序章 追想 -1-
この剣はあなたのために。
*
昼の日差しにじわりと汗が滲み、水凪六花はボタンを外してブラウスの袖をまくる。
死者の魂が行き着く天国のようなこの世界でも、現世と変わらず四季が存在する。生前は病室で過ごすことがほとんどだった彼女にとって、こうして季節が移り変わる様を肌で感じられることは、どこか感慨深いものがあった。
「……そんなにちらちら席を見たって、あいつは今日休みでしょ」
そんな六花の様子に気づいたのか、どこかうんざりした様子で彼女の親友――秋原佐奈がため息をこぼす。
「ちらちらって、別にそんなことは」
「衣替えした初日だし感想の一つでもほしかったのになぁ、なんていう心の声がダダ漏れなのよ、六花」
「そ、そんなことはないよ……?」
図星を突かれた気恥ずかしさで目を逸らすが、佐奈の視線は変わらず冷たいままだ。
そもそも制服のお披露目をした四月にも「似合っている」の一言もくれなかった彼が、いまさらブレザーのないブラウスだけの姿に何かを言ってくれるとも思えない。――が、それでも期待はしてしまうのである。
そしてそれは、六花に限った話ではないようで。
「ダーリン! お昼食べよ!!」
教室の戸を引いて、ただの蛍光灯をスポットライトに変えてしまったかのように颯爽と現れたのは、キャラメル色の髪を綺麗に編み込んだ女生徒――レーネ・リーゼフェルトであった。
英国の魔術師育成の学園から留学してきた彼女が、こうして脈絡もなく六花たちの教室を訪れるのは、もはや平常のことになりつつあった。
周囲がその煌びやかな空気に当てられて一歩気後れしていることもさておき、彼女は浮き足だった気持ちを隠すこともなく、満面の笑みで教室を見渡している。その姿はまるで鏡を見ているようで、思わず六花はくすりと笑ってしまう。
「すみません、レーネさん。先輩は今日お休みなんです」
銀色の髪をなびかせて入り口に駆け寄った六花の言葉に、レーネは見るからに残念そうな表情で「そっかぁ」と落胆の息を吐く。あんなに明るくきらきらと輝いていた空気が、しおれた花のようにしぼんでいく。
そんな彼女が身にまとうのは、今までの留学元の制服だった、白のダブルボタンのブレザーやオレンジのネクタイではない。六花たちと同じ、ただの白ブラウスに赤のリボンタイというこの東霞高校の夏服だ。
衣替えに合わせてようやく制服が届いたから、それをダーリンと呼ぶ彼――上崎結城に披露する気でわざわざ学年も違う教室に来たのだろう。その健気な可愛さには、六花も共感するばかりである。
「お似合いですよ、うちの制服」
「嬉しいけどダーリンから聞きたかったなぁ」
ぶうぶうと文句を垂れながらも「リッカ、お昼行くよね?」と、六花を連れて廊下へと出る。六花は目線で佐奈に問いかけるが、ひらひらと手を振る親友はパスするようだ。――上崎を想う二人のノロケや何かを、昼食時まで延々と聞いていたくはないのだろう。
「でも休みなんて珍しいね。風邪?」
「いいえ。外せない用事がある、ということです」
のんびりと二人で食堂へ向かって歩き出しながら、レーネは六花の言葉の裏に隠された感情を鋭敏に感じ取ったらしい。少し声のトーンを落として、彼女は呟くように問いかける。
「……大事な用なんだ?」
「それは、どうでしょうね」
そんな彼女の気遣いに、六花は曖昧で、少しだけ乾いたような笑みで答える。柱の陰に隠すように、不安な表情をそっと押し込めて。
きっとこのことを、彼は誰かの口から説明されることを望んでいない。だから六花以外にはとくに連絡もなく今日欠席しているのだろう。――それは何よりも、彼の心の一番傷つきやすいところに根を張ってしまっているから。
「でも、大切な用事ではない、と思います」
だから、その言葉はただの願望のように、彼女の口からこぼれ落ちる。
雲のかかり始めた窓の外を見上げながら、少しだけ痛む胸に手を当てて、六花はただ、彼がこれ以上悲しまないようにと、それだけを願う。
「そうだったら、きっと、ずっと、よかったんですけどね――……」
第3部クイーン・トリビュート編開幕!
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第1弾:https://youtu.be/Lx9zCXHU_Xc
第2弾:https://youtu.be/0sfEBScwpdk




