断章 冬城アリサの場合 -2-
キュッ、キュッとワックスの効いた体育館の床とバスケットシューズのソールが小気味よく音を鳴らす。
――あっという間に月日は経って、六月になっていた。
なんとなく茉知に勧められたからと入ったバスケ部も、こうしてミニゲームで汗を流している分にはそれなりに楽しんでいたと思う。普段の筋トレは正直しんどいし、床を磨いたりボール拾いをしたりの雑務は面倒だったけれど、それを含めても。
ただ、もう二、三日もしないうちにきっと梅雨入りしてしまう頃だ。じめじめとした空気が肌にまとわりついて、それだけが妙に不快だったのは覚えている。
「……あれ」
ミニゲーム間の小休止だった。
あたしは汗をタオルで拭いながら自分のドリンクを探したが、なぜか見当たらなかった。よくある青いスクイズボトルだから紛れやすいと言えば紛れやすいのだが、結局五分くらいうろうろしても探し出せなかった。
「誰かあたしの水筒知らない?」
「さぁ、さっき別のところに置いたんじゃないの?」
あたしの問いかけに、鼻につく声がした。見れば、オレンジブラウンのボブカットの毛先を気にしている同級生――木﨑咲耶の姿があった。――そもそも髪をくくりもしなければ、校則違反も無視して軽くメイクまでしている始末だ。汗を流す部活なのだから過剰に見た目を気にしても仕方ないと思うのだが、まぁ言っても空気が悪くなるだけなのは目に見えているので黙っておく。
「さっきの外周のところとかでしょ、どうせ」
「……かもね。あとで取りに行くわ」
幸い、それほど喉も渇いていないし、無理に探し回る必要もなかった。最近はよくあることでもあったから飲めるタイミングは欠かさないようにしていた。
もう一度タオルで汗だけを拭って、すぐに再開されるミニゲームへと戻った。
木﨑咲耶とは同じ部活の同級生。彼女はあたしの次に背が高くて、一年生メンバーの中では間違いなく中核的存在だ。なのだけれど、どうにもあたしには彼女と馬が合わなかった。
それは向こうも同じらしく、必要最低限以上に関わろうとはしてこない。ただ周囲の空気が悪くならない程度の適切な距離感を保っているだけだ。
――思えば。
――そう考えていたのは、きっとあたしだけだったのだろうけれど。
「……っ、こっち」
ミニゲームの最中だった。
あたしが敵ディフェンスを振り切って完全にフリーになったにもかかわらず、パスが通ってこなかった。どこにもパスコースがないとでも言いたげに苦しそうな顔でメンバーはしきりに視線を動かすばかり。
ついに強引なパスを回して失敗、あっさりとスティールされて反撃を許してしまう展開になっていた。
ただ、文句を言っても仕方がない。試合ではないし、何より一年生同士のミニゲームだ。あたしを含めてまだバスケ歴二ヶ月なんて部員はざらにいるし、視野が狭くなるのなんて当たり前だろう。
「カバー任せて」
あたしはそのまま切り替えて、敵チームの速攻に食い下がった。ロングパスを通そうとしていたところを持ち前の身長とジャンプ力で強引にカットして、そのままドリブルからのレイアップ。基本に忠実なプレイで反撃を阻止しつつ得点を決める。
近くにいるメンバーとは軽くタッチをしつつ、即座に始まる相手ボールからの再開に備える。――ただ、靴底と床板が擦れる音の中に舌を打つような音がかすかに聞こえたような気がした。




