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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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断章 レーネ・リーゼフェルトの場合 -5-


「――さぁ、次はどこに行こうか!」


「ねぇ特別育成プログラムの後なのになんでそんなに体力有り余ってんの……?」


 辟易した様子の少年――カミサキ・ユウキの手を取って、わたしはにこやかな笑みを浮かべてアスファルトを蹴った。

 負けたときの宣言どおり、わたしは本当にカミサキ・ユウキを連れ出して、駄菓子屋やら公園やらカラオケやら、とかく様々な場所をわがままな子供のふりをして案内させていた。

 今までと変わらない、子供らしい輝くような笑みを絶やさないで。


 ――本当は。

 ――半日経っても、気分は最悪のままだったけれど。


 ぐるぐると、ぐるぐると、カミサキ・ユウキに敗北したあの瞬間の記憶が壊れたレコードみたいに巡り続ける。

 首筋に触れた冷たい金属の感触が、脳天から降るあの声音が、わたしの心臓を掴み続ける。

 こうして笑顔を取りつくろって彼と歩いている今でさえ、それは何一つも変わらない。

 負けた悔しさと恐怖に気が狂いそうになりながら、それすら分厚い面の皮の下に押しやって、わたしはそうやって彼と話しながら、彼が普段なにを考えているのかとか、そこにあの強さの秘訣が隠れているのではとか、そんなことを賢しらに探っていたのだ。


「じゃあ最後にレディをエスコートする特権をあげちゃおう」


「どんだけわがままなの、このお姫様」


 ため息をつきながら、それでも「どうしようかな……」なんて真剣に悩みながら歩き出すカミサキ・ユウキの後ろを、わたしは少し遅れてついていった。

 こういうのは得意だった。

 どんな不安の中にいても、わたしはそれを決して表に出さず、ただ天真爛漫な子供を演じ続けていた。

 周りにいる大事な人たちを、わたしの不安なんかで傷つけたくなかった。この天界に来て施設に入った後も、リーゼフェルト家の養子になった後も、その根底が変わったことなど一度もない。だから、そうやって取りつくろうことだけは上手くなった。


「――……で、来たのが夕焼けの河川敷、と」


 目の前に広がる光景は、確かに素晴らしいものだった。

 沈みゆく陽の橙色の輝きが川面に反射して、きらきらと眩く土手や橋桁を照らしている。どこにでもあるような、けれどたしかに美しい光景だ。

 レディが喜びそうなところ、と言われて中学生になったばかりの少年が選ぶ場所としては及第点か。そもそも様々なスポットで散々っぱら遊んだあとだし、ディナーを共にするわけでもないのだから、景色の綺麗さだけを優先しての選出は妥当と言えば妥当だろう。


 とはいえ。


「……なんとなく綺麗な風景を選べば喜ぶかなっていう浅はかさを感じる。マイナス一〇点」


「点数制度だったのも初耳だし採点基準も理不尽すぎるだろ……」


 素晴らしいと素直に口に出すのは、昼間に負けた手前どうにも癪だったので、適当ないちゃもんをつけて意地悪をしていた。


「それより」


 そんな意地悪にもめげないどころかさして気にする様子もなく、彼は橋桁の下まで歩いて、板チョコレートにも似たコンクリートの上に腰かける。


「何か言いたいことでもあるんだろ?」


「…………へ?」


「そういう笑顔は上手いし、その、まぁ、かわいいとは思うけど。それで隠されてたって手合わせすれば分かるよ。相手が油断しててるなぁ、とか、悩んでることあるんだなぁ、とか。そんなざっくりとしたことくらいはさ」


 おかしなことを言うね、と笑い飛ばそうとして、喉が引きつって声が出なかった。

 誰にも見抜かれたことはなかった。あるいは、見抜けたとしても、わたしの言葉にごまかされてくれていた。


 だけど。

 この少年は、たった一度戦っただけで、そんなわたしの面の皮を容易く切り捨ててしまった。


「……そんなの、君には――……」


「関係なくはないだろ」


 たった一度、試合で剣を交えただけ。

 それでも、彼は拒絶しようとするわたしを、泣きそうな顔で見つめていた。


「昼間のプログラムの戦いさ。あれ、俺はめちゃくちゃ楽しかったんだ。俺よりフィジカルエンチャントもジェネレートも数段上の相手でさ。今まで同年代にそんなやつなんていなかったから、すげぇどきどきしたんだ」


 慰めるような声音とは、まるで違う。

 それは彼が彼のために紡ぐ、まぎれもなく本心の言葉だ。


「だから、俺は全力のお前ともう一回戦いたいって思った。少なくとも、あんな迷いでぶれぶれの戦いで終わりになんてしたくない。別に何でも解決できるなんて言えやしないけど。それでも少しくらいは――……」


「分かち合える、って? ……やめてよ」


 隠すつもりだった。

 こんなことを、今日が初対面の相手に言うつもりなんてなかった。

 ――なのに。


「わたしはもっともっと強くならなきゃいけないの……っ。誰かにすがったりなんて、そんな真似はしちゃいけないの……っ」


 陽が落ちる。

 鮮やかな橙の光はなりを潜め、紫色の光から端を食むように夜の闇が追ってくる。

 もはや止められなかった。

 誰に対しても打ち明けようとしなかったその思いが、たった一つのささくれのような亀裂から、弾けるように吹き出して止ってくれない。

 リーゼフェルト家というあまりにも分不相応な重圧。

 強さだけを求めながらただずっと停滞し続けている恐怖。

 この十年、一人で抱え続けていたその苦痛が、後から後から溢れてくる。

 ただどこまでもみっともなく、涙をこぼすことも出来ず渇いた弱音だけが川原の上に広がっていく。

 それを黙って聞いていた彼は、最後の最後までわたしの吐露した泣き言を全部飲み込んで、柔和な笑みを浮かべていた。


「――別に、今のままでもいいんじゃねぇの?」


 そして。

 彼はあっさりとそんなことを言った。


「だってさ」


 目をぱちくりとさせるわたしに、彼は少年らしい笑みを浮かべてこう言った。



「お前の強さは戦った俺が保証するよ。――お前は間違いなく、今まで俺が戦った誰よりも強かったって」



 光が灯る。

 宵闇に呑まれ始めた河川敷を照らす街灯が、まるでビロードのような煌めきを放って周囲をきらきらと照らし出していく。


「あと、こんな特別育成プログラムに来ても周りにお前より強いやつが本当にいないなら、その、りーぜふぇると? って家の名誉には十分すぎるくらいに応えてるだろ」


「――っ」


 はっとした。

 そんな風に考えることさえ、わたしは今まで出来なかったから。


「俺に負けたことが家の名誉に傷つくって言うなら、それはそれで別の話だし。この特別育成プログラムに来た理由は強くなりたいからだろ? 自分より強いヤツと一緒に勉強し合って強くなるものなんだし、むしろ目的どおりじゃん」


 ただの、見方一つ。

 それでも、今までわたしが重圧だと感じていたものが、ふわりと消え失せたような感覚があった。

 あぁ、そのとおりだ。

 周囲がわたしより劣っているなら、先頭に立ち市民を守り抜くというリーゼフェルト家の魔術師としての責務は全うできている。

 周囲にわたしより強い者がいるのなら、その相手と共に研鑽し、より高みへと上り詰めることができる何よりの証明だ。

 なにも、重荷に感じることなどない。

 わたしの願いは、求めたものは、とっくに手に入っている。


「…………そう、だね」


「な? だから無理な作り笑顔じゃなくて、次からは普通に笑えよな」


 そう少年らしい笑みを浮かべて、彼は立ち上がる。

 とくん、とその姿に心臓が鳴った。


「……ッ!?」


 顔が途端に熱を帯びるのを感じる。

 意味が分からない。というより、そんな言葉一つで()()()だなんて、あまりにもチョロすぎやしないか、と、自分で自分を叱責したくなる。


 だけど、否定しようがない。

 リーゼフェルト家の者としてこれ以上ないほどに鍛えた自分より、なおも強い彼に。

 わたしを押し潰していたあらゆる重圧を、言葉一つで取り去ってくれた彼に。


 ――わたしの心は一瞬にして奪われていたのだ。


「それにさ」


 そんなわたしの心情の変化になんか気づいた様子もなく、少年は言う。


「第一、俺に勝てるわけがないんだから、悩んだってむだだよ」


 ――――………………、

 ちょっとイラッとした。

 恋に落ちるとかどうとか以前に、この年下の少年にはきちんと一発かましてやらないといけないと思う。


「明日は絶対に負かすから」


 わたしも立ち上がり、彼の鼻先に指を立てて宣言する。それはなにも強がりではない。今のこの軽やかな気持ち一つあれば、試合の結果なんていくらでも覆せる気がした。

 けれど、少年はにやりと笑うばかりだ。


「できねぇよ。明日も俺が勝つ」


 本当に生意気だと思う。

 全戦全勝できるほどの実力差は絶対にないはずなのに、こんな大口を叩く根性だけはこの特別育成プログラムの間に叩き直しておかなければ。


「いいよ。じゃあこのプログラムの期間中、君が勝ち越せたら――……」


「勝ち越せたら?」



「わたしが結婚してあげる」



 その宣言に、少年は目を丸くする。

 途端、そこは年下の少年らしく、ぶわっと顔を赤くして後ずさる。――存外、この手の駆け引きには弱いらしい。オルタアーツ方面ではあんなに強いから、あわあわとうろたえるその姿は新鮮で、可愛らしいものを感じる。


「い、いや、いいよ……。っていうかそれを景品に出来る自己肯定感の強さで、なんでプレッシャーに負けてんだよ……」


「あっれぇ? ダーリン、照れてる?」


「なんでもう自分が負ける前提で話を進めてんの……?」


 顔を真っ赤にしながら逃げる彼の姿がおかしくて、わたしは笑っていた。屈託なく心の底から笑ったのなんて、いつぶりだろうか。


 ――これから先に何があっても、きっとわたしはこの瞬間のことを忘れない。彼はきっと覚えていてくれないだろうけれど、それでも。

 わたしにとってこの瞬間より大切なものは何一つ存在しないと、そう確信できるから。


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