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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第二章 縁 -14-


 それからの二人の行動は、デートというよりはただの散策であった。最初にレーネが希望した行き先の駄菓子屋の時点で、そういった男女の仲らしい雰囲気など破綻していたし、それから行く先々もただレーネの興味が向いた場所で脈絡も何もあったものではなかった。


 早めの夕飯だと言って男でもためらうようながっつり系のラーメン屋に向かったかと思えば、デザートに選ばれたワゴンカーのクレープと可愛らしいリクエスト、といった具合の振れ幅で、その次はどうするのかと身構えていれば、目に入った公園のブランコをスカートの丈も気にしないで全力でこぎ出すというありさまだ。

 英国の法律上なら彼女は今年で成人を迎えるはずなのだが、とてもそうは思えないほど子供のようなはしゃぎようであった。



 ――そして。



「やっぱり、ここからの景色が一番いいよね」


 フェンスに指を絡ませて、レーネ・リーゼフェルトは落陽に染まる街を見下ろしていた。

 一般開放されている百貨店の屋上だった。休日にはヒーローショーなども催されているようだが、平日の夕暮れともなれば侘しいもの。まばらに置かれた植え込みとベンチの間を、夕風が吹き抜けるばかりだ。

 そんな朱く焼けた光の中に、ぽつんと佇む一人の少女。その様には、あちこち連れ回され疲労困憊であった上崎でも思わず見とれそうになるほどの引力があった。


「あの、ね」


 その珍しく歯切れの悪い切り出しの彼女に、上崎は少しばかり首をかしげた。何か言いたいことでもあるのだろうかと首を捻ったところで、はたと気づく。

 見晴らしのいい屋上で二人きり。眼前に広がるのはありきたりな、しかしそれでも鮮烈なほどに美しい朱の空色。どこか恥じらうようなその頬の赤みは、ただ夕焼けを反射したというだけではないだろう。

 そのいじらしい姿はまるで――と、上崎は自身の予想に思わずどきりとした。まさかそんなと内心で呟きながら、それでも自身の頬まで共鳴したように赤く染まっていくのは抑えられなかった。

 途端に乾いた唇を舐める上崎と向き合って、深く深呼吸したレーネ・リーゼフェルトはゆっくりとその重い口を開く。



「あ、アリサちゃんと仲よくなるにはどうしたらいいかな……っ?」



 ――勘違いをしていた自分を呪い殺したくなった。自己肯定感は低いくせに自意識過剰な辺り本当に救いようがない、と瞬間冷却された思考回路が理路整然と上崎をきつく叱責する。

 レーネの方はと言えばなぜかこの問い一つに勇気を振り絞っていた様子で、上崎の懊悩に気づいてはいなかった。平生であれば上崎の頬の赤さをめざとく見つけ、鬼の首を取ったようにからかい倒すこと請け合いだ。その点に関しては助かったと考えて、上崎は咳払いでごまかす。


「アリサと? 別に今でも嫌われてるわけじゃないんだし――」


「ダメだよそれじゃ! もっと仲良くなりたいんだもん!」


 珍しく切羽詰まったように、レーネはずいっと身を乗り出して上崎に詰め寄る。少なくとも上崎に対してそんな風な焦燥を見せたことは、特別育成プログラム中の四年前にもありはしなかっただろう。


「もう少しでも仲良くなりたすぎて、いまでもこうしてオルタアーツを使って、草葉の陰からアリサちゃんは無事かなと見守ってるくらいなのに……っ」


「まぁここ天界だから草葉の陰って誤用じゃないけど――って待て。いまも、オルタアーツで、見守っている?」


「うん、そうだけど?」


 母語が英語とは思えない日本語の語彙に感嘆していた上崎が急制動をかけて、見落としそうになっていた言葉を拾う。しかし、焦りの色を隠すこともなく拳を握ったまま力説するレーネは、何を当たり前なことをとでも言うようにまた小首を傾けていた。


「わたしのオルタアーツの円盤あったでしょ? あれに付与した能力は『感覚拡張』って言って、要するに目とか耳の代わりになるんだよね。その円盤と、リッカの腕を治したときみたいな界外発動を組み合わせると遠隔で監視――もとい様子を見れるんだよ」


 迂遠な言い回しを模索したところで、どこまでも曲率ゼロのストレートに盗撮盗聴の現行犯であった。悪びれる様子もないその姿には上崎もため息を漏らすばかりである。


「いや、お前が四年前より進化してるのは分かる。お前の元の疑似放電(オルタアーツ)なら速度も威力も十分だから、防御かセンサーにリソースを割り振るのは当然の流れだろうし。――けどそうじゃない。って言うか、そんなことはどうでもいい」


「うん?」


「そんな風に茶化してないで、()()()()()()()()()()()()()()()


 呆れた様子の上崎にそう切り出されて、レーネは目をぱちくりとさせていた。だがそれは上崎がてんで的外れなことを言ったからではないだろう。上崎の発言に確信めいたものがあると理解してか、ややあってレーネは肩をすくめる。


「ダーリンって察しがいいよね。気づかないふりも上手だけど」


「……普段がどうかは黙秘するけど、いくらなんでもこれは気づくだろ。そもそもどうしてアリサにこだわるのかっていう肝心の理由を聞いてないし。――こうして人を無理矢理に連れ回した後に真面目な相談をするなんて、四年前にもあったお前のいつものパターンだ」


 そう言えばそういうこともあったね、と、きっと本人だって覚えているだろうにレーネはそう言って笑っていた。橙色の光に照らされて、彼女は少し眩しそうにうつむく。


「……わたしが死んだのは、四歳の頃。お父さんの実家のある英国に初めて旅行に行ったときに交通事故に遭って、そのまま一人で天界(こつち)に来たの。言葉の壁もあったし、物心がつくかどうかっていう頃だったから、もう自分の本当の名字もすっかり忘れちゃって、両親の顔ももやがかかったみたいに思い出せない」


 そう切り出したレーネの独白を、上崎はただ黙って聞いていた。


「でも、はじめてアリサちゃんに会ったとき。空から降ってきたアリサちゃんの顔立ちを見て、わたしはとっくに忘れたはずの両親の顔を鮮明に思い出したの」


「――っ」


 その言葉で、上崎もすぐに理解した。

 彼女はリーゼフェルト家の養子だ。本来の父母は存命でまだ現世で暮らしている。とうに忘れてしまったはずのその両親の顔を想起したのであれば、そこには決して無視できない面影があったはず。――つまり、レーネ・リーゼフェルトにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……妹、いたのか」


「正確には分からないけどね。わたしは一七歳で、アリサちゃんは十三歳。たぶんわたしが死んだ後に生まれてる。……けど、たぶんそうだって思う」


 幼くして天界に訪れる場合、現世での血縁関係を証明することが難しくなる。ましてレーネの場合には異国の地で幼児が一人だけで天界に訪れ、名前以外を告げることもできず名字すら失ってしまっているほどだ。照会しようにも戸籍などの情報はそこでぷっつりと途絶えてしまっている。

 だからレーネの言葉に確証めいたものまではない。だが、それがただの直感でしかないとしても、無視できるものでもなかった。


「決定打は、アクセサリーショップかな。あそこでアリサちゃんの目に止まった三日月とハートのネックレスを見て、親がお守りに持たせてたって言ったでしょ? あれと似たおもちゃのネックレス、現世のわたしのお気に入りだったの。もう数少ない、わたしが覚えてる現世の思い出の一つなんだけど」


 それは、もはや偶然では済ませられないだろう。なんでもないアクセサリーをわざわざお守りにする理由なんてない。そこには、どうしたって何かの意味がある。――たとえば、アリサが生まれる前に亡くなった姉の形見であるというのなら。

 すべては偶然と邪推の寄せ集めで、確信も証拠もありはしない。それでも、レーネ・リーゼフェルトにとって冬城アリサは肉親かもしれないのだ。彼女の幸せを願い、彼女との親睦を深めたいと、そう思うことは何もおかしいことではない。


「……聞かないのかよ、本人には」


「聞けないよ。姉がいたって知らされてるとは限らないし、もしかしたら両親の心の傷になってて、打ち明けられずにいることだってあるかもしれない。……それに、もし本当だって分かっても、どうしようもないから」


 その絞り出すような言葉に、上崎はどう答えればいいのか分からなかった。あるいは、天界に住まう誰もがその答えを持ってなどいないのかもしれない。

 上崎たちはすでに死して、魂だけとなってこの天界で生活している。対して臨死者である冬城アリサの生きる場所は現世だ。たとえ何があったとしても、その二つの世界が交わることはあってはならない。だから、その真偽を暴くことに意味はない。


 ――でも。

 彼女と仲良くなりたいと、もし生きていればあり得たかもしれない夢を見たいと、そう願うことくらいは許されたっていいはずだ。


「ったく……」


 想像よりずっと真面目な相談に、上崎はがしがしと頭をかく。本当に抱えている思いを隠してすぐ茶化そうとするのは、四年前からも変わらないレーネの悪い癖だ。


「だいたい、相談の目的が違うだろ。仲良くなって終わりでいいのかよ」


「そ、れは……」


 上崎の指摘に対しレーネは言葉を詰まらせた。それはある意味で答えのようなものであった。


「妹かもしれないから、せめてもの思い出を作っておきたいって言うんならそれでもいいよ。だけど、そうじゃないんだろ。お前はそこまで利己的じゃないよ。――アリサを現世へ送り届ける。そのためにアリサが抱えている悩みを打ち明けてほしいってだけだろ」


 だから、彼女は冬城アリサと仲良くなる方法を教えてほしいと上崎に懇願した。このまま上崎に任せていても同じ結末になるかもしれないが、それでも、妹かもしれない彼女が幸せを掴む手伝いが少しでもできるのであれば、と。


「少し前に、人から言われたことがあるんだ。別れっていうのは突然だって。聞きたい言葉があるなら、怯えてないで聞けるときに聞かないといけないんだって」


 それは、上崎がかつて北条愛歌にかけられた言葉だった。

 彼女は自らの姉を救うために多くの一般人を犠牲にしようとした。あるいは無数の世界線で、実際に犠牲にし続けてきたのだろう。そんな彼女の言葉は上崎たちの信頼を勝ち取るための欺瞞に満ちたものだった可能性は否定できない。

 けれど、きっとこの言葉だけは真実だったのだと、上崎はそう思う。それはどこにでも転がっているようなありきたりな、けれど揺らぐことのない真理の一つなのだ、と。


「これも一緒だよ。臨死なんて不安定な状態はいつまでも続くものじゃない。聞きたいことがずっと教えてもらえるわけじゃないし、言いたいことをいつでも伝えられるわけでもない。――だから、怯えてないで頑張れよ」


 きっとそこに近道なんてない。レーネとアリサを結ぶことができるのは二人が費やした時間だけだ。上崎が手を出したところで変えられるものなんて何もない。きっと彼女だってそんなことは分かっていて、それでも近づく勇気が出なくて、上崎に背中を押してほしかっただけなのだろう。


「……傍若無人な貴族様のくせに、そういうところが放っとけないんだよな……」


「ダーリン、前半の評価には断固抗議したい」


「それは己の言動を振り返ってから言え。――まぁ橋渡しとか手伝うくらいはするよ、お姉ちゃん。アリサが現世に戻るまでに、少しは姉らしいことだってしたいんだろ?」


「……うん、そうだね。――期待してる、ダーリン」


 小さく何度もうなずいて、レーネは言う。それは言葉とは裏腹に、彼女自身の宣誓にも上崎には聞こえた。


「でも、残念だなー」


 かしゃりとフェンスにもたれかかって、レーネはにやりと笑みを浮かべる。それは重い荷物を下ろした後のような晴れやかさがあった。


「年下キラーの魔法のテクニック、教えてほしかったな」


「…………おい待て。誰だそんなデマを流してるヤツは」


 半ば本気の殺気をにじませる上崎だが、それを向けられてもレーネは飄々としていた。先ほどまでしおらしく相談していたとは思えないほどくるりと華麗に一変した彼女の小悪魔チックな雰囲気に、上崎はたたただ諦観を込めて深いため息をつくばかりであった。


「もういい。そろそろ陽も落ちるし帰るぞ、お姉ちゃん」


「そんなすねないでよ、ダーリン。結構いいアドバイスだったよ?」


「そう思うんだったら最後の最後で茶化すんじゃねぇよ……」


 きびすを返しながら上崎の向けるジト目も気にした様子もなく、レーネはからからと笑って駆け足で上崎を追い越してドアへと向かう。

 そうして上崎の一歩前でくるりと振り向いて、夕日に照らされてまた一段とまた増した朱の頬を隠すこともなく、満面の笑みでレーネ・リーゼフェルトは宣言する。


「がんばるね、ダーリン」


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