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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター
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第一章 桜舞うころ -3-


 ざわざわと教室中が喧騒に呑まれている。始業の鐘はとっくに鳴っているが、それを咎める者はいなかった。

 入学式から二日経った授業開始日である今日の午前中、新入生は上級生の授業の見学に時間が当てられていた。とくに教師の監視がつくようなこともなく、銘々が自由に歩き回って専門課程であるオルタアーツの扱いや風景を見て学ぶ。

 稀ではあるが授業内容によっては体験もさせてもらえるとのことで、どこをどう見て回ろうかと少し浮かれた様子で知り合ったばかりでもグループを作って、ほどよく揃った者たちから教室を出て行く。そんな中だった。


「――六花はどこ回るか決めた? まだなら一緒に回らない?」


 席に座っていた水凪六花へ、聞き馴染んだ声がかけられる。


佐奈(さな)ちゃん」


 すらっと背の高いショートヘアの女子。鋭い目つきは近寄りがたさがあるのか、中学時代も同級生から敬遠されがちだったのだが、そんな容姿に六花は密かに憧憬を抱いている。

 水凪六花が死んでこの天界にやって来たとき、初めてできた友人だ。

 同時期に天界(ここ)に来た同年代の同性、ということが重なって、以来三日と離れたときがないほどに近しい関係になっていた。


「まだ決めてないよー。でも、ゴメンね。もう回る相手は決めちゃってるから……」


「……へ?」


 そんな親友の六花に断られることが想定外だったのか、佐奈は間の抜けた声を上げる。少し罪悪感はあるものの、しかし六花は立ち上がり「じゃあね」と言って、とあるひとりぼっちの男子生徒の席へと駆け寄った。


     *


 天界と言っても、現世とさして変わりはない。

 オルタアーツという超常の力と、核を破壊されない限り魂は消滅しないということを除いてしまえば、物理法則だってそのまま適用されている。少なくとも日本においては、死したばかりの魂が混乱しないよう三権も現世と同じ形で運用されているくらいだ。

 故に天界にも義務教育は存在しているし、高等教育はその埒外にあるし、単位を落とせば留年してしまうのも現実と全く変わらない。


「死にたい」


「とっくに死んでますよ」


 留年の嘆きは聞き飽きたのか、上崎の落ち込んだ言葉も六花はさらっと水でも流すように返していた。


「先輩、そんな後ろ向きなこと言ってないで、前を見ましょうよ。ね?」


「お先真っ暗で何も見えないな……」


 そんなふうに切り返すと、もう、と六花は頬を膨らませた。子供っぽい仕草だが、それが似合うのもまた六花の魅力だろうと思う。


「いい加減に現実を受け入れて、早く見学に行きましょうよ」


「絶対嫌だ」


 こんな調子で六花と上崎は問答を繰り返していた。

 この時間に行われている授業見学の案内役としては、一つ年上の上崎は適任だろう。去年一度体験しているから、どの辺りで開かれている授業が為になるのか熟知している。――本人の意思さえ除けば、の話ではあるが。


「何が悲しくて、自分から元同級生たちに『今年も俺は一年生です』って喧伝して回らなきゃいけないんだよ」


「そういう後ろ向きなところ、先輩の悪いところですよ」


「いいから、お前は他の友達とさっさと回って来いよ。留年したアホとつるんでいたってメリットなんか何もないだろ」


「メリットはありますよ。――先輩の傍にいるだけで、私はとても幸せですから」


 不意打ちだった。

 予想外のタイミングで真正面から好意をぶつけられて、上崎は面食らってしまった。二の句が継げず、池の鯉みたいに口をパクパクさせるしかない。


「あれ、先輩照れてます?」


「……うるせ。あと先輩じゃねぇって言ってんだろ」


 ぐにーっとまた六花の頬を引っ張って上崎はごまかす。だが、イタズラされている側の六花の方が見透かしたように笑みを浮かべていた。あまり効果はなかったらしい。

 とは言え。

 教室での出来事だ。二人きりではないのだから、人目もある。


「ちょっと」


 ぴりっとトゲのある声が、上崎の背を叩いた。

 六花の頬を引っ張ったまま振り返った先に、ショートヘアの女子がいた。規律に厳しそうな、委員長然とした女子だ。稀有な美人ではあると思うのだが、その顔は隠しきれずに滲んだ憤怒によって台無しにされている。

 そんな顔を向けられるようなことをしたのだろうか、と上崎は自分の手を見下ろす。――それは、年下の少女の頬をつねっている状態であった。見ようによってはいじめている、と捉えられてもおかしくはないだろう。

 ぱっと手を放したのだが、もう遅い。


「あー、いや。これはだな」


 留年したという時点で過ごしづらい上崎は慌てて言い訳を考える――が、それより早くその女子が六花をひったくるように自分に抱き寄せた。


「六花に触っていいのはあたしだけなんだからね!」


「えぇ……」


 怒りの矛先が明後日の方向を向いていた。


「まぁいいよ。うん。もう二度と触らないから」


「そこはもう少し惜しみましょうよ! なんか悲しいです!」


 とばっちりで傷ついた様子の六花が涙目で訴えてくるが、上崎は気づかないふりをしてスルーした。そもそもこの委員長女子と六花を取り合うなど不毛も甚だしい。


「六花の知り合いなのか?」


「知り合いどころか佐奈ちゃんとは親友ですよ。私が死んだ年と佐奈ちゃんが死んだ年が同じで、天界での幼馴染というか、とにかく仲良しです」


 八十を超えた御大ならば別離より再会の方が多いかもしれないが、まだ若い上崎たちのような未成年の子どもにとって死とは別れそのものだ。

 それ故に、同じ時期に死んだ子供は仲間意識が強くなりがちになる。寂しさや不安を埋め合わせようとする、心の防衛本能みたいなものだろう。


「六花は大人しいから、その分あたしが守ってあげるの。――それで、噂のポンコツが六花に何の用なの?」


「……、」


「あんたが留年したのって、あれでしょ。魂の一部を武器にして戦うジェネレートで、()()()()()()()()()()欠陥があるから。身動きも取れなくなってただ地面に転がるだけだって聞いたわよ」


 佐奈の言葉を、上崎は黙って聞いていた。

 撤回させる気はなかった。それは紛れもなく事実だったから。

 上崎のオルタアーツは酷く歪だ。

 フィジカルエンチャントは人並みであるものの、ジェネレートは壊滅的。どうにか自分の身体を維持しようとすれば武器は生成されず不定形の棒状の何かが生まれる程度。少しでも気を抜けば引きずられるように全身が剣へと変化する。

 それは、まさしく上崎結城にかけられた呪いだった。

 だから彼女の言うことは何も間違っていない。自分が壊れていることなど百も承知だし、六花のように誉め称える方が間違っている。

 だから黙って受け入れている上崎に対して、それを撤回させようとしたのは六花だった。


「すみません! あとで、その、きちんと誤解を解いて謝りますから!」


「いや、別に俺は気にしてないんだけど……」


 そもそもそれらは事実だし、と上崎が付け加えるより先に六花は佐奈の手を引いて「ごめんなさい!」と謝罪を重ねて教室を出て行った。ぽつん、と上崎だけが取り残される。


「……寝るか」


 見学に行く必要もなくなった上崎は、がしがしと後頭部を掻きながら机に突っ伏すのだった。



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