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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター

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第二章 絶望の災厄 -15-


 その異様な瞬間を、上崎は呆然と眺めるしかなかった。

 ただ、理解だけがあった。


 ――ディザスターの発生条件は謎に包まれていた。だから北条愛歌は対外的にはディザスターへの報復を考えようとはせず、その他のカテゴリー5に関わる魔獣の討伐を掲げていた。

 だが確証がないだけで、既にその原理のいくつかには見当がつけられてもいた。『ディザスターは姿を隠す間、人の中に寄生している』という仮説は有力なものの一つだ。

 そうして寄生することで宿主の中に湧き上がる感情をエネルギーへと変換し、また別の宿主へと寄生を繰り返し、閾値を超えるまでエネルギーを蓄えて、最終的にはその姿を顕現させるのだ。


 だから、総量さえ満たすのであればたった一人でも餌となる。

 姉を殺され生き残った北条愛歌の胸の中で、ただ彼女が繰り返し幾千もの年月を重ねて蓄えた憎悪を喰らい、肥え太ることさえ。

 こんなふうに、その現実が目の前に広がっている。


「嫌、だ……っ」


 そんな事実を、誰よりも災厄を呪い続けた彼女に受け止められるはずがなかった。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ!! 違う、こんなの違う! こんな、こんな化け物の餌になる為に、わたしはお姉ちゃんとの思い出を犠牲にしたわけじゃない!!」


 彼女は涙を振り撒いて叫ぶ。その顔は子供みたいにぐしゃぐしゃに崩れていた。

 だが、上崎はおろか六花さえ動くことができなかった。

 目の前で孵化しようとしている存在に気圧され、呼吸すら忘れた。


「やめ、てよ……っ」


 ぼろぼろと涙を零す北条の胸の上で、黒紅の腕が蠢く。

 食い破るように腕が伸びる。その下にあった彼女の身体を吸いこんでいるようにも見えた。


「たす、け――……」


 それ以上、声は続かなかった。

 ただ彼女の全身は既に、どす黒い紅の塊に呑みこまれた後だった。


『嘘、だろ……』


 絶望する上崎の眼前に、それはいた。

 十メートル級の巨躯があった。

 その体表を覆うのは、鎧のような光沢のある鱗だった。爬虫類のような外見に、背にはコウモリに似た翼がある。

 さながら竜のようだった。

 二本の足で割るように地面を踏み締めながら、黄金に輝く瞳で六花を見下ろしている。

 右手には錆のように赤く変色した巨大な槍。北条を取り込んだことで、彼女のオルタアーツすら体得したのかもしれない。

 カテゴリー5:災厄/ディザスター。

 世界で七体しか確認されていない、最上位・魔神級の魔獣。未だかつて誰一人として討伐を成し遂げることは叶わず、破壊の嵐が過ぎ去るまで指をくわえて待つ以外にない存在だ。

 それを目の当たりにするということは、すなわち消滅を意味する。


「――――――――ォォッ!!」


 産声のように、赤い竜が雄叫びを上げる。その爆発のような空気の振動に全身が痺れた。まるで希望が奪われていくかのように、六花たちから力が抜けていく。

 それが幸いした。

 ディザスターが手にした槍を粗雑に振るった。元の北条のものからリサイズされ自身の体格にすら匹敵するサイズの赤槍が、空気どころか空間すら叩き割るような速度で振り回された。

 力が抜け崩れ落ちそうになった六花の頭上を、その衝撃波が駆け抜ける。

 爆発があった。

 それだけで、コンサートホールの一角は瓦礫の山と化した。

 六花が膝を折った。

 上崎だって身体なんかないはずなのに、全身が震えるのを止められなかった。


『無理だ……』


 カテゴリー5すら討伐できる? 冗談だろう。

 ただの一声で希望が潰えた。

 ただの一撃で心が折れた。

 これだけの絶望を前に、上崎たちにできることなど何一つとしてない。自らが光の破片となって消えていく未来だけが明確に浮かぶ。


『勝てるわけないだろ……』


 目にしただけで分かる。今まで対峙したすべての魔獣が羽虫のようだった。これだけの規格外の化け物を前に人類ができることなどないのだと思い知らされる。

 上崎結城のオルタアーツは敵の力を吸収、増幅し、反射する。理論上はどれだけ敵が強大になったって屠ることができるはずだった。


 だがもはや、そんな次元ではない。

 上崎の能力が間に合わなければそもそもの一撃で身体が蒸発する。

 絶望の奔流の中で狂乱に呑み込まれなかっただけ僥倖だろう。それ以上を、彼らに求めることなど誰もできない。


 気づけば。

 彼らの眼前で、ディザスターは深紅の顎を開いていた。並んだナイフのように銀に輝く牙が、血を吸うのを待ち構えているようですらあった。


「――ッ」

 絶望に呑み込まれながら、それでも動きを取り戻した六花は冷静だった。

 まるで上崎を庇うように漆黒の剣だけを投げ捨てた。崩れた体勢の彼女を狙っていたその口はほとんど空振っていた。

 ただし。

 彼女の左腕を噛み千切るような形で。


「あ、ぁぁぁああああああああああ!?」


 絶叫があった。

 六花の肩口からばちゃばちゃと、信じられない量の血液が噴き出すように滴り落ちた。竜の顎の隙間から漏れた血液が滝のようにステージを濡らし、突き刺さった剣の足元まで流れ、赤く染め上げていく。

 ディザスターは捕食をしない。ただ災厄のように破壊を撒き散らす存在だ。

 だからこれは、あの化け物の気まぐれだ。手にした槍を振るってみてどんなものなのかを確かめたように『喰らう』という行為を知ろうとしているに過ぎない。

 血の味でも占めたのか、その化け物の顔が愉悦に歪んでいるように見えた。まるで、もっと寄こせと言っているかのように。


『くそったれが、ふざけんな、ふざけんじゃねぇよ!!』


 上崎を護ろうとしなければ、六花はあの場から逃げられたはずだ。

 全身をジェネレートした上崎の重量がなければ、彼女のフィジカルエンチャントで逃げ切れないことなど何もないはずだ。

 しかし、彼女はそれをしなかった。

 上崎をまず真っ先に逃がす為に行動し、それ故に逃げ遅れ、左腕を根元から失った。

 そんなことを、上崎が許容するわけにはいかなかった。

 なのに。


「先輩が無事で良かった」


 片腕を失っておきながら。

 その痛みは想像を絶するだろうに。

 彼女は笑みすら浮かべてそう言った。

 彼女の背後では、ディザスターが味を噛み締めるみたいに口を動かしている。じきに興味が六花に戻ることなど明白だった。


 なのに。

 六花はそこから動こうとさえしなかった。


『早く逃げろよ、六花!!』


「それは難しいですね……。ここで誰かがディザスターを引きつけない限り、全滅は目に見えています」


 冷静な声が返ってくる。それは慈愛に満ちてすらいた。


「私、ひどい女なんです。――この場の誰が死んだって、先輩にだけは生きてほしいって、そう願っちゃうんですから」


 何をしようとしているのか。

 それを察して、上崎は絶句した。


「逃げてください。先輩一人だけでいいんです。――ディザスターは、私が引きつけておきますから」


 彼女のフィジカルエンチャントは確かに優れている。だがこのまま武器もない状態の六花では、ディザスターになす術なく消される。そんなことなど分かり切っている。

 それだけは、上崎結城は認めることができなかった。

 彼にとって水凪六花がどういう存在なのか。それは未だに明確な言葉にできない。だがそれでも、彼女が消滅することなど絶対に認められない。

 それは自身の魂を引き換えにしても、だ。

 動けないジェネレートに執着などなかった。それを解き、彼女の元へ駆け寄ろうとする。――剣から人へと姿を変える刹那の時間さえもどかしかった。


「ふざけるなよ……っ」


 二本の足で上崎は地面を蹴った。血だまりが散って、彼の頬を濡らす。


「ふざけんな、そんなの許すかよ!!」


 必死に走り彼女へ手を伸ばす。

 無理やりに引きずってでも構わない。こんな絶望の中に彼女を置き去りにすることだけは、彼の何を引き換えにしてでも止めなければいけない。

 それが、彼女にも分かっているのだろう。

 誰よりも彼の理解者であった彼女だからこそ。


「ごめんなさい」


 泣きそうな声があった。

 上崎が必死に伸ばした指先が、突如現れた青いガラスのような壁にぶつかった。


「編纂結界……っ!?」


 編纂結界は同時に同じ空間には展開できない。故に、その体積が大きい方が常に優先される。

 このコンサートホールを覆っていた結界を水凪六花は上書きして、上崎を結界の外に追いやったのだ。


「なんでだよ……っ!!」


 堅い壁に阻まれた上崎の視線の先で、水凪六花はただ曖昧に笑っていた。

 その口元が、僅かに動く。

 何かを伝えようとしている。けれど断絶した空間の向こうからは、声一つ届かない。

 彼女の背後に迫った巨大な赤竜が、その顎を開いて待ち構えていた。


「やめ――……」


 叫びは届かなかった。

 深紅の顎に最愛の少女が呑み込まれた。

 意味が、分からない。

 目の前で起きている光景なのに、ひどく現実味がない。

 ただ世界から、彼女の姿が消失した。

 穴が。

 穴が、広がっていく

 心の中にあった大事なものが、こぼれるみたいに抜け落ちていく。


「あぁ……」


 色が薄れる。

 音が消えていく。


「あぁぁァァァアアアアアアアアああああああああああああああ――――!!」


 ただ自分の絶叫すら遠くへ。

 彼の心は、絶望を前に深く深く鎖された。


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