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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第一章 臨死の鎖 -9-


 上崎の保護した金髪の少女が目を覚ました、という一報が入ったのは、リーゼフェルト兄妹の接待も終わった、その日の昼前のことだった。

 本来であれば、その知らせを聞いても上崎は「よかったですね」と一言返答すればそれで済む話だった。基本的な応対は担任である白浜が引き継いでおり、静養と状況説明を兼ねて少女も病院へと搬送されているのだ。学生の身分である上崎に出る幕などない。

 ――ない、はずだったのに。



 上崎は六花と共に彼女の搬送された病院へと連行される運びとなっていたのだった。



「……それで、詳しい説明はもらえるんですよね?」


 穏やかなエンジンの振動に揺られながら、助手席で頬杖を突いた上崎はちらりと横目で運転席を見やる。ハンドルを握っているのは、こうして昼休み返上で上崎たちを連れ出した白浜優子であった。


「へぇ、説明責任を放棄した人間が説明を求めるだなんて虫がよすぎると思うんだけど?」


 虹彩から光の消えた白浜の言葉に、上崎は思わず視線を窓の外へと一八〇度転回した。一度や二度の謝罪では、数少ない大人の長期休暇を残業漬けにされた恨みは消えてくれないらしい。

 心なしかアクセルを踏む足に力がこもって、エンジンが低く唸りを上げる。これ以上はやぶ蛇だと察して利口に口を噤んだ上崎の様子に、白浜はどこか諦めたように深いため息をついた。


「っていうのは半分冗談で」


「あ、半分は本気なんですね……」


 後部座席の六花が「まったく」とこちらもこちらで上崎にジト目を向けてくるものだから、そこはかとない居心地の悪さをごまかすように、上崎は身を小さくして白浜の言葉を待った。


「もちろんきちんと説明はします。――ただその前に、二人は助けたあの子の胸の真ん中にあった鎖。あれが何か、理解している?」


 私情に寄った怒気をふっと消し、白浜はそう切り出した。


臨死の鎖(シルバーコード)、ですよね」


 上崎の確認に白浜はこくりと小さくうなずく。

 あの鎖は、物質的なものではない。

 現世と天界で移動できるものは、死亡時の魂だけだ。たとえその手に鎖を握り込んだまま息絶えようと、それを天界に持ち込むことは出来ない。

 彼女の胸にあった鎖。それはまるで立体映像のように、彼女の胸の中央から伸びていて、そのまま地面へと溶け込んで消えていた。そもそもが物理的なものではあり得ない。

 あれは臨死の鎖と呼ばれる天界固有の事象だ。

 まだ現世で生きている肉体と天界へ迷い込んだ魂を結ぶ、たった一つの架け橋なのだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことですよね」


「そう。彼女は臨死状態で、正式な死者じゃない。まだ現世で肉体は生きているし、状態次第では生き返る可能性が十分にある」


 現世でいう臨死体験よりも、実際に天界まで訪れる臨死の症例はごく稀だ。確実にその瞬間魂は肉体を離れているにもかかわらず、肉体は生命活動を維持している必要がある。

 生への執着が肉体の死を拒み続けるか。

 あるいは、肉体の活動よりも死への渇望が勝るか。

 どちらにせよ、そう簡単に起こりうるものではない。どちらに転んでもおかしくない瀬戸際の生命活動を維持し、なおも感情に揺さぶられて起きる一時の奇跡だ。

 目の前の交差点で、信号が黄色へと変わる。白浜の運転する車は緩やかに減速し、停止線でぴたりと停まる。


「じゃあ質問の続きだね。――その臨死の鎖の危険性ってなんだと思う?」


「危険……? それ単体になんかの作用なんてなかったですよね」


「それはそのとおり。ただそれが『存在している』ことそのものがよくはないんだよ。――それは、現世と繋がっているわけだからね」


 言われて、上崎は気づく。

 その鎖があれば死者が誰でもよみがえられる――なんて妄想はしない。それだけは世界のあらゆる理屈を無視しているし、仮に現世へ渡航できても肉体を持たない魂では何も出来ない。


 ――だが。

 この天界には、死者の魂以外の存在がある。


「魔獣ですか……」


 上崎の理解に、白浜は無言でうなずいた。

 魔獣は人々の悪感情のエネルギーが集まることが発生源となる。肉体という殻がエネルギーの流出を防ぐ現世では、そもそも発生すること自体が不可能だ。――だがそれは、魔獣が現世で存在できないという意味にはならない。

 もしも現世へ渡る術があれば、魔獣は現世で好き放題に暴れるだろう。肉体というフィルターを通してしまうことで生者は魂も魔獣も認識できない。抵抗される恐れもなく天敵である魔術師も存在し得ない世界で、魔獣は際限なくその腹を満たし続ける。


「魔獣に情報ネットワークはないから、こぞって臨死者を狙うようなことはない。だけど偶然にでも魔獣の目に止まることは、非常に大きなリスクとなる」


「……勉強になります」


 話の流れが見えず、上崎は白浜からの講義にそんな相づちで答える。確かに知っておいて損のない情報ではあるが、それをいまこうして語り聞かせている理由が見えず、妙な不安感を煽られている気分だった。


「さて、じゃあ第三問ね。――国内の臨死者発生の平均年間件数。上崎くん、知ってる?」


「……だいたい二、三件ですよね。だからまぁさっきのリスクもそこまで大きな問題にはなってないんだと思うんですけど」


「よく勉強してるね。花丸を上げましょう」


 信号で停止した隙を突くように頭を撫でてくる教師の手を払いつつ、上崎は後ろから睨んでくる六花の目線には気づかないふりをする。「うーっ」となぜか唸り声まで聞こえるような気がするがきっとそれはエンジンの音だろう。


「それが俺たちと彼女を会わせる理由ですか? 貴重な機会だから勉強しておけ、みたいな」


「まさか。そんな見世物みたいな理由で彼女とは会わせられないよ。プライバシーとかの問題もあるんだから」


 そう言いながら、白浜は信号が青になったことを確認すると、滑らかにアクセルを踏んで加速させた。その加速感にどこか胸が詰まるような錯覚があった。


「一〇件」


「……なにがです?」


「上崎くんが助けた子を含めて、この一週間で発生した臨死の件数だよ」


「は……?」


 白浜が唐突に掲げたその数字に、上崎はただただ目を丸くした。

 平時なら一年をかけて二件か三件。それがたったの一週間で三倍以上だ。何をどう考えても偶発的に発生しうる数字ではない。そして、滅多に狙われる恐れはないとしても、臨死の鎖は魔獣の現世渡航という非情に甚大な危険性を抱えている。

 それは紛れもなく、事件と呼ぶに差し支えない事案だった。


 ――そして。

 このタイミングでその話題を切り出した以上、次に続く言葉など分かり切っている。


「上崎くんと水凪さん。二人でこの臨死多発事件の原因調査に一枚噛んでみる気はないかな」


 一見すればただの提案にしか聞こえないであろう白浜の言葉に、しかし上崎は低い天井を仰ぎ見るようにして目を覆った。


「先生、人選が明らかにミスです」


 無駄と知りつつもの上崎の忠言に、しかし白浜は曖昧に笑うだけだった。その反応に自分の予感が正しかったのだと確信して、上崎は心底からため息を漏らした。

 上崎結城と水凪六花は、カテゴリー5:災厄/ディザスターを討伐した。その功績だけを見れば確かに世界有数の優秀な魔術師に見えるかもしれない。

 だが、実態は違う。

 その偉業自体がただの偶然と奇跡の寄せ集めでしかなく、六花はそもそも魔術師学校に入学したばかり、上崎に至っては才能が欠如しているあまり留年してしまっている始末なのだ。世間一般でどのように報道されているかは知らないが、少なくとも現時点ではその依頼に応えられるほどの実力はない。そんなことは白浜も担任である以上は理解しているはずだ。


「あの、私もさすがに先輩の言うとおり少し荷が重いと思いますけれど……」


「もちろん、いきなり原因となる魔獣を炙り出して討伐してね、なんていう話じゃないよ。あくまで原因の調査のお手伝い。まぁ実際の内容としては、上崎くんが助けた子のカウンセリングを兼ねてその周囲に異常がないかを確認するって形かな」


「前の吸血鬼事件みたいに、ですか」


 六花が納得したように独りごちる。

 学生が実地での経験値を詰むため、プロの魔術師の捜査や業務を手伝うことは多々ある。実際、かつて上崎たちも吸血鬼事件の捜査のため、世紀の歌姫でありプロの魔術師でも()()()北条愛歌(まなか)の手伝いとしてカテゴリー4を討ったくらいだ。


「似たようなものだね。あのときみたいなプロの手伝いっていうよりは、学校側へ捜査本部からほしい情報がリストアップされてくるから、私からの指示を受けて調査報告書を書いてもらう、みたいな形になるとは思うけど」


「それなら普通によくあるお話ですよね、先輩」


「そんなわけあるかよ……」


 楽天的にしか状況が見えていないアッシュブロンドの少女の言葉に、上崎は呆れ交じりに答える。


「おかしいところが二つはあるだろ。まず一つ。――その役目に俺たちを名指しする理由がどこにもない」


 あ、と六花が遅れて気づいたように間の抜けた声を漏らす。

 捜査協力は確かによくある。単位認定もされる立派な授業の一環だ。――しかし、だからこそその機会は平等に振り分けられなければならない。特定の学生に偏ってしまえば他の学生の機会を奪い、本人も学業そのものへ支障を来してしまうからだ。

 捜査への協力を依頼する学生をプロの魔術師側が指名するならば、それ相応の理由が必要になる。実際、上崎たちが吸血鬼事件として北条愛歌から要請を受けたときも、それなりに納得できる理由付けがあった。

 だがひるがえって、今の上崎たちには臨死多発事件への捜査へ協力するに足る理由がどこにもない。極端に言えば、上崎たちでない他の誰かが務めたって何も変わらないような内容だ。


「そんで二つ目。――なんでもう車に乗り込んだ状態でそんな話をするんですかね……」


 理由も何もかも察してしまった上崎には、もはや疑問符すらつかなかった。ただただ疲れたような息だけが漏れる。

 合意を得る前に臨死多発事件の捜査の一環で病院へ向かっているということは、もはや上崎たちが引き受けることまで既定路線だ。そこに拒否権などあろうはずがない。


「……そもそも先生はこういう、子供に大人の事情を押しつけるような真似は嫌いだったと記憶してたんですけど」


「好きでも嫌いでもやらなきゃいけないんだから、いっそ上崎くんへの仕返しとして楽しんでやろうと思って」


 黒い笑みを浮かべる白浜に、上崎は渋い顔で返すしかなかった。そもそも復讐とは教師としていかがなものかと思うのだが、先にやらかした上崎がそんな疑問を呈しようものなら、双方向からひんしゅくを買うのは目に見えている。利口な上崎は黙殺するばかりだった。


「あ、あの、結局はどういうことなんですか……?」


「偉い大人は俺をこれ以上留年させたくないから、少しでもレベルアップさせようとしてるって話だよ」


 上崎と六花はカテゴリー5を討伐してしまった。それはつまり、今後もその偉業を期待され続けるということだ。

 力量不足で中退などという道を選ばせてしまうことだけは避けなければならないと、こうして授業外の捜査協力などを利用し、是が非でも経験を積ませようとしているのだろう。


「上崎くんの言うとおりだね。――ただ私としては、理由はどうあれ上崎くんと水凪さんが多くを経験して立派な魔術師になってくれるのなら、それはいいことだからね」


 白浜のほほえみに上崎はすぐその意味を理解した。そして、やはり白浜は白浜であったのだと気づき、思わず笑みがこぼれた。


「……あぁ、なるほど。そういう理由なら、やっぱり白浜先生らしいですね」


 上崎の言葉に「でしょう?」と白浜はほほえみを向ける。

 自身がそう評価しているとおり、上崎は間違いなく落ちこぼれだ。中学時代はレーネと同じく特別育成プログラムに選抜されるほどの神童だったが、もはやその頃の才覚は見る影もない。

 だが、今となってはその自己評価に意味はなくなってしまった。世間はカテゴリー5を討伐した英雄としてしか上崎を見ないだろう。上崎の成績など知られていないだろうし、仮にリークされても学校の評価の枠に囚われない真の天才、などというもてはやされ方をしていたっておかしくない。


 ――そんな状態で。

 もしもまたカテゴリー5やそれに類する強大な魔獣が出現すれば、どうなるか。

 きっと上崎と六花のペアに期待のまなざしが向けられることは、どう足掻いても避けようがない。そうなれば実力に見合わない討伐を強要され、そのまま消滅の道を辿るだけだ。そんな未来は冗談でも何でもなく目の前にまで迫っている。


「仕返しだなんて言っておきながら、要するに俺たちを守るためだってことですか」


「なんのことかな」


「ツンデレはちょっと古いんじゃ――……」


「上崎くん。発言はよくよく気を付けるように」


 古いというワードに敏感なお年頃だったらしい。車の運転中と言うことが功を奏し、手が飛んでくることはなかったのは救いであった。

 とはいえ、こうして白浜が無理にでも、現在の上崎たちでも対応できるような業務を斡旋してくれていることには素直に感謝すべきだろう。直接的な魔獣による被害は観測されていない上に、あくまでも臨死者の少女から話を聞く捜査主体の事件。――あくまで経験を積むと言うだけなら、たしかに適した内容だろう。


「まぁ、やりますよ」


「あら素直。上崎くん、どうしたの?」


「ここまで色々と俺たちのために考えてお膳立てしてもらったのに、引き受けないわけにはいかないでしょう。今まで迷惑をかけたのにまだ気にかけてもらえるんだからなおさらです。――いちおう、その、先生のことは好きなんで。今さら優等生にはなれないですけど、せめて愛想は尽かされないようにしたいなと」


「……どうしよう。どれだけ謝られても一発は本気でぶん殴ろうと思ってたけど、こんなふうに言われちゃうと無条件で許したくなっちゃう……っ」


「先生、それは悪い男に騙されちゃう兆候なのでは……?」


 六花が心底から心配そうに声を漏らす。げふんげふんとわざとらしく咳払いしているが、受け持った生徒の言葉一つで若干頬を赤らめてしまっている教師に、たぶん男運は悪いんだろうなぁ、と上崎はぼんやりとそんなことを思った。


「い、いやそうは言っても、このお話を本当に任せられるかっていうと、実はまだ分からないんだけどね」


「……どういうことです?」


「まぁ上崎くんなら大丈夫だよ」


 白浜は上崎の問いに答えることなく、駐車場へ進入するためハンドルを大きく切る。そのまま流れるように発券機から出てきた駐車券を上崎に預けた横顔は、イタズラっぽく歪んだように見えた。


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