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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第三章 窮余の爪 -2-


 言霊、というものがある。

 あるいはそれは、フラグとも。


「――まじでかー……」


 息も絶え絶えに、上崎結城は高い天井を見上げていた。等間隔に吊るされた照明の数々に目が眩む。全身から噴き出た汗は止まる気配が一向にない。

 背を床に預け天を仰いで大の字になったままの上崎の視界に、少し傷んだような蜂蜜色の髪が垂れる。


「呆れた。もうへばったの?」


 水分補給ね、とスポーツドリンクを手渡してくれた彼女――冬城アリサは少し汗を滲ませて上気したように見えなくもないが、ほとんど平時と変わらない。

 ――つまりは、佐奈の危惧したとおりの無惨で凄惨な敗戦であった。

 当の勝者であるアリサはといえば、疲労の色がないどころか差して得意げになることさえなく、くるくると片手でオレンジ色のボールを弄びながら心配するように上崎の横に座り込む。


「ただ少し身体動かすのに付き合ってもらいたかったんだけど、1on1でこんなに勝負にならないとは思わなかった」


「体力面で女子中学生に見下されるのめちゃくちゃ心に来るな……」


 なんとか上体を起こして差し出されたドリンクに口をつけた上崎だが、茶化すような口調とは裏腹に半ば以上本気で落ち込んでいた。

 見習いと言えども魔術師である上崎の運動神経が悪いわけではないし、体格差も十分すぎるほどに開いている。それにもかかわらず、アリサが手にしたバスケットボールには指先をかすめることさえ叶わず、上崎が手にしたそれはシュート体勢に入る前に全て叩き落とされていた。


「才能の差……じゃないか。純粋に努力の賜だな」


「認められるのは嬉しいけど、これでも一週間くらいサボってたからひどいもんだけどね」


「……それに惨敗するなんてみっともない、っていう目をするのをやめようか」


「口に出さなかっただけ優しいでしょ?」


 悪戯っぽく笑うアリサに、上崎は苦い顔をするばかりであった。あるかも定かではない年上の尊厳なんてものを見せるのは、そろそろ諦めた方がいいのだろう。


「大丈夫です。負けてる先輩も格好良かったです」


「なんのフォローにもなってないどころか傷口を抉りに来るなよ……」


 タオルと共に負の方向へ心に刺さる言葉を投げたのは水凪六花だった。みっともない姿を目の当たりにしたというのにどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか、と上崎は首を捻りながらそのタオルを受け取って溢れ出る汗を乱暴に拭う。


「それで、お嬢様は楽しんでいただけましたかね?」


「まぁね。バスケしたいって言っただけで即日こんな体育館を貸し切られちゃったんだし、楽しめなかったらむしろ申し訳が立たないでしょ」


 そんなどこか呆れ交じりのアリサの声が、上崎たち三人しかいない空間に木霊する。それはどこか空々しく、上崎もまた「だよなぁ……」と苦笑するほかなかった。

 そもそも事前に申請するならともかく、当日になって緊急で貸し切りにするには一体どれほどのお金を積んだのか。これで本人は公務で来られないというのだからいたたまれない。


「なんかあの貴族のお姫様、やることぶっ飛びすぎてない? 服とかほしいって言ってもないのにやたらと買い与えようとしてきたし。お金の使い方ちゃんと教えてあげた方がいいわよ?」


「そもそも俺をあいつの保護者みたいなポジションに据えようとしないで」


 そんな上崎に、アリサどころか六花まで「違うの?」という目を向けてくる。あれでも上崎より一つ年上のはずなのだが、彼女の方こそ尊厳を気にした方がいいのではないかと半ば真剣に上崎も考える始末であった。


「……まぁでも、嫌ってはやらないでもらえると助かる。アリサと仲良くしたいとか、そういうのが空回ってるだけだから」


「それはまぁ伝わってるから別に気にはしないけど。――なんて言うの? 久しぶりに会うおじいちゃんみたいな。とりあえずなんでも買い与えようとしてくる辺りそっくり」


「それは本人には言わないであげてな……」


 さすがに一七歳で年寄り扱いされるのはほとほと可哀想であった。ただ血縁者であるのだから、その祖父に似ていてもおかしくはないのかもしれないが。


「ちなみになんですけれど、レーネさんからは『アリサちゃんの勇姿をぜひ動画で!』と撮影の依頼をたまわっているんですが」


「え、それはガチきもい……」


「本気でドン引くのだけはやめてあげてくれよ……。いや、俺もさすがにちょっとどうかとは思ったけど」


 携帯端末を構えた六花に対し、アリサはカメラ部分を手で遮るように首を振る。


「貸し切りまでしてくれたんだしちょっとは譲歩したいんだけど。あんまり、この姿は残したくないかなって」


「むしろ残されたくないのは先輩の方かと思うんですけれど」


「ぐうの音も出ない正論だな」


 実際、それほどに上崎は惨敗していた。アリサがプレイするその姿に、何も恥じ入ることなどないと思う。しかしアリサはもう一度首を横に振るばかりだ。


「部活でがんばって、それなりには上手くなったつもりだったけど、やっぱり一週間のブランクですごく下手になってて。……あたしの頑張りって、こんなに呆気なくなかったことになるんだなって思うと、ちょっと複雑。だからあんまり残してほしくない」


 そんなアリサの言葉に、六花は「そうですか。分かりました」と優しげな笑みを浮かべて肯定する。

 その、背後だった。


「……っ!?」


 唐突に、()()姿()を上崎結城は見てしまった。

 たった一度しか現れていなかった幻が、刻明に、鮮明に、鮮烈に、再び上崎の網膜の上で確かな像を結ぶ。いまの上崎の有り様を否定するかのようなその双眸。いまさら上崎結城がそれを見紛うことなどない。

 それは確かに、四年前までの上崎自身の姿に他ならないのだから。


「……どうかした?」


 まるで時が止まったかのように呼吸を忘れた上崎の様子に、アリサが不安そうな面持ちで覗きこむ。そのアリサの目にはっとして、上崎はようやく我に返った。


「いや、なんでもない」


 そう言って幻影から目を逸らす上崎だが、確かにそこにまだ幼き自身の姿は残り続けている。前にその姿を見せたときよりも、なおも強く、まるで何かを訴えかけるかのように。


「前もこんなことあったと思うんだけど……。――もしかして、あたしが何か気に障るようなことしちゃってた……?」


「いや、違う。本当に、そういうのじゃなくて……」


 どうにかそう否定することで精一杯。口は瞬く間にからからに渇き、肺が痙攣したような浅い呼吸しか出来ない。心臓は、壊れた時計のように不規則に荒れ狂っている。

 いまだ消えることはない、かつての上崎の亡霊。その姿に動揺し、上崎の神経は乱れていた。


 ――だから。

 平時であれば絶対に見落とすはずのないその気配に、上崎結城は最後まで気づくことが出来なかった。


 ごり、と。

 骨が内側から削れるような音がして、そこでようやく。

 遅れて、上崎結城の体は砲弾のように打ち放たれていた。

 かすれる視界の端に、獰猛な笑みをたたえた悪食の獣の牙が見えた。


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