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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート

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第一章 岸は遠く -4-


「――どうぞ」


 ことり、とテーブルの上にマグカップが置かれる。上崎の愛用していた青色のマグカップに、少し湯気の立った真っ白な牛乳が注がれていた。


「ホットミルクです。蜂蜜も入れてありますよ」


「……子供じゃないんだから」


「でも昔から好きだったでしょう?」


 そう笑いながら、京香は上崎と向かい合うようにテーブルを挟んで腰かけた。見透かされたような気がして、その面はゆさをごまかすみたく、上崎はそのマグカップを両手で持ってゆっくりすすった。甘くて温かい液体が、口から胃へゆっくり落ちていく。

 安っぽい蛍光灯に照らされた、ただの一軒家のリビングのような食堂だ。十人程度が掛けられる大きなテーブルがぽんとあって、あとは大きな食器棚に占有された見慣れた場所。今日の夕飯だったらしいカレーのにおいがほのかに残っていて、それだけのことなのに、どこか郷愁を感じさせられる。


「子供たちは?」


「結城くんが会いづらそうにしていたので、みんなお部屋に入ってもらっています。――まぁ久しぶりのお兄ちゃんに会いたくて、食堂のドアの前で様子をうかがっている子たちばかりなんですけど。落ち着いたら少し遊んであげてもらえますか?」


 そんな風に、彼女は丁寧な口調を崩さないで上崎と他愛もない話を続ける。

 昔から年下にも年上にも関係なく、誰が相手でも彼女は敬語を使っていた。一線を引いていると言うよりは、一人の人間として対等に扱っているのだろう。それを幼いながらに感じていたから、上崎をはじめ施設のみんなが彼女を慕っていた。


 カップを満たしていた牛乳がなくなるまで、上崎は京香とそのままとりとめもない会話に興じていた。学校ではこんなことがあっただとか、施設の子たちにこんな変化があっただとか、正月に顔を見せたときにも聞いたような話だったけれど、それでもただただ楽しかった。

 そうして、青いカップの底に白い輪が出来て、そのまま上崎は無言でそれを見つめていた。その間京香は何も言わず、ただ頬杖をついて柔和な笑みで上崎を見つめていた。

 幼い頃わんわんと泣いていた上崎の頭を撫でながら慰めてくれていた、あの頃見た顔となんら変わらない。ふとそのことを思い出して、取り繕おうとしていた微かな壁に亀裂が走った気がした。

 ややあって、上崎はぽつりとこぼす。


「……進級、できないかもしれなくて」


 彼女には成長した姿を見せたかった。もう一人で大丈夫だと安心させたかった。けれど、そんなちっぽけなプライドを優しくそぎ落とす彼女の空気に、上崎は呆気なく負けてしまった。


「サボってたつもりは、ないんだけど。スランプなのかな。オルタアーツが全然制御できなくなってきて、この前の学年末の実技試験が落第点で。たぶん、再試を受けても駄目そうでさ。もし今年どうにかなっても、来年とか卒業までは厳しいと思う」


「そうですか」


 優しく、叱咤するでも慰めるでもなく、彼女はそう答えるだけだった。上崎がそんなことを求めていないと、理解してくれているから。だからただ受け止めてくれる。


「ごめん。京香さんとか、みんなも応援してくれて送り出してくれたのに。期待に応えられなくて」


「うーん。それを言われてしまうと、怪我の後遺症でオルタアーツが使えなくなってしまった私も、立つ瀬がなくなってしまいますね」


 そう言って、少しばつが悪そうにたははと京香は笑う。

 彼女がこうして今もしらさぎ園にいるのは、なにも帰省していたわけではない。彼女は魔獣との戦闘で核に傷を負い、身体強化術式が使用できない(からだ)になってしまったからだ。

 武具生成術式は問題なく使えるようだが、それだけでは魔術師は務まらない。だから彼女は早々に引退し、今ではいち職員としてこの施設で働いているのだ。


「それは、そうだけど。ごめん、そういうつもりじゃなくて」


「あれ、今のは笑うところだったんですけれど」


「…………これっぽっちも笑えないんだよなぁ……」


 上崎のリアクションにきょとんと首をかしげる京香に、彼は少し胸を撫で下ろしながら乾いた笑みをこぼす。

 昔からこの手のブラックジョークを言っては場を凍らせる技術に関しては、魔術以上に一級品の腕前。それは今なお衰えていないようだった。


「それで、結城くんは思い悩んで頼れるお姉ちゃんへ相談に来た、と」


「いや、別に相談するつもりはなかったんだけど。本当になんとなく思い出を振り返ってたら、つい足が向いただけというか」


「……結城くんは思い悩んで頼れるお姉ちゃんへ相談に来た、と」


 わざわざ頬を膨らませて京香は復唱する。どうやら弟のような存在に頼られる大人のお姉さんでいたかったらしい。


「まぁそれでもいいけど。お姉ちゃんに話して気が少しは楽になったのは事実だしな」


「それはよかったです。――でも、結城くんは私と違ってオルタアーツが使えなくなってしまったわけではないですよね?」


「……そう、だけど」


「なら、何かの拍子にそのスランプから抜け出せるかもしれませんよ。ですから私としては、ひとまずは再試験を受けて、進級を目指してもいいんじゃないかなと思います」


 年上らしくそうアドバイスをしつつも「決めるのは結城くんですけれどね」なんて言いながら、彼女はすっくと立ち上がって上崎の持っていたマグカップを流し台へ運んだ。


「いやでも、そもそも点数が足りなかったわけだし。再試を受けても進級は――……」


「おや。私に憧れてくれていたのは知っていますけれど、そんなに物わかりのいい姿を見せてしまっていましたか。――結城くんは、もう少しわがままになるべきですね」


 洗剤の付いたスポンジでマグカップを擦りながら、背中越しに京香は上崎へと笑みを向ける。


「先ほどは変なジョークで戸惑わせてしまいましたし。そのお詫びと言ってはなんですが、お姉さんが一肌脱いであげましょう」


 特別ですよ、とウィンクする彼女に、上崎はただ何も言えずに首をかしげるばかりであった。


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