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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#2 リバース・デスパレート

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第一章 臨死の鎖 -3-


「かーみさーきくーん?」


 始業の準備で慌ただしい、そんな職員室の一角だった。甘い呼びかけで譴責の念をどうにか包み隠した、そんな声音がひたひたと広がる。

 忙しなく教員の行き交う部屋の中でそこだけがぽっかりと穴の空いたみたいに誰一人として近づこうとしないのは、おそらく上崎の気のせいではないのだろう。怒りをどろどろになるまで炊いたものを三日寝かせてからさらに煮詰めたようなどす黒いオーラが、周囲にそう強いているのだ。

 その中心点こそ、上崎結城の眼前でその名を呼びかけた女性であった。


 いっそ幼さすらある小柄な身体で骨が軋むほど拳を固く握り締め、にっこり笑顔のままびきびきと物理的に浮き上がるほど青筋を立て、きらっきらの可愛らしいボイスで「何か言うことはないのかなー?」なんて言葉の裏に隠しきれない憎悪と憤怒の感情を滲ませていた。


 白浜優子(ゆうこ)。上崎や水凪の担任教師その人であった。


「あ、あははー……」


 名前を呼ばれた上崎結城は、そんな風に乾ききった笑みを浮かべるしかなかった。何故ここまでブチギレあらせられているかに明瞭な心当たりがある為、少しでも笑顔で場を和ませたかったのだが、白浜先生が握り込んだボールペンが砕け散ったのを見るに、上崎の画策など逆効果どころではなかったらしい。


「ねぇ。まさか笑ってごまかせると思ってるの? 懲戒免職を覚悟すれば今すぐボッコボコにしてやれるんだけど?」


「まだ先生には教わりたいことがあるのでご勘弁願えないでしょうか……っ」


 土下座をするにはスペースが足りないので直角に頭を下げてどうにか誠意を見せようと試みた上崎だったが、つむじに感じる白浜の怒りが減じる様子は微塵もない。


「事情聴取。一週間ぽっちで終わるわけがないよね? なにをエスケープしてゴールデンウィークを満喫してやがったのかな?」


「い、一応は一区切りという話だったと思うんですけれども……」


「実況検分後に追加で話を聞くことになるだろうから、いつでも連絡は取れるようにとも伝えたはずだけれど」


 白浜の言葉の重々しい残響に重ねるように、横から「……先輩」と後輩のただただ呆れる声がいやに耳に刺さった。

 もちろん上崎としても白浜のその言葉を忘れていたわけではない。――覚えた上で無視して引きこもったのだからなおのことたちが悪く、ただただ言い訳の余地が残っていないだけだ。


「電話は繋がらない。メールも見てないみたい。寮の部屋に行ってももぬけの殻。さぁどういうつもりだったのか弁明してみて? ちなみに、上崎くんが音信不通の間、休日返上サービス残業上等で各方面の応対と補填をさせられた『大人の責任者』は誰だったか、という点についてはよくよく考えて発言するように」


 今まで聞いたことのないほどドスの聞いた白浜の声音に、上崎は頭を垂れたまま、真冬に裸で放り出されたみたいに全身をガクガクと震わせる。僅かでも怒りを収めてもらうべく、爆弾処理じみた極限の緊張感の中で上崎は必死に当たり障りのない言い訳を模索していた。


「ど、どこから個人情報が流出したのか携帯電話は通話もメールもメッセージアプリも着信通知だけで電池が発火しそうな勢いでしたし、インターホンは鳴らされすぎて部屋にとてもいられなかったもので……」


「だからって携帯電話を水没させて、賃貸である寮のインターホンの配線をニッパーで切断した挙げ句、結局全部を放り出して友人の部屋に居候していい、とはならないよね?」


「おっしゃるとおりで……」


 もはやあらゆる行為全てが筒抜けだった。情報の出所は、おそらく一週間の逃避行の宿を提供してくれた親友だろう。彼も彼で上崎の知人だからというだけであれこれ迷惑を被っていたようだから、上崎が文句を言えるような立場でもない。マスコミに売らずに担任教師への密告だけで済ませてくれただけ御の字だ。


「上崎くん。確かにディザスター討伐で、あなたの周囲の環境は一時的に大きく変化してます。その変化に戸惑うこともあるでしょう。――それでも、あなたがまだ高校生でそれを目指す身であるとしても、あなたには魔術師としての振る舞いが求められまず」


「……はい」


「それなのに音信不通とかふざけたことしてると、留年どころか退学させちゃうぞ?」


「本格的に許してもらえませんか……」


 背筋が凍るような冷たい声の説教から一転して、アイドルじみた可愛らしい声音での死刑宣告の方がいっそ恐怖であった。魔術師の才能はもちろんのこと悪徳弁護士の才能もない上崎にはここから言い訳一つで逆転する算段などなく、プラス三〇度ほど深く頭を下げるくらいしか出来なかった。


「あの、それで、六花に俺を探させていたのはその説教のためでしょうか……?」


「個人的に言えばそれが一〇〇割の理由なんだけれど、ちゃんと別に用件があります」


 そう言って少しばかり怒気を緩めた白浜が、平蜘蛛のようなっている上崎の頭の上にぱさりと数枚の紙の束を載せた。

 おずおずと顔を上げながら上崎はその紙を手に取る。横から覗きこむような六花と共に、視線をその紙へと落とした。


「短期留学生二名の受け入れ……。これがどうかしたんですか?」


「ただの留学生なら普通の学校でも珍しくはないかもだけど、うちは魔術師育成のための学校だからね」


 言われて、確かにと上崎は気づかされる。

 魔術師に関する法律やシステムの細かな部分は、やはり国によって異なる。その辺りは警察のような職業と似ているだろうか。海外でも共通する部分は確かに存在するが、基本的にはあくまでも()()を魔獣から守るのが生業だ。他国で学ぶというような国際的な交流とは少し縁遠いものであることは間違いない。


「ただオルタアーツに関してまったく海外交流がないわけじゃないっていうことは、もちろん上崎くんも知ってるとは思うけど」


「まぁそうですね。――けど()()は専門課程就学前の裏技みたいなものですし」


 そんな上崎と白浜のやり取りに小首をかしげる六花であったが、詳しく説明すると話が逸れてしまう。彼女には後でと簡単にジェスチャーで伝えて、上崎は白浜の続きを待った。


「英国のウィンザー・カレッジって分かるかな。魔術師育成を専門にした高校と大学の一貫校、みたいなところなんだけど」


「ウ、ウィンザー・カレッジですか……っ?」


 そう驚嘆と共に聞き返したのは、上崎ではなく六花であった。


「知ってるのか?」


「知ってるも何も、とても有名ですよ。魔術師育成のための専門校でありながら、一流の紳士淑女を育てる、英国で最も歴史ある名門校でもあるって。――英国としては、やっぱり魔術師っていう名前には特別なものがあるんでしょうね」


 そんな六花の言葉に、上崎はなるほどと相づちを打つ。

 上崎からすれば魔術師は警察や自衛隊と同じ並びの職業で、その育成機関に大人しい印象などない。実際この東霞高校に通っている生徒も、紳士淑女というよりは肉体労働派の庶民ばかりだろう。

 だが、英国という土地柄ではそもそも魔術師に対する考え方自体が異なるとすれば、その話も変わってくる。魔術に縁の深い国であるからこそ、魔術師になるためには特別な人間でなければならない、という思想が根付くのは当然の理だ。そんな土壌であれば、魔術師育成の専門校が名門という名を冠することにも得心がいく。

 しかし、納得できるのはその高校が名門校であるという点だけだ。根本的な部分については何も分かっていない。


「そんな名門校が、こんな五月の半端な時期にわざわざうちへ留学、ですか?」


「そうね」


「……それで、どうしてわざわざ俺を呼び出して知らせようと?」


「お出迎え、よろしくね?」


 満面の笑みで言われて、上崎は「そういうことか……」と天を仰いだ。

 英国随一の名門校がわざわざ極東の専門学校に顔を見せる理由は、普通なら存在しない。――だが、現在の東霞高校には普通だったものを特別たらしめるだけのものがある。

 それが、上崎結城と水凪六花だ。


「俺たちがカテゴリー5を討伐したから、その視察みたいなものってことですよね」


「わ、わざわざウィンザー・カレッジの生徒が会いに来るんですか……!? さすが先輩ですね!」


「他人事みたいに言ってるけど、俺だけじゃなくてお前もだからな?」


「私からしたら上崎くんも十分に他人事みたいに見えるんだけどね……」


 白浜が疲れたようにため息を漏らすが、残念ながらそう見えるのではなく他人事にしか感じていないというのが実情だった。だからこそ事後処理を無視して出奔した訳だ。――とはいえ、流石に素直にそのまま吐露して、白浜の怒りを再燃させるほど愚かではないが。

 カテゴリー5:ディザスターの討伐は、まさに前人未到の偉業だ。それを鼻にかけないどころか実感さえ薄いのは、それが自身の功績だとは微塵も思っていないからだ。

 水凪六花がいなければ、彼女の手がなければ、上崎結城はそもそも戦えない。カテゴリー5はおろか有象無象のカテゴリー2にだって殺されているだろう。――そしてそれは、おそらくは六花も同様に思っていることだ。互いが互いのおかげだと考えている結果、どちらにも自覚がなく功績だけが宙に浮いていた。


「まぁ、俺たちの自覚の有無はともかく。その留学っていうのはいつから?」


「今日だよ」


「………………はい?」


「だから、今日だよ。ついでに言うとそろそろ着くはずだから校門まで迎えに行ってね」


 聞き間違いではないらしい。


「……えっと、急すぎませんか?」


 その言葉に、上崎は不用意に質問を投げ返してしまった。

 プツッ、と。

 何かが切れる音が聞こえた気がした。


「今の今まで音信不通だったのどこの誰だ!? 体罰なんて知らない、もう絶対一発ぶん殴ってやる!!」


「すみませんすぐ向かわせていただきます!」


 懲戒免職パンチなどという道連れ必殺技を発動させるわけにはいかない上崎は、謝罪の言葉を言うが早いか職員室を飛び出した。――誰も得しない上に双方向へそれぞれ違う意味で必殺なあたりが洒落にならないと、そんなことをぼんやりと思った。


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