第四章 憧れ -3-
病室の入り口で、水凪六花はただ呆然と、オリヴェル・リーゼフェルトの前でうなだれる少年を見つめていた。
何を見ていたのだろう、と、今更ながらに六花は自問する。
自分は上崎結城に二度救われた。
一度目は、現世でのこと。スキーリフトの崩落という大事故に巻き込まれた六花は、同じくその事故で死亡した上崎結城の臓器移植を持って命を繋いだ。
二度目は、ひと月前のこと。上崎を助けるために自らを囮としてディザスターに食われた六花は、しかし彼の手によって救い出され消滅を免れた。
彼が何度否定しようとも関係ない。水凪六花にとって上崎結城は間違いなく英雄だ。だからこそ、彼の傍にいたいのであれば、それに見合うだけの価値を自らで示し続けなければいけないと思っていた。
ずっと歯痒い思いばかりしていた。自身の才能のなさに心は折れていて、それでもその隣を他人に奪われることが恐ろしく、必死に取り繕って虚勢ばかりを張り続けた。――故に、気付けなかったのだ。
上崎結城が、こんなにも脆い人間だということに。
「……ぁ、」
いや、と六花は否定する。
気付けなかったのではない。気付こうとさえしなかったのだ。
彼は英雄だと決めつけて、彼の姿に理想像だけを重ねて、虚像だけに焦点を合わせて彼自身を見ようともしなかった。――本当は、きっと誰よりも彼が一番傷つき、傷つくことに怯えてきたというのに。
彼が懺悔したのではないか。一度、彼はディザスターの前で六花を見捨てたのだと。その後悔と自責の念に押しつぶされて、それでもなお六花を取り戻したいと思ってくれて、だから過去を改竄してでも助けに来てくれた。彼も当たり前のように失敗し、挫折し、それでもどうにか踏ん張って、身も心も血塗れになりながら立ち上がり続けているだけ。
何が頼られるようになりたい、だ。
何が彼に相応しくあらねばならない、だ。
いっそ過去の自分をぶん殴りたい。彼の弱さから目を背け、支えることさえ出来ていない分際であまりにもおこがましい。
ぎり、と唇を噛みしめる。うっすら滲んだ血の味が後悔の味であるのなら、そのまま飲み下してしまえばいい。
悔いるにはまだ早い。それはきっと、もう取り返しがつかなくなった後になってから抱けばいいものだ。――いまは、そんなもの要りはしない。
だから。
「――上崎先輩」
その名を、静かに呼んだ。




