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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第四章 憧れ -4-


 その声に胸を叩かれたような気がして、上崎ははっと顔を上げた。

 そこには、ただじっと上崎を見つめる少女の姿があった。こんなにも無様な姿を見てなお、彼女の瞳に軽蔑の色など欠片もない。


「先輩は、どうしたいですか」


 上崎結城の中には何もない。空虚な伽藍の堂で、どんなに取り繕ったところでその本質は覆しようがない。――なのに、その後輩は上崎にそんな言葉を向けた。まるで諦めるなどという選択など初めからないみたいに。


 ――思えば、出会ったときからそうだった。

 上崎が格好いいところを見せられたことなど一度だってない。いつだって無力に嘆いて、醜態をさらし続けてきた。それでも彼女は、上崎結城を指しては「最高の魔術師です」と言って笑ってくれていた。

 空っぽの器を彼女の言葉が満たしてくれた。その言葉に救われて、その言葉に報いたいと思った。――水凪六花はいつだって、一歩先で上崎の答えを待ってくれている。


 だから。

 その優しさに、甘えてもいいのだろうか。


「……言っていいのかよ」


「もちろんです」


「たぶん、無茶をさせることになるぞ」


「はい、大丈夫です」


「お前の夢も潰えるかもしれない」


「私の夢は先輩の傍にいることなので、どんな結果になっても潰えることはありませんよ?」


 上崎のどんな否定もさらりと肯定して彼女は優しい笑みを浮かべる。そんないつもの彼女の言葉にふっと心が軽くなるのを上崎は感じた。敵わないなと、本当に思う。

 だから上崎は、そのまま剥き出しの自分の感情を吐き出した。


「――アリサを助けたい」


「分かりました」


 打てば響くような、逡巡さえないその答えに、上崎もまた思わず笑みをこぼした。

 彼女さえいてくれるのであればどんな不可能なことが待っていても乗り越えられると、そんな確信をくれる。魔神さえ討ち滅ぼしたその力がふつふつと内側から湧き上がるようだった。


「出来るわけがないだろう」


 そんな上崎たちに冷水をかけるような声が降る。いままでの紳士然とした姿とはかけ離れ、あからさまに眉根を寄せたオリヴェル・リーゼフェルトがただ上崎たちを睨めつけていた。

 その眼光を一身に受けながら、上崎結城は目を逸らさない。


「アリサとデスパレートを切り離す手段は私だって考えた。彼女の外見が残っているということは、そのままアリサの核が残っているということの証左でもあるからね。溶け合おうとしている魔獣の核とアリサとを切り離すことが出来れば、確かに救出する目はある。――けれど。根本的に、誰がそれを出来るというんだ?」


「…………、」


「後方支援もままならなかったとは言え、四人がかりで手も足も出ずに敗北したんだ。そんな魔獣を相手にアリサの核を傷つけることなく、魔獣としての核一つだけを摘出するだなんて神業が出来るわけないだろう」


 無謀だと、出来るわけがないと、そのオリヴェルの叱責はきっと何よりも正しい。どこまでも揺らぐことなく正論で、突き崩す余地などあろうはずがない。


「感情に流されるな。優先順位を間違えては救える者さえ救えない。――魔術師(わたしたち)の仕事は、魔獣を討伐することだ」


 だから見捨てろと、彼はどこまでも冷酷に言う。その酷薄さはある意味での優しさだ。たった一人の命と現世にあまねく数十億の命。どちらの天秤の皿を守るべきか誤らぬよう、諭してくれている。そんな算数の出来ない子供にだって分かる問題を。


 だけど。


「もしも、魔術師だからアリサを見殺しにしなきゃいけないって言うんなら――……」


 ちらりと、横に立つ少女を上崎は見やる。頷き一つだけでそんな上崎の心の内を見透かしたように微笑む彼女に、上崎は少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべて。

 そして。



「俺は、魔術師になんてならなくてもいいよ」



 体を縛る重力さえ引き千切ったような、そんな感覚があった。

 たった一つの夢を捨てると、上崎結城はそう宣言した。他人の狂気に魂を歪められて、その道を目指せるような力も才能も根こそぎ奪われ、積み重ねた努力は踏み躙られて塵となった。それでもなお諦めきれなかった()()を、上崎は捨てると口にしたのだ。

 軽々しい決意ではない。しかしそれは、苦渋の決断でもない。


「……確かにあなたの言葉は正しいよ。人には許容量(キャパシティ)があって、それを超えたらそれ未満のものだってこぼれ落ちてく。一万人を救える人間が一万一人目を見捨てる苦悩は、きっと俺には理解できない」


 呼吸さえ忘れたように苦悶に表情を歪めたオリヴェルに、上崎は告げる。

 彼の懊悩は貴族として、その長子として、彼だけが背負い続けてきたものだ。レーネはよくオリヴェルが貴族の義務ノブレス・オブリージュと言うと口にしていた。そうして合理的に、私情も少数も切り捨てざるを得ない場面だってたくさんあったのだろう。

 それを上崎に否定する気はなかった。簡単に理解できると言い切るのも、それを訳知り顔で否定するのも間違っているとさえ思う。


 少なくとも、その重責を彼が背負ってくれたが故に助けられた大勢がいる。それは事実で、そこに目を背けることは許されない。


 ――だから。


「あなたが諦めるしかない一人は、俺が助けるよ」


 人のエゴイズムの果てに、魂を歪められてしまった上崎結城だ。そのオルタアーツはひどく歪で、もはや大勢を救うと豪語できるような力はどこにもない。

 オリヴェル・リーゼフェルトが一万の民を救えるのなら。

 上崎結城はその取りこぼした一人を救うのがせいぜいだ。


 ――だからこそ。

 そのたった一人だけは、何があっても見捨てない。

 水凪六花が望んでくれた上崎結城(えいゆう)は、そんな無様を決して許しはしないだろうから。


「だから()()()、そこで黙って見てろ」


 突き放すように言って、上崎はオリヴェル・リーゼフェルトに背を向ける。

 その言葉は、眼前に立っていた相手にだけ放ったものではなくて。

 どこかで何も言えずにうずくまっている、彼を慕う少女に向けたものでもあった。


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