断章 冬城アリサの場合 -3-
結局、その後のミニゲームの結果は散々だ。顧問や先輩からはチームプレーが出来ていないとお叱りを受けてしまった。
まぁそれも仕方ないか、と真摯に受け止めて、あたしはひとり水筒を探すために外周の待機場所になっていた昇降口の方へ向かっていた。水筒を置いていったとしたらその辺りだろう。
「あ、有紗ちゃん……っ」
不意に背中を叩く聞き馴染んだ声。振り返れば、胸にスケッチブックを抱えたまま、たたっと駆け寄ってくる子がいた。多田茉知だ。
「茉知。部活は?」
「教室にこれ忘れちゃったの思い出して、取りにいってたの」
そう言って、彼女は抱えたままのスケッチブックを指さす。
「茉知、本当にそれ大事にしてるもんね」
「うん。わたし、なにか綺麗だなとかかわいいなって思ったら、すぐにスケッチしたくなっちゃうから」
「いいと思うよ。茉知は努力家なんだ」
「努力だなんて、そんな……」
「まぁこそこそあたしのこと描いてるのは恥ずかしいからやめてほしいけど」
「え、あ、バレてた……っ!?」
頬を赤くしながらあたふたする茉知とひとしきり笑い合う。
あたしと茉知はタイプはまるで違うけれど、やっぱり波長が合うというのだろうか。ただ言葉を交わすだけでも、さっきのミニゲームでくすぶっていた嫌な気持ちが流れて行くみたいだった。
「有紗ちゃんは、部活中?」
「ん。外周の時に水筒忘れちゃったみたいだから取りに来ただけ」
「有紗ちゃん、少し忘れ物多いもんね」
「今し方スケッチブックを忘れてた茉知にだけは言われる筋合いはないと思う」
「ひどい……」
肩を落とす茉知を横目に、きょろきょろと辺りを探す。見れば、ぽつりとひとつだけ青色のスクイーズボトルが消火器の傍に置いてあった。
「……こんなところに置いたかな」
「どうかしたの?」
「いや別に。もうお目当てのものは見つけたからそろそろ戻るわ」
ひょいとそのボトルを拾い上げて、あたしは踵を返す。
「有紗ちゃん、部活がんばってるもんね」
「まぁこの身長だし、人並みよりは出来るってだけでしょ」
まだ入学して数ヶ月だが、この時点であたしの身長は一五五センチを超えていた。体格だけで言えば、それなりに活躍できて当然だと思う。
「ううん。だって、有紗ちゃんいままでバスケやってなかったんでしょう? 前に体育館前ちらっと通ったとき、もうボールさばきとかすごく様になってて。それは身長だけじゃなくて、有紗ちゃんががんばったからだよ」
「…………まぁ、そうかもね」
「絶対そうだよ」
茉知はいつもの笑顔で、臆面もなくこんなふうにまっすぐ褒めてくれる、それが嬉しくて、むずがゆくて、思わずあたしは顔を逸らした。
「あれ、有紗ちゃん、照れてる?」
「うっさい。っていうか、どうりでスケッチブックにあたしのシュートの瞬間が描いてあったわけね」
「うそ、本当に中身も見られてた……っ!?」
「黙って描いたんだから黙って見てもおあいこでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……っ」
納得がいかない様子でうぅ、とかわいく唸る茉知に手を振って、あたしはまた気乗りしない体育館へと向かうのだった。




