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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート

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第一章 岸は遠く -3-


 憧れていた人がいた。


 五つ年上の、同じ児童養護施設で育った姉のような人だった。

 家族を置いて一人だけ天界に放り出され、ひとりぼっちで塞ぎ込んでいた中で、そっと手を差し伸べてくれたことを、今でも上崎は覚えている。

 その優しくて、穏やかで、日だまりのような笑顔にどれほど救われたか。きっと当の彼女自身は、「当たり前のことをしただけですので」なんて言って、そんなことは微塵も覚えていないのだろうけれど。

 眩しいほどに明るく、まるで太陽のように全ては彼女を中心に回っていた。上崎だけでなく、その施設で育った子供たちはみな、彼女――立里(たちさと)京香(きようか)の温かさに惹かれ、その引力に巻き込まれていた。


 上崎結城が魔術師を目指したのは、ひとえに彼女の影響だった。

 京香が魔術師を志し、いま上崎が通う降魔大学付属第二高校――通称、東霞高校に進学した。その彼女に憧れていたから、安直だが上崎もまた魔術師になる道を選んだ。


 子供の駄々のような夢だった。

 けれど、それでも、その夢は上崎結城の全てだった。


 全寮制のため施設を出てしまった京香だが、たまに帰ってくる度に魔術を見せてくれとせがんだ。少し困ったように笑いながら、それでも披露してくれた彼女のオルタアーツである柘榴色の剣に、幼い上崎は魅せられた。

 彼のオルタアーツが剣の形をしていたのは、その芸術的なほどに洗練された輝きに少しでも近づきたかったから。


 在学中にプロの資格を取得し、彼女は幾度となく魔獣の討伐に向かった。後方支援が来るより先に、危険も顧みずに魔獣を討伐したという話は、施設にいた上崎の耳にさえ何度も飛び込んできた。

 一年前、入学もしていない身の上崎がたった一人で魔獣に立ち向かったのは、きっと彼女ならそうしたはずだと確信していたから。


 魔術師としての夢も、その技能も、有様も、全ては彼女の真似事だ。胸に抱いた憧憬に少しでも近づきたかった。たとえ本物には届かないとしても、同じようにありたいと願った。だから、上崎結城は魔術師であろうとした。

 ――けれど、もはやその夢は風前の灯火であったけれど。


     *


「……だからって、分かりやすすぎるだろ」


 自嘲気味に笑って、上崎は浅はかすぎる自分の行動にため息をこぼし首を振る。

 顔を上げた先には、飽くほどに見慣れた門があった。しらさぎ園、と書かれた看板を掲げたその場所は、上崎のもう一つの家だった。

 それは小さい頃、立里京香と過ごした場所で。

 幼い上崎が魔術師になるのだと掲げた場所でもある。


「今さら、どうにもならないのにな」


 放課後に過去を振り返っていたら、つい足が向いてしまっただけだ。ここで初心に返ろうと上崎の才能まで取り戻せるわけではない。意味なんてないことは、上崎が一番理解している。

 もうじきに夕食どきだからだろうか。門からも見える小さな校庭のような広場には人影はない。そのことに少しだけ安堵した。――華々しく送られておきながら、たった一年で夢破れて出戻った、そんな無様でみすぼらしい姿を見られずに済んだから。

 もともと誰かと会う前には寮へ戻るつもりだった。けれどもう少しだけ、ほんの少しだけ、この甘やかな思い出に浸っていたいと思った。

 だから。


「――結城くん、ですか?」


 その声に背を叩かれて、そんな未練を後悔した。

 メゾソプラノの穏やかな、聞き間違えようのない声。今は、今だけは、何よりも聞きたくなかった人の声だった。

 振り返った先には、スーパーの袋を提げた少し背の高い女性がいた。

 ブラウスの首元に光るレッドトルマリンの留め具をしたつけネクタイは、上崎たち施設の子供一同から彼女が高校を卒業したときに贈ったものだ。

 赤縁の眼鏡の奥で輝く深海のように澄んだ瞳は、ただ心配そうに上崎の顔色をうかがっている。


「……ただいま、京香さん」


 少しだけ、泣きそうな声でそう呟くのが精一杯だった。


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