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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター
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第一章 桜舞うころ -7-


「――って、啖呵を切ってしまったんだけどさぁ」


「? どうかしました?」


「この状況はおかしいだろ……」


 もう四月に入って何度目かも分からない嘆息を漏らして、上崎結城は頭を抱える。

 県下最大のショッピングモール。様々なブランドのアパレルショップが軒を連ね、それ以外にも雑貨やスイーツなど種々の店を内包した夢のような空間のその一角。上崎結城と水凪六花はベンチに腰かけていて、ご丁寧にも六花の手にはカップに入ったアイスがあった。


「すごく乗り気で事件の捜査に乗り出そうとしてたのに、何だこのほのぼの感」


「あ、先輩も一口どうです? バニラ好きでしたよね」


「まぁ乳製品はだいたい――むぐ」


 返事も待たずに六花は上崎の口へスプーンを放り込む。甘いバニラの香りと凍らされたベリー類の酸っぱさが心地よい。アイスの季節である夏にはまだ早く、それも陽が落ちかけているのが難点なくらいで、味自体は大変おいしい――……


「じゃねぇ! 危うく流されそうになってたけど、そうじゃないだろ!」


 上崎と六花がショッピングモールを訪れたのは、決して遊びが目的ではない。

 佑介提案の()()の為に、まずは事件現場の一つを捜査することになったのだ。ただし、『上崎派』と『反上崎派』に分かれるという形で。

 もちろん六花はこちら側、佑介の方も内心では上崎派だが、そこは妹の顔を立てて佐奈の手伝いをしている。

 これは明確な勝負だ。負ければどうという確約はしていないが、それでも、六花の期待を裏切れない上崎としてはあまり呑気にしていられない。だと言うのに、そもそも勝負に乗った六花自身が一番悠長に構えて、あまつさえ氷菓なんぞに手を伸ばしている始末だった。


「きちんと情報を集めよう。真相を暴くってほどじゃなくていいんだ。こんだけ広いショッピングモールなら、警察やプロの魔術師だって見落としがあると思う。それが掴めれば俺たちの勝ちなんだし」


「そうですね」


 あむ。

 むぐむぐ。


「……話聞いてた?」


「とっても甘いです」


 あむ。

 むぐむぐむぐむぐ。


「没収です」


 もう一口食べようとする六花の手から上崎はアイスを奪う。悲哀に満ちた瞳を向けられるが、上崎は気にせず勝手にアイスを一口もらいつつ話を進めた。


「どう調べていけばいいと思う?」


「アイス……。いえ、そうですね。そもそもその『犯人』の目的も分からないのが難しいところですね。魔獣が相手なので人って言っていいかは分かりませんが、少なくとも眷属にはしていなかったり、普段のブラッドの行為とも少しかけ離れてはいますよね」


「まぁそうだけど、そもそもカテゴリー5の行動に意味とか目的ってあるのか……?」


 魔獣にとって魂は餌だ。中でも核は『DNAや記憶と同じ、魂を構成するのに必要な情報』の集まり。それの持つエネルギーこそが魔獣の動力になる。だから生存と進化のために魔獣は人を襲う。――だが、もはや一つの極致に至ったカテゴリー5はそんな次元にいない。たまの気まぐれで姿を見せる程度だからこそ、今日まで天界で人間は生き延びてこられたと言っても過言ではないだろう。

 そんな存在が現れた理由を考察するのは時間の浪費のように思えた。少なくともただの人間ごときに理解できるような存在ではないはずなのだから。


「でも、画期的な捜査方法とかはないと思いますよ。あるならとっくに誰かがやってるはずですし。……――ところで、ちゃんと話を聞くのでアイス返して欲しいです……」


 うるんだ瞳を向けられて、上崎は渋々だが六花にアイスのカップを返した。また嬉しそうに彼女はその冷たい菓子を口に放り込む。


「しかし地道な捜査かぁ……」


「仕方がないですよ。聞き込みなんかはおそらく警察の方たちが徹底したでしょうから、魔術的な痕跡を手繰るような形ですね。魔術師は数が少ないので人海戦術は取れないでしょうし、いくらか取りこぼしがあるかもしれません」


 そう言って空になったカップをゴミ箱へ捨て、六花は幸せそうな顔を向ける。


「そんなわけですし、デート、しましょう?」


「お前ね……」


 結局、六花にとっては一挙両得なのだろう。上崎と連れ立って歩ける上に、佐奈との勝負も進められる。なかなかにしたたかな少女だった。

 このまま彼女に主導権を明け渡し続けていると外堀が埋められるどころか完全包囲に陥りそうだな、なんて冗談にもならない思考が過ぎって、上崎はそれとなく先を歩いて手近な店に入った。

 そこはスポーツブランドの店だったらしく、ビビッドカラーのシャツやシューズが所狭しに並べられていた。威圧感と言うほどではないが、スポーツに親しくない者からすれば少し気後れするような光景だ。


「先輩って運動するんですか?」


「俺はあんまり。――六花はしてそうだよな。大人しい文学少女っぽいけど、フィジカルエンチャントがずば抜けて得意だし」


「いえ、オルタアーツと趣味は別物で……。というより、生前はその、病弱だったのでスポーツどころかあまり外出も……」


 お茶を濁す六花の言葉に、上崎は少しばつが悪そうに下を向いた。

 天界ではよほど親しくない限り、生前の話はタブーに近い。どれほど嘆いてもあの頃には戻れず、しかも死の記憶と強く結びついているのだ。

 生前のことを話したがらない者も多いし、死後十年も経った上崎と違って、六花はそこまで長くないはずだ。傷が癒えなくても当然だろう。


「……悪かった」


「いえ、先輩に聞かれて困る話はありませんから。――それに、今は健康ですからスポーツもチャレンジしたいですよ」


 そう言って、かごに入ったボールに触れながら六花は目を輝かせている。上崎の気を少しでも軽くしようとしているというよりは、純粋に彼女自身がスポーツに興味を持っているように見えた。


「そうだ、今度一緒に体育館でも借りて遊びましょうか。佐奈ちゃんや秋原先輩も誘って」


「楽しそうだけど、佐奈が全力で俺を殺しにかかってきそうだな……」


 どんなスポーツを選んでもファウルの嵐になる気しかしなかった。六花も「それもそうですね……」とその光景を想像してか苦笑いを浮かべていた。


「でも私、先輩が格好よく走る姿が見てみたいです」


 時折織り交ぜてくるダイレクトな好意に、上崎は面食らい、思わず「うっ」と詰まるような声を漏らした。

 その様子を見て、彼女はくすくすと笑っている。


「先輩、照れてます?」


「別に照れてねぇし。――ってか、気を引き締めろよ。その吸血鬼からすれば、こそこそ嗅ぎ回ってる俺たちは邪魔ものだ。それでなくても、こういう事件があった後は人の感情が悪い方向に向きやすい。そういうのは魔獣を呼び寄せるんだぞ」


「大丈夫ですよ、油断はしてません。――それに、先輩と一緒ですから」


 水凪六花は、屈託のない笑みと共にそう言った。


「私と先輩がいれば、どんな魔獣だって討伐できますよ」


 そのどこまでもまっすぐな信頼に、思わず上崎は小さく笑っていた。

 その信頼こそが上崎の立ち上がる理由だ。それに応えたいと、上崎は胸の奥で願う。――本人には口が裂けても言えやしないが。


「先輩、やっぱり照れてます?」


「だから照れてねぇ――」


 そんな、いつもの穏やかなやりとりを引き裂くようだった。

 賑やかで華やかだった空気は一瞬にして瓦解した。


 商業施設の中をつんざいて、いくつもの悲鳴が響き渡った。



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