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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第二章 縁 -12-


 ――攻勢に転じた六花の剣閃を、オリヴェル・リーゼフェルトは難なく躱す。


 だがそこには無駄もなければ余裕もない。嘲りも落胆もありはしない。先ほどまで滲んでいたあらゆる軽視を排した、合理を追及した機械のような正確さだけが残っている。

 がぎり、と撃鉄が起きる、そんな音さえ聞こえたような気がした。

 刹那。


 特別なモーションはおろか、あるべき予備動作さえ存在せず。

 オリヴェル・リーゼフェルトの握る銀槍から紅蓮の爆炎が放たれた。


「――っ!?」


 回避が間に合うタイミングではない。ただ驚愕に目を剥いた六花が半ば反射的に剣を一文字に構えたのは、何かを意図してのことではないだろう。その速度は努力の賜でも研鑽の末でもない。紛れもなくただの偶然でなければ成立しない。

 そして。

 それは幸運にも唯一無二の正解でもあった。


『――やっと、俺も戦える』


 誰に見えるわけでもないのに、幽体となったままの上崎はそれでも思わず獰猛な笑みが漏らさずにはいられなかった。

 放たれる爆炎は一息に六花の身体を飲みこみ試合など即座に終わる。そのはずだった。――だが飲み込まれたのはむしろ、その逆。

 穴の空いた水槽のように、上崎の剣の刃筋へ渦を巻きながら紅の業火が吸い込まれていく。宙舞う火の粉の一つさえ、水凪六花の柔肌を傷つけることを許さない。


「――っ!?」


 さしものオリヴェル・リーゼフェルトも、何が起きたのか理解にラグが生じているようだった。この一閃で片をつける想定でいたのかもしれない。だからこそ、今が最大の好機でもある。

 言葉も合図も必要はなかった。ただ柄を握る手に、いっそうの力がこもるのを感じる。

 上崎と六花がカテゴリー5さえ討った、四つの工程は既に完了している。あとは、ただの一振りだ。

 周囲の温度さえ根こそぎ奪い凍てつかせるほどの、極低温のエネルギーが斬撃となって解き放たれる。

 青い三日月のような一撃が、大地を抉りながらオリヴェルへと迫る。

 元の性質を反転し、さらには倍加した一撃だ。彼が同じ攻撃を繰り出したところで、相殺しきれるものではない。理論上は相手がどれほど強大であろうとも屠ることが可能となる、上崎結城の才覚の全てを犠牲にした能力だ。


 それほどの重みをもって、なお。

 英国最優の魔術の顔からは、とうに焦りの色が消えていた。


「なるほど」


 たった一言。それだけで、上崎は自身の底さえ見透かされたような、そんな恐怖を覚えた。

 直後。

 彼の握る銀槍から放たれたのは、先ほどの爆炎ではなかった。

 それは荒れ狂う暴風だった。直接の殺傷力はなくとも、上崎の斬撃のエネルギーを霧散させ、周囲へと散らすにはこの上ない。

 カテゴリー5にさえ届いた上崎の一撃は、雲のように散り散りとなって呆気なく消えていく。


「二属性変化……っ!?」


 六花が驚愕するのも当然だ。普通のオルタアーツに付与できる能力は、せいぜいが一つ。よほど優秀な者であっても二つが関の山。――ただしそれでも、まったく無関係の属性二つとなると話が違う。

 かつて北条愛歌が見せた『光操作』と『時間操作』は、一見すれば全く別のベクトルに思えるが、根源にあるのは光速に由来する概念でイメージを接続したものだ。それでも補えないギャップをオーバーライドとして外的なアイテムで術式を補填し、はじめて成立していた。


 だが、いまのオリヴェル・リーゼフェルトのそれは次元を異にしている。

 爆炎と暴風の間に近しいものはない。完全に独立した二つの性質を、彼は自らのオルタアーツで掌握しているのだ。それも、未だ学生の身でありながらだ。


「放たれたエネルギーを吸収し、性質を反転させて、倍加して押し返す。なるほどね。それなら確かにカテゴリー5にも届くという触れ込みは納得できる」


 傷どころか汚れ一つさえその白の装束につけられることなく、彼は言う。それはもはや、さながら勝利宣言のようですらあった。


「今までそれに頼らなかったのは、そもそも吸収できる攻撃ではなかったからだね。その弱点さえ露呈してしまえば、もう私は近接攻撃にのみ注力すればいい」


「……それが出来ると?」


「出来るさ。――それに、君は一つ勘違いをしているよ」


 言って。

 まだ十数メートルの距離がありながら、オリヴェルリーゼフェルトは天高くその白く輝く槍を掲げた。


「いったいいつ、私が自分のオルタアーツの能力を二属性変化だと言ったかな?」


 その紳士然とした笑みが、不敵な色を帯びる。

 陰る。

 それは、突如として現れた巨大な何かが、結界の内まで降り注ぐ陽光を遮ったから。


「――ッ!?」


 驚愕に顔を歪めながら、それでも硬直することなく対処に動くことが出来たのは六花の類い稀なセンス故か。

 防御と呼ぶよりは上段に近い構えに入るが早いか、途方もない衝撃が上崎の剣を突き抜けて六花の四肢にまで走る。

 まともに受け止めれば、六花の身体が原形をとどめない。それを即座に理解したからか、衝撃とほとんど同時に六花の片足がわずかに沈み込み、傾いだ上崎の剣によって頭上から振り下ろされた何かが滑るように左の地面へ激突する。

 受け流してなお残響のように震えが残る中で、上崎と六花はその正体を見る。

 それは、十メートル以上にまで膨れ上がった白銀に輝く大剣の刀身――否、()()()()だ。


『くそ、そういうことかよ……っ』


 思わず毒づく上崎に対し、オリヴェル・リーゼフェルトは涼しい顔をしていた。それが解答でもあった。

 くるりと、彼が手首を返す。地面に突き刺さった巨大な刀身を置き去りにして、その槍だけが弧を描く。そこに白銀に輝く刀身は存在しない。

 あるのは、翼のような意匠の上に戴く紺碧に輝く宝玉だけ。

 今さら見紛いはしない。それは槍などではなく、魔術師然とした(ワンド)だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()……っ』


 武具生成術式では一度形作られるとその形状を変化させることは出来ない。出来るとすれば、はじめから変形するための機構を備えている場合だけだ。

 つまり。

 ジェネレートの発動と同時、その宝玉を覆い隠すように、能力によって白銀の刀身を偽装していたのだ。


『……っ』


 幽体となり実体を剣としてしまった上崎には、肉声以外は虚構のものだ。それでも、歯を食い縛らずにはいられない。戦闘を六花に全て委ねてしまう上崎にとって、その他のあらゆる分析は自身の責。だからこそ、見誤った自らの愚かさに臍を噛む。

 はじめから、オリヴェル・リーゼフェルトは全霊など出してはいなかった。爆炎も暴風も本来は見せる気などなかったのだろう。だから自身のジェネレート本来の姿である杖を槍に偽装し、その近接戦闘だけで六花と相対した。

 全てが欺瞞。ありとあらゆる手札をひた隠しにした上でなお、上崎と六花二人を軽々と圧倒していた。それが事実だ。


「炎と風だけでなく金属まで……っ。まさか」


「あぁ、そのまさかだ。――『()()()()()()』それが私のオルタアーツの能力だよ」


 地水火風空。この世を構成するあらゆる物質、現象、概念を支配する。それが五大元素支配だ。せいぜいが二つ程度という能力の常識から遙かに逸脱した、そんな破格のオルタアーツが、いま上崎たちの目の前にあった。


 前例がないわけではない。だが一つの時代にその領域に達することが出来る魔術師など世界を見渡しても一人いるかどうか。それを、この若さで。


「――っ」


 六花もまた唇を噛み、何かに耐えている。柄を握り締める掌がじっとりと濡れていることが、何よりもその緊張を物語っていた。

 偶然に助けられてどうにかカテゴリー5を討伐した上崎たちとは何もかもが違う。小手先の技量の差どころか努力の多寡という次元ですらない。立ち居振る舞い、オルタアーツと向き合う姿勢、その根源からしてオリヴェル・リーゼフェルトは上崎たちに届き得ないほど隔絶した世界にいる。


「呆けている場合ではないだろう?」


 ぞっとするほど冷たい声があった。


「カテゴリー5を討伐したんだ。このくらいで終わるとは思っていないよ」


 あるいは期待すら込めて、英国――いや、世界最優の魔術師が、その全霊の片鱗を見せる。

 六花の横でうずくまっていた巨木と見紛うほどの刀身が、ひとりでに持ち上がる。それはオリヴェルの意思の赴くまま、剣閃となって六花の身へと迫る。

 ただの一振り。そこには策も衒いも何もない。ただそれだけで、六花は木っ端のように呆気なく吹き飛ばされた。

 上崎の剣でまともに受け止めようとも、横薙ぎのひと太刀は六花の足を地面から引き抜くには十分すぎた。優に五メートル以上は宙を舞い、体勢を立て直そうと半回転したところで追撃が襲い、そのまま地面へと叩きつけられる。


「――づ……っ」


 どうにか倒れることなく地面に足を付けた六花の口からも、思わず苦悶の声が漏れる。上崎の刀身で滑らせるようにいなしてはいたが焼け石に水だ。そもそもの重量の桁が違う。どれほどベクトルを後ろへ分解しようと、流しきれずに残ったわずかな力だけでも上崎の刀身も六花の骨もみしみしと軋みを上げていた。


 敵うはずがない。

 そんな絶望が、足下からひたひたと総身を飲み込んでいく。


 ――なのに。


「まだ、戦えます」


 そんな上崎の諦観さえ見透かしたように、水凪六花はその弱音を否定する。もはや彼我の実力差など火を見るよりも明らかで、それでも。


『待て、六花。こんなのはただの親善試合だ。そこまで無茶を――……』


「いいえ、先輩。――私は、負けちゃ、駄目なんです」


 上崎の言葉さえ続けさせず、六花はそれを否定する。いっそ妄執にも等しい勝利への渇望が、上崎を握る六花の手の強さに表れていた。


「先輩が最高の魔術師だって、私が証明するんです。しなくちゃいけないんです」


 引き止める言葉を、上崎は持たない。彼女のその言葉に救われてしまった上崎結城には、彼女のその覚悟にだけは、どんな迂遠な言い回しであろうと否定することが許されない。

 そんな上崎を置き去りにするように、光さえ飲み込む漆黒の剣を手に水凪六花は地面を駆る。

 星のように輝く純白の大剣が幾度となく迫る中で、眼底を衝くほどの火花を散らしながら、それでも六花はオリヴェル・リーゼフェルトへと肉薄する。

 それは、一見すれば驚嘆に値する光景だった。剣戟の間、あるいは一閃の度に研ぎ澄まされていく彼女の動きは、最高峰の魔術師を相手に一歩も譲らない。


 しかし。

 それはつまり、オリヴェル・リーゼフェルトから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『ま、ずい――っ』


 ぞり、と背筋をやすりで撫でられるような強烈な不快感が全身を襲う。――それは、オリヴェルの放つただのプレッシャーだ。

 瞬間、彼の背後に、無数の白い輝きが見えた。それはまるで闇夜を覆う満天の星のようで――そして、その全てが五大元素支配によって生み出された()であった。

 物理に特化した飽和攻撃。それは上崎と六花の二人にとって為す術のない最悪の選択肢だ。もはやオリヴェルに手加減は望めない。そこまで六花は彼を追い詰めることが出来てしまったことこそが、最大の悪手だった。

 六花の顔が驚愕に染まる。もはや防御も回避も間に合わない。その白銀の豪雨が、瞬きの直後に彼女の白磁のような肌に無残な穴を開けるその瞬間が、恐ろしいほど鮮明に浮かぶ。


 ――しかし。


「まったく」


 そんな呆れ交じりの声の直後。

 白色の暴力が、全てを塗り潰した。

 思わず閉じた瞼を破る光が眼窩にまで突き刺さり、音を超えた衝撃は肌はおろかその奥の骨すらびりびりと震わせた。

 その感触に、上崎はどこか懐かしさすら感じていた。


「いくらなんでもヒートアップしすぎだからね?」


 叱るような口調で、しかしどこまでも甘い声が降る。

 見上げれば。

 そこに、彼女はいた。

 ハーフアップに結わえたキャラメル色の髪をなびかせたまま、宙に浮かぶ一人の少女。その両の脚には金属質の漆黒の長靴を纏っている。ピンクゴールドの装飾まで施したいっそ芸術的なその武装は、彼女のオルタアーツだ。しかし、ひゅんひゅんと小鳥のように周囲に飛び交う掌ほどの円盤数枚は上崎も知らない。この四年で彼女が新たに身につけた力だろうか。

 ブーツと円盤が時折ばちばちと紫電を迸らせる。その『疑似放電』こそがレーネ・リーゼフェルトがジェネレートに付与した能力であり、この場でオリヴェルの放った金属矢全てを弾き飛ばした攻撃の正体でもあった。


「試合続行は危険と判断しますが、異存はありませんね?」


 そんな白浜の声が響き、はっと上崎たちは我を取り戻す。――レーネが割り込まなければ彼女が六花とオリヴェルの間に入るつもりだったのか、その手にはいつの間にか真紅の業火をたたえた大鎌が握られていた。


「そうですね。消滅や過度の損傷を狙うつもりがなくとも、これ以上はどうしてもそうなってしまいかねない。この辺りがいい幕切れでしょう」


 冷静さを取り戻したオリヴェルは、握った純白の杖を振った。まるで解けるように雪片となって霧散していく。その光景が試合終了のホイッスルの代わりであった。

 親善試合である以上は勝敗を明確にする必要もない。むしろ手酷く惨敗することさえ覚悟していた上崎としてはこの結果は望外だ。


「いい戦いだったよ」


 差し出されたオリヴェルの手に答える六花は、しかし無言だ。垂れた前髪で表情は見えないが、それでも、彼女の中でどんな思いが渦巻いているかなんて斟酌するまでもないだろう。

 自身もジェネレートを解き人の身体を取り戻した上崎は、かける言葉も見つからずただ彼女の頭を軽く、甘く撫でるばかりだ。

 上崎たちのオルタアーツが解けたことを確認して白浜が編纂結界を解除する。観客席からまばらな拍手だけが風に乗って聞こえてくるが、それすらどこか空々しい。


「ユウキも。また機会があればぜひ手合わせ願いたいね」


「えぇ」


 六花に次いで形式的に差し伸べられたオリヴェルの手に上崎も応える。

 その手がぞっとするほど冷たかったことだけが、いやに、上崎の胸の奥にへばりついた。


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