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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第四章 憧れ -1-


 けたたましくサイレンの音が鳴り響く。


 とうに日は沈み宵に飲まれつつある街を、幾重にも折り重なった赤色灯が抗うように煌々と辺りを照らし続けている。あるいはそれは世界の終わりにも。

 窓の外のそんな光景をぼんやりと眺めながら、上崎はどこか他人事のように感じていた。――対して高さもない病院の窓からでもよく分かるほど、その向こうには摩天楼のように数多の編纂結界が乱立していた。


 第三種特別警戒呼集。魔術師の資格を有するプロに限らず、学生までをも対象として事態の解決に当たるという非常時の宣言があった。――臨死の鎖が魔獣の手に落ちたということは、それほどに逼迫した事態を指している。


 通常は被害が出ない限り手を出すこともないカテゴリー2以下の魔獣であろうと、あらゆる手段を用いて燻り出し徹底的に殲滅する。たとえどれほど微弱な魔獣も一匹たりとも現世へ渡らせまいとするために必要な措置だった。

 街中で編纂結界は乱立し、戦闘は際限なく続く。警報だけが鳴り響き、魔獣の討伐で生じるあらゆる音は結界の壁の向こう。そんな歪な静寂が、街をひたひたと、まるで病巣のように浸食していた。


「……っ」


 窓際でカーテンに触れていた指先は、気づけば拳となっていた。

 悲嘆も無力も絶望も嫌というほど知ったつもりになっていたのに、理不尽はいつだってそんな上崎をあざ笑うように、想定していた最悪を軽々と超越する。


「……もう回復したかな」


 コツコツと、開け放たれたままになっていたドアに遅れてノックをされて、上崎は振り返る。――上崎たちの担任である白浜だった。


「はい。元々は、オルグヘルムの毒の影響が抜けてなかっただけですし。アリサとやりあったときも、俺に傷はなかったですから」


「…………そう」


 どこか息苦しそうな表情で、それでも白浜は上崎の返答にただ頷いていた。

 本当は上崎も分かっている。目を背けるために言葉を濁しただけだ。――あれは紛れもなく、魔獣との戦闘だった。


「……上崎くんたちの傷に残った魂跡を解析した結果、オルグヘルム討伐時に現場にあった残滓と似た波長が見られました。――おそらくは、オルグヘルムの捕食し損なった核が、冬城さんの魂と何らかの要因で接合された結果と推測されます」


「…………っ」


 業務上、必要な連絡ではあるのだろう。だから白浜は残酷であると知りながら、上崎が見ないようにしてきた現実を正面から突きつけるしかなかった。


「現在、新たに臨死者が発生しているという報告も上がっています。冬城さんと融合して力を取り戻した結果、元の魔獣の特性も復活したとみるべきなんでしょう。――おそらく彼女はその魔獣の力と臨死の鎖を用いて、現世と天界を繋ぐ扉を開こうとしている」


 だからこその特別警戒呼集。彼女自身が現世へ渡っていないのは、上崎が指示しレーネが応えたあの追跡術式の影響だろう。誰かに見られている限りは蘇えることが出来ないという仮説に基づいたただの賭けでしかなかったが、それでも十分な効果があったらしい。

 ――だが、所詮はそれも時間稼ぎだ。

 ゲートを開かれた以上、ほかの魔獣は人間の視界に入っていなければ現世への渡航が可能となっている。レーネの界外発動とオルタアーツも永遠に発動し続けられるわけではない。――タイムリミットはすでに眼前まで迫っている。


「…………アリサは俺が助けます」


「残念だが、君の仕事は別にあるよ」


 そのよく通るテノールの声がした方を、上崎は見やる。ブロンドの髪をした青年が、白浜の後ろに佇んでいる


「……オリヴェルさん」


「第三種警戒呼集と言うんだったかな。戦闘行為に支障を来す要因がない限り、東霞高校の全ての学生にもカテゴリー2以下の魔獣の討伐に当たるよう指示が下されているはずだ。毒が抜けたのなら、君もそちらに当たるべきだろう」


 オリヴェル・リーゼフェルトの言葉に、上崎は唇を噛む。それはどこまでも正論で、反論の余地などあるはずもない。たとえ羽虫のような魔獣一匹の流出であろうとも、肉体というフィルターでその存在を知覚することも出来ない現世の魂は、瞬く間に食い荒らされる。

 そんなことは分かっていて、でも。


「……アリサを他の人に任せろって言うんですか」


「そもそもその認識は間違っているよ。――件の魔獣は一時間後、討伐が開始される。それがプロの立てた正式な方針だよ」


 淡々と、いっそ冷酷にさえ聞こえるオリヴェルの言葉に、上崎はただ絶句した。そうなることなどきっと上崎自身が誰よりも理解していただろうに。


「私もレーネもその討伐隊に加わることになった。レーネのあの魔術……千里眼、とでも呼称しておこうか。あれが現世への渡航を阻止する鍵であり、レーネとの戦闘を熟知しているのは私くらいだ。他国の非常時に首を突っ込むべきではないとも思ったけれど、今回ばかりは率先して志願させてもらったよ」


「……冗談にしては笑えませんね」


「冗談を言ったつもりはないからね。――カテゴリー4:デスパレート。それが先ほど決定した、あの魔獣の固有名だ」


 告げられる事実は、空気を鉛に変えたような気がした。息を吸うたび臓腑が重く沈み、血液に溶け込みながら冷たく緩やかに体の感覚を奪っていく。


 本当は、感情の赴くままに「アリサは魔獣じゃない」と喚き散らしたかった。今すぐにでもオリヴェルに掴みかかって、彼女を見捨てるのかと問い詰めたかった。

 けれど、酷く冷め切った上崎の理性はそれを許さない。


 カテゴリー5さえ討伐した上崎と六花が、為す術もなく敗北した。そんな魔獣を相手に上層部の決定を無視し支援も得られない状況で、いったいどうして、手立てがあるなどと言えるだろうか。


 何もない。

 空っぽだ。

 詮術も技能も理念も何もかも、上崎結城の中にありはしない。


「…………、」


 諦めろ、と耳鳴りのような声がする。歪なお前に出来ることなど何もないと、そう嘲る声が。

 ここまで来れただけでも上出来だろう。上崎結城のオルタアーツはとっくの昔に破綻している。進級さえ出来ないような落ちこぼれの上崎にディザスターなどという前人未踏の災厄を討ち果たせたのは、ただひたすらに奇跡の積み重なった結果だ。そこに知略や実力など片鱗たりともあろうはずがない。

 アリサを救うなどと啖呵を切り、彼女に救った魔獣を切り離すなどという芸当が出来る、そんな優れた魔術師に上崎はなれない。そんな夢を、とうの昔に上崎は捨てるしかなかったのだ。


 重くのしかかる重圧に押し負け瞳は下を向き、握りしめた拳から力が抜けて指先は凍えたように冷たくなっていく。

 幾度となく味わい続けた惨めな諦観が、思い出したようにその総身を飲み込んでいく。


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