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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター

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第三章 もう一度 -3-


 ばくん、と。

 鼓動の大きさに耳が鳴った。

 思わず顔をしかめる上崎の眼前にあったのは、青い壁だった。


「待てよ……っ」


 壁の向こうには、どす黒い血のような色をした竜がいた。

 その口の中で何かを弄ぶように咀嚼している。


「喰われた直後じゃねぇか……っ」


 失敗したと、上崎は結界に拳を叩きつける。

 編纂結界は同じ場所に同時に展開できない。上崎が過去へ記憶を送るにも、過去へ編纂結界を展開する必要がある。だから、北条愛歌の展開した結界の外に出たこの瞬間にしか記憶を送れなかったのかもしれない。

 完全に希望が潰えたかのように思えた。


 ――だが。

 上崎の目は死んではいなかった。

 まだ諦めてなどいない。

 上崎は知っている。

 本当の絶望は、こんなものではないと。


「もう二度と諦めねぇって、そう決めたんだ」


 痛む頭を殴るように抑えつけて、上崎は前を見つめた。

 結界の奥にいる竜――ディザスターと目が合う。

 初めて目にしたときのような恐怖はなかった。ただ代わりに、血液が沸騰したかと思うような衝動だけがあった。

 必死にその憎悪を抑えつけて、上崎は思考を加速させていく。

 そして、気づく。


「この編纂結界……」


 編纂結界は同時に同じ場所に展開できないという他にも、いくつかの性質がある。

 たとえば編纂結界が破壊された場合、内部の魔術師にダメージが発生する点。

 そして、もう一つ。

 編纂結界が破壊される条件は、編纂結界そのものへのダメージと、()()()()()()()()

 つまり、編纂結界が残っているということは。


「まだ、六花には意識がある……っ!?」


 元々は北条愛歌の結界だったが、上崎を外に出す為に六花が上書きしている。その結界がこうして残っているということは、彼女はまだ消えてなどいないということだ。

 あの災厄の中で、彼女はなおも抗っているのだ。


「……それが分かれば十分だ」


 キン、と氷を弾いたみたいな音がした。

 コンサートホールを覆っていた巨大な編纂結界を、さらに巨大な結界で上崎が上書きする。

 断絶していた空間に連続性が取り戻される。途端、ディザスターという存在そのものが持つおぞましいほどの圧力が上崎の全身を叩いた。

 一週間前、あるいは数秒前まで、上崎はそれに怖れを為して逃げ出した。

 だが、もうそんな無様は見せない。


「返してもらう。そいつは、俺の魂よりも大事な人だから」


 不出来なジェネレートで棒のようなものを生み出す。

 上崎のオルタアーツではそれが限界だ。担い手である水凪六花のいない今、上崎は全身を剣と化しても戦えない。

 人並み以下の、落第生の上崎結城だ。

 どう足掻いたって、たとえ天と地がひっくり返ったって、カテゴリー5になんて敵わない。一撃ですり潰されてそれでお終いだ。


 ――だが、それがどうした。

 一撃で終わってしまうのなら、その一撃すら与えなければいい。元より上崎に、撤退の二文字などないのだから。


 地面を蹴る。

 ディザスターの真正面へ、上崎は絶叫と共に突撃した。

 そこから先は、もはや戦いなどとは決して呼べなかった。ディザスターが振るう赤槍の一撃を死に物狂いで回避しながら、それでもなお貪欲に前へと突き進み、鋭利さなど微塵もない棒きれでディザスターを殴る。まるで子供の喧嘩だった。

 羽虫のような一撃を与える為だけに、死の暴風の中をくぐり抜けていく。

 ディザスターのただの一振りで巨大な建物が瓦礫の山と化す。余波だけでも編纂結界にヒビが入っていくようですらあった。


 額を抉られた。

 背を引き裂かれた。

 左腕の骨が折られた。

 それでもなお、ひたすらに前へ。

 格差などという次元ではなかった。がむしゃらに挑み続ける上崎に対し、ディザスターはただ一撃を振るうだけ。本来なら、その一撃で死んでいたっておかしくない。

 逃げようとすれば絡め取られる。防ごうとすれば砕かれる。

 だから、どれもしない。

 ただ、前へと。

 上崎は必死に手を伸ばす。

 一度手放してしまったものを、もう一度掴む為に。


「……俺の大切なものに手を出して、逃げ切れるなんて思うなよ」


 その瞳は最上位の魔獣のそれよりも獰猛であった。もはや狂気に歪んでいたと言ってもいい。

 元々カテゴリー5にただ一人で挑むということが既に馬鹿げている。まともな一撃を浴びずに済んでいるのは決して上崎の実力ではなく、ただディザスターが本調子ではないからだ。本来なら不要な何かを喰らうという行為に興味を示しているのも、それが原因なのかもしれない。

 これはただの偶然と奇跡の寄せ集めだ。

 いつまでも続くものではない。


 ――べぎり、と。

 何かが砕ける音を鼓膜の内側から聞いた。

 躱し切れず、どうしても防がなければいけなかったディザスターの一薙ぎを受けて、上崎の両腕がひしゃげていた。痛みなのか熱なのかも分からない感覚に覆い尽くされ、脳が焼けつくようですらあった。

 だがそれでエネルギーが止まるはずもなく、上崎の身体はそのまま、まるで砲弾のように上空へと弾き飛ばされた。


 けれど、上崎結城はなおも笑っていた。


「返してもらうぞ、ディザスター」


 上崎は編纂結界の壁に両足をついた。その衝撃は全身を貫き、足の感覚すら死に絶えた。だが、それでも上崎は壁を蹴って、どこまでも愚直に、一直線にディザスターへと立ち向かう。

 両腕も両足も潰れたが、そんなことは関係ない。

 上崎の全身は光に包まれ、そして一瞬にして漆黒の剣と化した。

 流星のような一閃があった。

 自身の突進をそのまま斬撃へと変え、上崎はディザスターの口から腹を切り裂いた。

 竹のように割られた傷から、どす黒い血液が噴き出す。


「――グ、ガァァアアアアアア!!」


 ディザスターが苦痛から雄叫びを上げる。

 一矢報いた。それすら偉業。

 だが、それで終わらない。

 その噴出した血液の中から、小さな影が飛び出した。

 運動エネルギーを使い果たし、ただ落ちていく漆黒の剣へ、その影が伸びる。


 手と手が触れる感触があった。

 あたたかかった。

 ずっと、ずっと、これを求めていた。


「――無茶し過ぎです、先輩」


 涙交じりの声があった。

 ずっと、ずっと、これを求めていた。

 舞い降りるように、一人の少女の姿があった。

 左腕は失われたまま。それでも、その顔は笑顔で満たされていた。

 アッシュブロンドの髪が風になびく。

 その小さな少女の姿に、上崎は誰よりも、狂おしいほどに恋焦がれた。


「――っ」


 だから、気づけば上崎はジェネレートを解いていた。満身創痍の身体で、それでも、ただ力一杯に六花を抱き締めていた。

 面食らった様子の六花だったが、彼女はただそれを受け入れて、ほほえんでくれていた。


「ごめんな……っ」


 ぼろぼろと涙が止まらなかった。子供みたいに泣きじゃくった。

 華奢な身体だった。触れれば砕け散ってしまいそうなくらい儚かった。信じられないくらい細くて、どうしようもなく柔らかくて。

 彼女のぬくもりを貪るように、力強く彼女を抱き締めたかった。

 もう決して、手放さぬように。


「――でも、まだ、ここで終わりじゃない……」


 上崎は背後に迫ったディザスターを一瞥する。――既に、上崎が捌いた腹は自然回復してしまっている。

 結局のところ、何も終わってはいないのだ。

 ディザスターから逃げるのなら、せめて二人のどちらかが囮にならなければいけない。そんな未来を上崎は認められないから、こうして無様を晒してでも戻って来た。


「……俺には、お前に謝らなきゃいけないことがたくさんある。何万回謝ったって許してもらえないって分かってる。――だけど、その前に」


 上崎は一度、水凪六花を見捨てた。我が身可愛さであの絶望に立ち向かうことを諦めた。彼のその弱さが、彼女を殺したのだ。

 六花に意味が通じないことなど百も承知だ。もうこの時間軸に上崎の罪はない以上、誰も上崎を裁けない。それでも、上崎が彼女を見捨てたことは決してなくしてはいけないことだ。上崎が噛みしめた絶望も自責も何もかも、なかったことにしてはいけないものだ。


 だけど。

 きちんと罪を清算するのなら、こんなところで消えるわけにはいかない。

 だから、為すべきことはただ一つ。


「俺と一緒に戦ってくれないか。あの最低な未来をぶち壊す為に」


「はい、先輩。――大丈夫です。先輩は、最高の魔術師ですから」


 逡巡などなかった。

 その絶対の信頼に、応えられるように。

 上崎は自らをただ一振りの剣と為して、絶望へと立ち向かった。



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