断章 レーネ・リーゼフェルトの場合 -3-
――そんなわたしを、ある日、お義母様が呼び止めた。
「少しいい?」
まだ三十路前の若い女性だった。モデルと見紛うほどのスタイルとつり目がちな切れ長の瞳に、いつもわたしは吸い寄せられていた。いくらわたしともノルとも血の繋がりがないとは言え、こんな美貌を誇る妙齢の麗人が二人もの子供の母となっていることにはわたしだって違和感を禁じ得ない。
ヒルダ・リーゼフェルト。魔獣討伐時に受けた傷の後遺症で今でこそ前線を退いてはいるが、それこそわたしと同じように、そのオルタアーツの才能故にリーゼフェルト家に嫁いできた才媛でもある。
ちなみにだが、出会った当初のお義母様は呼び方について「私のことはヒルダと呼んでください」なんて言っていた。本当の両親は現世にきちんといるのだから、と。けれど私としては家族として迎え入れてくれた以上は他人行儀な呼び方はしたくなかったし、何より「お義母様と呼んじゃ駄目?」と聞いたら「…………まぁ、あなたがそう呼びたいなら」とこんな美麗でキリッとした人が照れ隠しに目を泳がせるなんてかわいい一面を見せてくれたことが嬉しくて、進んでお義母様と呼ぶことにした。
閑話休題。
わたしを呼び止めたそんなお義母様は家の中にもかかわらず、いまは背中まであるどこかノルにも似た光の糸のような金色の髪を一つにくくり、キャリアウーマンのようにジャケットスタイルだ。大抵、真剣な話を切り出すときはこの人はいつもこんな風にきちんとした正装をする。そういう根から真面目な人でもあった。
「なにかな、お義母様」
そういつもの笑顔で問いかけながら、わたしは鼓動が早鐘のように打つのをひた隠しにしていた。
わたしがリーゼフェルト家にいるのは、そのオルタアーツの才能があったから。だがこうして伸び悩んでしまった以上、いつ追い出されたとしても文句は言えない。優しく家族として迎え入れてくれた彼女たちに限ってはと思う一方で、心の中でどうしても覚悟していたことでもあった。
どうか、その予想だけは外れていて。
そんな想いを秘めながら、それでも何も気づかない子供の振りをして、わたしは笑みを浮かべていたのだ。
だが、結論を言ってしまえばそれは杞憂だった。
「……特別育成プログラムは知っていますか?」
「えっと、原則高校生未満はオルタアーツの専門教育を受けられないから、特別に優秀な子を選抜して育成する強化枠、だよね」
その上、あまり定期的に開かれるわけでもない。そうなってしまえば実質的には小中学生に専門的な教育を施しているのと同義になってしまうから、開催に際しては英国に限らず各国で厳しい審査があるものだ。
「そう。その特別育成プログラムの国際交流枠への打診が来ています」
そう言って、お義母様は黒のジャケットの内ポケットから一通の手紙を取り出した。
「開催地は日本。あなたの故郷でもあるし、ノルよりもレーネの方が適していると思うのですが。――興味はありますか?」
お義母様の話はそういうことだった。
――あるいは、どこかで伸び悩んで憔悴していたわたしの様子に気づいていたのかもしれない。そして、その原因が期待や焦燥を過剰に感じ取っているからであることも。だからこそ、このリーゼフェルトの家を離れた環境に身を置くことで、少しは改善されるのではないかと思ってこんなふうに提案してくれているのだろう。
だけど。
このときのわたしはそんな思慮に気づく余裕さえなくて。
「受けます」
ただ力強くそう答えた。
このままの独力では限界が来ていることは明白だった。なら一人でだって海を渡って、得られる経験や技術を徹底して吸い尽くしてやろうと思ったのだ。
そんなどこか飢餓に狂った様子にも似ていたわたしの即答に、お義母様は短く息を吐く。なにか助言やはなむけの言葉を探した様子だったけれど、しかし何も言えず頷いただけだった。
「……分かりました。伝えておきます」




