ憐憫を込めた眼差しを彼に向けていた。

 いたたまれない空気に、ごふんごほんとわざとらしく咳払いをしてごまかし、上崎はとってつけたように話題をすり替えることにする。


「いやぁ、でも自主的に人助けをしようっていうのは立派だと思うよ。うん、いい後輩が入ってくるなぁ」


「……先輩、そんなお世辞でごまかされる人はいないと思います。――それに、単なる人助けって言うわけでもないんですよ。私のこれはただの打算ですね」


 六花の言葉に上崎は首を傾げるが、彼女は曖昧に笑うだけでそれ以上を語ろうとせず先を歩く。だから上崎も、自分の中で適当な理由をつけて納得することにした。

 体験会のボランティアに参加する理由でよくあるのは、隠れたオルタアーツの練習のためだ。

 基本的に魔術師またはそれに準ずる者以外には、編纂結界の展開が禁止されている。専門学校に入学するまでは、こうして体験会の手伝いと称して魔術を使える人と親睦を深め、その人の監督下で練習することは少なくない。――実際、上崎も幾度となく京香にわがままを言って練習に付き合ってもらっていた身だ。


「……努力家なんだな」


「一途なんです」


 そんな上崎の評価に、照れたような笑みを浮かべて彼女は答える。

 穏やかで暖かな空気が流れる。――ふと上崎は、自身が単位のためにこの体験会の設営に来ているということを思い出した。

 忘れられていたのだ。あれほど重くのしかかるような落第寸前という事実を、彼女と話しているこのわずかな間だけ。


「……、」


「先輩、どうかしましたか?」


 倉庫前に戻り、先に長机の端に手をかけた六花が首を傾げる。そんな彼女に「なんでもない」とだけ言って、また上崎は二人で机を持ち上げる。それは、一人で持ち上げたときよりも随分と軽かった。


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