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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター

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第三章 もう一度 -4-


 敵は魔神級の魔獣、まさしく前人未踏の討伐だ。

 まだ本調子でないからどうにか上崎でも立ち向かえたというだけ。そんな状態ですら、カテゴリー4とは比較にもならない力を秘めている。一撃で致命傷になる以上、受けて返すような普通の戦闘は絶対にしてはならない。


「……行きます」


 六花の言葉を掻き消すように、ディザスターの咆哮があった。

 上崎の魂そのものである漆黒の剣を握り締めて、水凪六花は一直線に飛び出した。

 敵は十メートルを超す化け物であるからこそ、懐にまで入り込んでしまえればそれをどうにか回避できると踏んだ。

 禍々しいほどの闇に包まれた竜の足元へ潜り込み、水凪六花は剣を振り上げる。


 だが。

 敗北した。


 素早く畳まれた腕から放たれた槍撃が六花の動きより遙か速く、彼女の身体を構えた上崎の剣ごと横から切り伏せていたのだ。

 衝撃があった。

 硬い何かが砕ける音と、果実を潰したみたいな音。

 遅れて暴風が周囲一帯を薙ぎ払う。

 華奢な少女の身体など容易く吹き飛ばされた。為す術なく瓦礫の山へと激突し、そのままずるずると血だまりと共に地面へと沈んでいく。

 上崎の刀身にもまた一筋、深いひびが入っている。割れた刀身の激痛は全身を遅い、まるで業火の海に身を投げたようだった。


 絶叫すらなかった。

 意識が繋がっているかどうかも、自分で判断がつかない。


『う、ごけ……っ。来る、ぞ……ッ!!』


 それでも、血反吐を吐くように上崎は叱咤を絞り出す。

 ディザスターは悠長に上崎たちが動けるようになるのを待ってはくれない。

 おびただしい鮮血を喉から無理やり吐き出して、六花は上崎を握って横へ跳ぶ。その直後、彼らが倒れていた場所を巨大な赤槍が貫いた。――一歩でも遅れていれば、今頃は六花も上崎もすり潰されていただろう。

 鋭利なコンクリート片の上をごろごろと転がって、それでもどうにか間合いを取り直す。あれだけの力の塊であるディザスターを相手にたった十五メートル程度の距離など、気休めになるかさえ分からなかったが。


「――っか、は……っ」


 もはや喘ぐことしかできなかった。

 ただの一撃でこの(ざま)だった。

 どこまでも絶望的な力の差があった。あるいは、隔絶しているとさえ言っていい。

 未だ学生、それも新入生と落第生の二人とは言え、フィジカルエンチャントとジェネレートそれぞれの単純な威力だけ抜き出せば、彼らはプロにも匹敵する。

 その二人が、ここまで手も足も出なかった。

 ディザスターの攻撃が必殺であることは理解していても、回避くらいはできると思っていた。せめて戦いにはなるかと思っていた。


 実際、水凪六花を救出する為に一人で対峙したときは、拙い上崎のオルタアーツでも対応ができた。だがひるがえって、今は六花のフィジカルエンチャントでさえ反応し切れなかった。

 わずかでも時間を経てしまったことで、確実にディザスターは調子を取り戻しつつある。

 目覚めたばかりの上崎一人で戦えていたときとは、もう次元が違う。


「……先輩。今ならまだ、引き返せます……。ディザスターが本領を発揮する前なら、私が囮になって――」


 六花はこぼすように弱音を吐いた。それはきっと、誰よりも上崎の身を案じているが故にだろう。実際、上崎の身体に走る痛みは本来なら耐えられるようなものでは決してない。そもそも耐えたところで勝機が見えるとも思えなかった。

 ――けれど。


『その作戦なら、絶対に却下だ……っ』


 否定する。

 拒絶する。

 これだけの劣勢で、それでも上崎は即断した。見えざる彼の眼光は、未だに滾るように強く輝いている。

 勝算があるわけではない。勝負になってすらいない。

 それを理解していてもなお、上崎は決して引かない。


『……俺は、一度、お前を見捨てた』


 それは懺悔にも似ていた。


『死ぬほど後悔した。頭とか胸とか、心がありそうな場所が全部、捻じれて潰れそうになった。今こうしてディザスターを前にしてる方が、よっぽどマシだったって思うくらいに。――だから、やり直す為に戻って来たんだ』


 きっと、六花だって上崎を軽蔑するだろう。

 あれほど否定した北条愛歌がやろうとしていた過去の改竄を、自分が辛いからというだけで簡単に手を伸ばしてしまったのだから。


『……お前が生き延びたのは、俺の臓器のおかげだったかもしれない』


「――ッ!」


『だけどそれは、俺の恩じゃないよ。そんなのはお前が勝手に助かっただけで、俺は何にもしていないんだよ。だから、あのとき自分を犠牲にしてでも俺を助けてくれたお前に、俺は絶対に報いなきゃいけないんだ』


「……先輩は、素直じゃないどころか意地悪です」


 六花の時間と上崎の時間で乖離がある。六花の経験と上崎の経験とにも相違がある。どうしたって、理解しがたい違和感があったはずだ。

 それでも六花はそれを呑み下して、そう言った。


「私が一生を懸けて返そうとした恩を、私の生きた意味を、そんなふうに否定するんですから」


『……あぁ』


「じゃあ」


 ゆらり、と、水凪六花は立ち上がる。

 ぼたぼたと血を流して、それでもなお、瞳には上崎と同じ色の雷光を迸らせて。



「私がもう一度、一生を懸けて返したいと、その為なら生きていけると、そう思えるように。――また私を救ってください。そして二人で帰りましょう。あのディザスターを倒して」



 何が変わったわけでもない。

 六花は片腕を失ったままで、全身を貫いた衝撃は彼女の皮膚をずたずたに引き裂いた。上崎の剣とて、取り返しのつかない段階の一歩手前まで深いひびが入っている。二人ともが既に満身創痍だ。

 それでも、その言葉は十分すぎるほどに十分だった。


『……一生とか生きていくとか、そもそも俺もお前も死んじゃった後だけどな』


「先輩は本当に意地悪です。そこはいま大事じゃないです」


 いつものように笑い合って、六花と上崎はもう一度絶望へと向き合った。


『行くぞ』


「はい」


 打てば響くような返事があった。

 気づけば目の前にディザスターがいた。その黄金の瞳は呑み込むように上崎たちを見下ろしている。

 真っ赤な槍撃が、空間すら両断するように振り降ろされる。

 六花の構えた漆黒の剣と真上から振り降ろされた槍が十字になるように激突した。

 先程は潰され、吹き飛ばされたその一撃を喰らうように、六花と上崎は真正面からその衝撃を全て受け止めてみせる。

 知性らしきものなど見当たらないディザスターの顔にも、驚愕のようなものがあった。


「まだです」


 そこで終わらない。六花はその僅かな弛緩を決して見逃さなかった。

 地面を蹴り、まるで仕返しでもするように肩からディザスターの右腕を断ち切った。ずん、と重い音を立てて、槍を握ったまま腕が落ちる。

 だが。

 噴き出した黒い血液が、蠢いた。

 それは骨のような形を作り、気づけばそれが肉となり、ほんの数秒で元の右腕の形を取り戻していた。


『高速再生にしたって限度があるだろ……っ。これじゃ終わりが見えない』


「核を潰せ、ってことなんでしょうね」


 汗が伝うのを感じながら、それでも二人はディザスターと対峙し続けた。

 腕を取り戻したディザスターはしばらく落ちた槍を見ていたが、拾い上げることはしなかった。今の攻防で、六花たちにこの槍は効果がないと考えたのだろう。

 もともと、あれは依り代となった北条のオルタアーツの名残だ。複雑な術式である時間操作などが使えない以上、この化け物の巨躯の力を生かすには役者不足も甚だしい。

 今までがお遊びだったとでも言うように。

 ディザスターはその鋭い歯の並ぶ口を開いた。

 咆哮はない。ただ、何かを高速回転させているような、そんな甲高い音があった。


「――先輩!!」


 とっさに気づいた六花が横へ跳ぼうとする。

 その口内の中心から、真紅の光が収束していくのが見えた。荷電粒子砲を己の体一つで放つ気なのだ。

 気づけば、音が消えていた。

 直径にして三メートル近い真紅の柱が全てを貫いていく。

 ただその紅の光が駆け抜ける寸前、上崎は叫んだ。


『どこでもいい、俺を当てろ!!』


 その指示を汲み取った六花が、回避しながら切先だけで削ぐように、その莫大な閃光の柱へと上崎の剣を突き立てた。

 上崎のジェネレートの能力の一つである吸収が発動する。回路が焼き切れるかと思うほどの奔流を、上崎は無理矢理に喰らっていく。

 だがそれでも全てを吸収し切れない。単純な接触面積が足りない上に、カテゴリー5の放つ一撃だ。半分かそれ以上も残ったエネルギーは、一瞬にして大地を抉り、そのまま後方の結界にまで激突した。

 世界が震えるような衝撃があった。それだけで、瓦礫と化したコンサートホールがさらに崩壊していく。

 それでも、どうにか編纂結界は持ち堪えた。僅かでも吸収量が足りていなければ、今頃無残に砕け散っていただろう。――そして、反動によって上崎の身体も同じように。

 赤熱し白煙を上げる地面を眺めながら、抱いた怯えをごまかすように、上崎は固く奥歯を噛み締めた。


『あんなのが連発されたら……っ』


「その前に仕留めます!!」


 無理やりの回避で体勢を崩したまま、それでも六花は地面を蹴った。

 即座に反応したディザスターが鋭い爪を振るうが、六花はそれを掻い潜って、ただ前へと突き進む。

 流麗な動きで、隻腕の少女は深紅の竜を切り裂き続けていった。

 それはまるで剣舞のようですらあった。


『引くなよ……っ』


 無茶苦茶を言っているのは分かっている。一切合切を彼女に押しつけておきながら何を偉そうにと、自分だって思う。

 だがそれでも、それはどうしても言わなければいけなかった。

 一歩、いや、たとえ半歩、あるいは心持ち一つであっても、ここで引いてしまえばその絶望に足を絡め取られる。

 止まった先に未来はない。

 引いた先にあるのは消滅だけだ。


「引きません……っ」


 がくがくと震える足で、疲労以外の理由でも噴き出し続ける汗を振りまきながら、それでも六花はそう宣言する。


「だってここで引いたら、先輩がまた無茶をするから……ッ」


 たったそれだけのちっぽけな理由。

 けれど、彼女にとってはそれが全てだった。彼女は恐怖と呼ぶことすらはばかられるほどの感情をねじ伏せて、眼前の絶望へと立ち向かってくれている。

 化け物が散らすおびただしい血飛沫の中で、アッシュブロンドの少女も漆黒の剣もただ己の命を燃やし尽くすようにきらめいている。

 もはや神業とさえ言っていい。オールインするように命を賭けに出す無策と無謀の寄せ集めでありながら、それでも初撃以外に有効打を浴びることなく、六花と上崎はディザスターを切り裂き続けている。


 ――なのに。

 ――だけど。


『冗談じゃねぇ……ッ』


 眼前の絶望に、上崎結城は心底から毒づく。

 六花がどれほど攻撃しようと、斬り裂くそばからディザスターの傷が閉じ、瞬く間に回復してしまう。

 そして何より、ディザスターに消耗は見えなかった。

 そもそもディザスターは三日三晩暴れ続けるだけのエネルギーを蓄えている状態だ。ただの人間の上崎たちに持久戦での勝ち目はない。


『悪い夢でも見てる気分だ……っ』


 蟻の身になって山一つを均せと言われているような感覚。何もかもが無駄なのだと、なんの傷も与えられない一太刀ごとに心は押し潰されそうになる。


「それでも、あのレーザーみたいなのは押しとどめられてます……っ」


『だといいんだけどな……っ』


 小さな虫のようであるからこそ、ディザスターの周囲で動き回ることで六花は狙いをつけさせまいとしている。故にディザスターは第二射を撃てずにいるだけだ。

 別の何かの手があれば、その時点で――……


『な、んだ……ッ!?』


 足下でちょろちょろと動き回る六花たちから視線を外し、ディザスターは天を仰ぐ。――その口内に、あの紅蓮に輝く光を溜めて。


『っ離れろ、六花――ッ』


 ディザスターの次の行動を察した上崎だが、もう遅い。

 真上へと放たれた深紅の柱はまるでスプリンクラーのように分かたれて、周囲一帯を薙ぎ払っていく。

 吸収などしている余裕はない。六花が自慢のフィジカルエンチャントで必死にその圏内から逃れようとしているだけで精一杯。身体のあちこちにその灼熱の光を掠め、肉を焼きながら、それでも距離を取るだけでもできるかどうか。


『くそ、ふざけやがって……っ』


 狙えないのなら狙わなければいい。ただそれだけの攻撃が、どうしようもないほどに六花たちを追い詰めていた。蛇口でも壊れたみたいに、深紅の光はいつまでも降り注ぎ続けている。威力が分散しているおかげかどうにか上崎の編纂結界は耐えられているが、それもいつまで保つか分からない。


 ――それでも。

 上崎結城も水凪六花も、もう弱音を吐いたりしなかった。

 致死の攻撃を紙一重で躱しながら、彼らはカテゴリー5を前にその命を刈り取る手段を模索し続けている。


『どう足掻いてもいい。俺を盾にしようがなんだろうが、とにかく今は耐えてくれ……っ』


「カウンター、ですね……っ」


 それが、上崎に唯一与えられた才能。

 あらゆる攻撃を吸収し、増幅し、解き放つ。それ故に、上崎の剣は理論上あらゆる魔獣を討伐できる。

 たとえそれが、カテゴリー5であろうとも。

 その全霊の一撃を飲み下すことさえできるのなら、あるいは――……


「――届く……」


 それはまるで、自らの薄弱な心を欺くように。


『――届く……』


 それはまるで、相棒への信頼を語るように。


「届く……っ!!」


 それが机上の空論であることなど、きっと当人たちが一番理解している。もはや無謀や蛮勇と呼ぶことさえはばかられるような次元であることは、眼前の絶望を前にすれば否が応でも突きつけられる。

 それでも彼らは、立ち止まったりはしなかった。

 怯えている時間すら惜しい。

 必要な行程はたった二つだけだ。

 ――カテゴリー5であるディザスターに全霊を出させ。

 ――それを真正面から喰らい尽くすこと。


「先輩ッ!!」


 快哉を叫ぶような、そんな六花の声。

 それは、一瞬の揺らぎ。

 まるで酸素を欲したかのように、荒れ狂う紅の光を放ち続けたディザスターがその放出に僅かな間隙を挟んでいた。

 もう迷いなどなかった。

 まるで地獄の淵を滑り降りるように六花がディザスターの背後へ駆け抜け、そのまま高く漆黒の剣を振りかざす。――その剣は、ディザスターの放った紅の熱線を飲み込んだままだ。

 六花の流れるような構えへ応えるように、上崎は増幅と性質反転に意識を集中させた。体内を蠢く暴風のような力が、刃先の一筋へと収束していく。

 振り返りざまのディザスターへ、六花は間合いの外で剣を振るう。

 吸収したエネルギーが、その一閃に乗せられる。ゴートヘッドとの戦いで見せたものよりも遥かに凄まじい、青く弧を描いた斬撃がディザスターの分厚い鱗を深く切り裂いた。真っ黒い血液が滝のように飛び散っていく。


「――グ、ァアァア!!」


 苦痛に耐えるように、ディザスターが雄叫びを上げる。もはや衝撃波じみたその叫声に、六花たちは思わず耳を抑えた。

 これで仕留められるとは思っていない。しかしそれでも、仮にもカテゴリー5に名を連ねるディザスター自身が放った一撃を増幅させて返したのだ。今の一撃は、かの化け物の中にも『死の恐怖』を刻みつけたはずだ。

 ディザスターの金の瞳に、憎悪や憤懣に似た輝きが宿る。その背にあった薄い翼が蠢動したかと思えば、烈風を巻き起こして化け物の身体が宙を舞っていた。


「……来ますよ」


『あぁ』


 上空から上崎たちを見下ろしながら、ディザスターはその砲門を開いた。

 喉奥に紅の粒子が収束していく。先程よりも鋭さを増した音が耳をつんざく。その粒子はさらに密度を増し、その口内に太陽のような輝きを生み出していく。

 迫り来るは、正真正銘、カテゴリー5の全霊だ。

 未だかつて誰にも討伐されたことのない災厄の化身を前に、上崎は静かに震えるのを感じた。

 それでも、そっと包まれるような六花のあたたかさに、上崎は小さく笑った。

 上崎結城は落ちこぼれだ。受けた呪縛は彼を人から剣へと変えてしまった。もう、たった一人じゃ何もできない。

 水凪六花も同じだ。上崎のような呪いとは違うが、彼女はジェネレートがからきしだ。個人では彼女はカテゴリー2を討伐できるかどうか。

 二人ともが半人前。どこかが欠けていて、何もかもが足りていない。それはどれだけ努力をしたって覆ることはないのだろう。才能は確かに存在していて、そして上崎たちにはそれが決定的に欠如している。

 だけど、二人いる。

 足りていないから補い合える。

 欠けているから埋め合わせられる。

 二人でいられるのなら、上崎と六花は誰よりも、何よりも強くあれる。


『……行くぞ、六花』


 そっと、触れることはできないと知りながら、それでも意識だけの身体で上崎は彼女の左側に立った。失くした左腕を補うように、自らの剣へと手を添える。


「はい。――証明しましょう。先輩がカテゴリー5も討伐できる、最高の魔術師だって」


 その言葉が、いつだって上崎を奮い立たせてくれた。

 その言葉が、いつだって上崎を英雄にしてくれた。

 だから。

 己の全てを懸けて、上崎結城は絶望へと臨む。


 ――合図はなかった。

 色も音も、何もかもを置き去りにした。

 きっと、一秒にも満たない時間の交差だった。

 全てが紅の閃光に呑み尽され、あらゆるものが蒸発していく。刹那の時間が、永遠にも思えるほどに長かった。

 その中央で、たった二人は抗っていた。


 血管が引き千切れる。

 神経が焼き切れる。

 意識が溶け落ちる。


 上崎のジェネレートも六花のフィジカルエンチャントも、その限界を超えている。そもそも掛け値なしのカテゴリー5の全霊を受け止め、吸収し切るなど土台無理な話だった。

 それでも。

 それでもなお、諦めない。


「あぁぁああああ――ッ!!」


 限界などとうに超えている。そんなものに意味はない。

 己の身体を、魂を、最後の一滴まで絞り尽くしてでも、眼前の絶望を喰らい尽くす。

 ただ一人。

 大切な少女との、大切な少年との、なんてことはない日常を守り抜く為に。


『――っぁぁぁあああああああ!!』


 地獄を切り裂く。

 全てを焼き尽くす業火すら呑み下し、少年と少女の眼光は、深紅の絶望を射貫く。

 上崎の体内を灼熱のエネルギーが駆け巡る。増幅を繰り返し、性質を反転し、カテゴリー5すら降す、神殺しを成し遂げる力へと昇華する。

 六花が返す刀で斬り上げる。

 扇のように、世界を照らすほどの蒼白の光が放たれた。

 結界の天地を繋ぎ止めるような一閃。

 それは頭上を舞うディザスターすら呑み込んだ。

 遅れたように衝撃波が辺りを蹂躙し、あらゆるものを吹き飛ばしていく。

 カテゴリー5の破壊すら凌駕する、圧倒的で、決定的で、致命的な一撃だった。今の上崎たちにこれを超える攻撃の手段は絶対にない。

 ――()()()


『嘘、だろ……ッ!!』


 上崎の瞳が、絶望に陰る。

 あれだけの一撃をもってしても、なお。

 ディザスターは、半身を失っただけで生き延びている。

 直前でディザスターは回避を選んだのだ。自分が絶対に優位に立っていると理解していながら、獣故にただ本能の赴くまま決して侮ることなく、死を回避した。

 翼を失い墜落するが、その表情は愉悦に歪んでいるようにも見えた。

 焼けただれた皮膚が蠢き、再生を始めようとしている。それと同時、大口を開けた彼の化け物は、更にあの粒子砲を放たんとエネルギーを収束させてもいた。


 対峙する上崎と六花のありさまは、ひどいものだ。

 漆黒の剣の刃は潰れ、鎬も鍔もドロドロに溶けている。水凪六花の身体も、無理なフィジカルエンチャントによって皮膚の至るところが裂け血を噴き出している。

 今さら、上崎にも六花にもそのエネルギーをもう一度吸収するような余力はない。今の一撃で完全に上崎の身体はオーバーヒートを起こしているし、六花の体力も底を衝いた。


 じわり、と。

 滲むように絶望が広がっていく。

 核を貫けば勝てる。それはたとえ魔神級の魔獣が相手でも覆らない。だと言うのに、そのたった一撃があまりに遠い。遠すぎる。

 かつん、と、垂れ下がった剣の切先が地面に触れる――……



「討ってよ……ッ。わたしの代わりに、ディザスターを――ッ!!」



 叫びがあった。

 その透き通るような声が、砕けたホールの中を響き渡っていく。

 虚を突かれたみたいに、上崎も六花も呆然とした。

 ただ。

 ディザスターが時間を止めたみたいに停止していた。――いや、身じろぎすらなく、収束した光もそこで完全に静止している。本当に、時間が止められているのだ。

 その声音を。

 その能力を。

 上崎たちが間違えるはずがない。


『北条、先輩……っ!?』


 それは、紛れもなく北条愛歌のそれだった。

 呑み込まれたはずだった。ディザスターの依り代となってしまった彼女は、既にあの化け物の中に取り込まれてしまったはずだった。もうとっくに、意識なんてないと思っていたのに。

 抗っていた。

 幾百、幾千年もの間募らせたディザスターへの憎悪は、当のディザスターですら吸収し切れずにいたのだろう。それがここに来て、牙を剥いた。


「お願い、だから……っ。諦めないでよ……っ。復讐なんかに囚われて、わたし自身がディザスターになるだなんて、こんなの、絶望なんて言葉じゃ足りないくらい……っ」


 涙をすするような声だった。

 絶対に諦められなかったものを捨てる、覚悟のような何かがあった。


「こんな姿に堕ちてその上で、君たちを殺すなんて絶対に嫌なの……っ。ディザスターにこれ以上何かを奪わせるわけには絶対にいかない!! だから、君たちが――ッ!!」


 その嘆願に、心が動いた。

 下を向いていた切先が、真っ直ぐにディザスターへと突きつけられる。

 びきり、と、まるで何かを割るように、ディザスターの身体が揺れる。停止した時間の殻を食い破るようですらあった。

 猶予は残されていなかった。

 ――だから。

 彼女の叫びに呼応するように、漆黒の剣が輝く。


『終わりにするぞ、ディザスター!!』


 涙を堪え、怯えを殺し、ただ前を向く。

 六花が地面を蹴り、十メートルも上にあるディザスターの頭蓋を貫かんと剣を引き絞る。

 弓のように胸を反らし、ただの一撃に全てを託して。

 同時、砕け散るような音と共に、ディザスターも動きを取り戻していた。北条愛歌の足止めも、そこが限度だったのだろう。


 真紅の閃光がきらめく。


 漆黒の闇が光を裂く。


 刹那、灼熱の熱線が走るよりも、わずか早く。

 常闇の色をした剣は、竜の頭蓋を貫いていた。

 鍔元まで深々と突き刺さっていた。

 静寂があった。


 そして。

 巨大な絶望の象徴は、ガラスのように粉々に砕け散る。

 蓄えた莫大なエネルギーの塊である真っ赤な閃光を、無作為に撒き散らすような形で。


PVも公開中!! ぜひ見てください!!

第1弾:https://youtu.be/Lx9zCXHU_Xc

第2弾:https://youtu.be/0sfEBScwpdk

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