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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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断章 冬城アリサの場合 -1-


 胸まで届く長いキャラメル色の髪を、手持ち無沙汰にくるくると指先で弄ぶ。


 磨かれたみたいに綺麗に拭かれた黒板には、入学おめでとうの文字と色とりどりのチョークで漫画のキャラクターや富士山、そして桜が思い思いに描かれている。

 式自体は終わり、担任の教師が準備を整えてくるまでの待機時間。真新しくサイズも合わない詰め襟やセーラー服に身を包んだ顔も知らないクラスメートたちが、そわそわとしながら席の周囲でグループを作って自己紹介しあったりと雑談に興じている。


 それをどこか俯瞰して馴染めずにいるあたしは、ふと視線を横に向けた。幾列か離れた窓の先に、本物の桜の花びらが春風に乗せられた舞い上がるのが見えた。けれど、それを見てあたしから出てくるのは感嘆ではなくただのため息だった。


 朝も早くから玄関前だの近所の桜並木だの、嬉々として一眼レフを構える両親に付き添ってはそんな浅紅色の風景ばかりを眺めていたせいで、もはや見飽きて感慨など微塵も残っていなかった。

 小学校の卒業式でも散々泣きながら抱き締め倒してきた両親なのだが、一ヶ月かそこらでよくもまぁ同じテンションになれるものだと半ば呆れていた。個人的には新しい生活が始まることに不安の一つでも覚えたかったのに、相手をすることに疲弊してそんな気分にも浸らせてもらえなかったくらいだ。

 よその家と比べてもやはり愛情が過剰というか、過保護なのではないだろうか。毎日頑なに手作りの御守を握らせてくる辺り、とくに。

 昔一度開けてしまって中身も知っているそれを机の上に置いたまま、髪をいじるのとは別の手でつんつんとつついてみる。

 そんなときだった。


「あ、あの……っ」


 少し上ずったような、そんな声だったと思う。

 声のした方を向く――というよりは、窓を眺めている視線のまま焦点をもっと近くに寄せる。隣の席に座った女子が、声をかけてくれたのだ。

 セットらしいセットはしていないものの手入れの行き届いたセミロングの黒髪の隙間から、黒縁の眼鏡越しにもびしびしと伝わる瞳に満ちた歓喜の色に、思わずあたしはたじろいでいた。


「えっと、なに……?」


「そ、その髪、綺麗な色だね……っ。栗色って言うか、キャラメルみたいな色で。すごく自然だけど、もしかして地毛なのかな?」


「まぁ、一応。これでもハーフだから」


「ハーフ! あぁ、だから瞳の色も少し薄いし! 美人さんだなぁって思ってたんだ!」


 くわっといっそう目を見開いて、彼女が座ったまま器用に詰め寄ってくる。思わずのけぞったあたしの目に反射した自分の姿に気づいたのか、はっとした様子で彼女はあわてて居住まいを正す。顔を赤らめて伏し目がちになった様子が妙にしっくりときたから、普段の彼女はこういう大人しい子なのかもしれない。


「ご、ごめんね……。わたし、絵を描いたり見たりするのが好きで。それで、きれいなものとかかわいいものとか見るとつい興奮しちゃって……」


「ふぅん。まぁ褒めてくれたのはうれしいかな」


 恥ずかしそうに身を縮こまらせる彼女の様子に、くすりと思わず笑みがこぼれた。

 かわいい子だな、と同性ながら素直にそう思った。地味ではあるけれど外見的なものもそうだし、何より、心根がまっすぐだ。


「冬城有紗(アリサ)


「……へ?」


「あたしの名前。あなたは?」


「え、あ、多田茉知(ただまち)、です」


「そう。多田さんね」


「ま、茉知、でいいよ」


「ありがと。じゃああたしも有紗でいいよ」


 そんな彼女に、あたしは小さくほほえみかける。


「茉知は絵が好きなんだ?」


「う、うん。だから美術部に入ろうかなって……。有紗ちゃんは、部活とか決めてるの?」


「特に決めてないかな。茉知と同じでもいいかも」


「えぇ、そんなに背も高いのにもったいないよ! バレー部とか、バスケ部とか、絶対似合うし格好いいよ!」


 間違いなく初対面なのに、こうしてまっすぐ褒めてくる。そのことが少しおかしくて、思わず吹き出してしまう。


「あ、あれ、なんか変なこと言っちゃったかな……?」


「いいや、うん。茉知はそのままでいてほしいな」


 気恥ずかしそうにする茉知に、あたしは笑って滲んだ涙を右の手指で拭いながら、反対の手を差し伸べた。


「茉知。これから一年、よろしくね」


「う、うん! こちらこそよろしくね」



 ――それは紛れもなく、幸せな新生活の始まりで。

 ――そして。

 ――あたしの犯した過ちの、始まりでもあったんだ。


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