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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート

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第一章 岸は遠く -2-


 ――そんな華々しいデビュー戦とも言える勝利から、一年が経っていた。


 背にした窓の向こうには重々しい雲が広がっていて、まだ昼休みだというのにこの狭い教室にも帳が降りたような錯覚がある。

 あのときはまだ袖も通していなかった制服は、この一年で伸びた背丈とちょうどいい長さで、ところどころ擦り切れも目立つようになっていた。


「……話は聞いていた?」


 鉛の雲より重いため息と共に、長机に向かい合った担任の女教師――白浜(しらはま)優子(ゆうこ)が少し呆れたような目を向ける。

 元々の童顔と二つくくりにした髪が相まって、制服を着てしまえば同級生に見えてしまうような彼女だが、これでも勤続十年にさしかかるベテランだ。だからこそ、一般教室の半分ほどの広さしかない生徒指導室で、上崎と向き合って進路の話をしているのだ。


 ――そう。

 進路の話を一年生のこの時期に、昼休みに呼び出しを受けてまで、だ。


「……聞いてましたよ、もちろん」


 そう答えた上崎の声はかすかに震えていた。分かり切っていたとはいえ、こうして面と向かって現実を突きつけられるのは、どうしても精神的に来るものがある。思わず過去の栄光にすがるように物思いにふけっていたのは、ただの現実逃避だ。


 机の上には、安っぽいコピー用紙に印刷された上崎の成績があった。

 先月にあった学年末試験の結果が、そこには記されている。

 国語や数学のような一般教養は八〇点以上、この東霞高校特有のオルタアーツに関する専門課程も、魔術に関する座学や法規、道徳にかかる基礎学に関してはどちらも九〇点。優秀と言っても差し支えない数字だろう。


 ただ。

 実技と書かれた欄には、落第を示す四〇点という数字が印字されている。


「この前の学年末試験の結果、上崎くんの実技の点数がこれです。再試験を受けたとしても、このままじゃ及第点の六〇点に届くのは難しいと思います」


 淡々とした口調は、私情を挟まないようにしようという彼女なりの優しさだろう。白浜とて上崎が怠惰で点数を落としたわけではないことは承知している。

 上崎結城には、進級に足る才能がなかった。

 魔獣を討伐したあの日以降に、何か劇的な変化があったわけではない。

 緩やかに、しかしまるで転がり落ちるように、上崎結城は次第に自身のオルタアーツの制御を失い、今では四角四面の試験をこなすことさえままならなくなった。ただそれだけの話だ。

 輝かしい過去の戦績は遙か彼方。神童とさえもてはやされた面影もなく、上崎結城はまさしく、落第生の判を捺されるその寸前に立たされた。


「……泣きそうな顔してるよ?」


「分かってても落ち込みますよ、この成績は」


 重い空気を払うように少し茶化し気味に言う白浜に、上崎もまた引きつったような苦い笑みで返すしかなかった。

 一瞬痛ましそうに顔を歪めた彼女は、それを隠すような柔和な笑みを浮かべて、また事務的な口調に戻していた。


「……再試験は、どうする?」


 きっと様々な助言が浮かんだだろうに、白浜はそれを飲み込んで、ただそれだけを問いかけた。それは、その言葉のどれもが上崎の未来を否定するものに他ならないから。


「――……、」


 静かに息だけを吐いた。

 ここで再試験を受けたところで進級する望みは薄い。仮にどうにか進級できたとしても、卒業はおろか三年次の進級さえ絶望的なのは変わらないだろう。


 万が一、それらの試験を乗り越えられたとしても。

 魔術師は魔獣と戦闘を行う危険な職業だ。それはかつて一人で魔獣を討伐した上崎自身が一番理解している。どれほどの努力を積み重ねても、たった一手を誤るだけで核は砕かれ消滅する。魔獣という存在は、才能のない者を甘やかしてはくれない。


 引き際は、きっとここだ。それは白浜の言葉の端々からも感じていたし、上崎自身も理解していたこと。

 一人でカテゴリー3を討伐しただけでいいじゃないか。

 あの日が上崎の最高到達点で、もうその才覚は枯れ果ててしまっただけ。

 見ず知らずの子供を守れたという誇りを掲げて、胸を張って別の道を進めばいい。

 そう、思うのに。

 机の下で握り締めた拳はスラックスを巻き込んでくしゃくしゃにしたまま、彼の意思に反して緩んではくれない。


「…………少し、考える時間をもらえませんか」


 そう、引き延ばすような曖昧な返答をするので精一杯だった。

 向けられる先生の瞳に込められたものが、慈悲なのか憐憫なのか。それを確認することも出来ず、うつむいた視線は机の傷やへこみに引っかかったまま動かない。

 そんな上崎の答えに、白浜もまた「分かりました」と短く返し、沈黙が流れる。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが響くまで、面も上げず、一言も発さず、ただどうにか緩めた上崎の手は縋るように、胸に提げたネックレスの起動装具へ伸びていた。



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