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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター
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第一章 桜舞うころ -1-


 桜の花びらが春風に乗って舞い上がる。

 校庭ではA0の紙を吊した防球フェンスの前で、真新しい制服に身を包んだ少年少女が談笑しているのが見える。実際にその目までが見える距離ではないが、きっとその瞳は期待と不安が入り混じって、けれどキラキラと輝いているのだろう。


 今日はここ、魔術師を育成する為の降魔大学付属第二高等学校、通称、東霞(とうか)高校の入学式だ。これだけ桜が咲き誇っていれば、さぞ素晴らしい門出になるに違いない。

 その様子を一人きりの教室の窓から見下ろしながら、上崎(かみさき)結城(ゆうき)はどこまでも沈んでいくような深いため息をついた。その目は校庭の彼らとは裏腹に、この世もあの世も呪うような絶望だけに満ちていた。


 彼が死に、この天界に来たのは七歳の頃だった。

 スキー場のリフトが崩落するという大事故に巻き込まれ、家族の中で彼だけが命を落とした。

 現世と天界の地形は完全にリンクしていて、死亡すればその魂は天界の同じ座標に出現する。そんな法則を知るよしもないが、真っ裸で雪山に放り出されるようにしてこの天界に来たとき、上崎は寒さとは関係ない震えが止まらなくて、そこで彼は、短い人生で初めて本物の『恐怖』というものを知ったのだ。

 しかしいま抱いているものも、それと負けず劣らずの不安だった。

 自嘲気味な笑みをこぼし、眩しさに耐えきれなくなって上崎は窓から視線を外した。窓を閉め切った教室の中では、春の温かさも感じることはできない。


「――先輩、こんなところにいたんですか」


 声がした。

 振り返れば、教室の入り口に一人の少女が立っていた。

 しわ一つない制服に身を包んだ小柄な少女。男子平均の上崎より頭一つ小さく、折れそうなくらい華奢な体つき。髪はアッシュブロンドのセミロングで、左耳にかける仕草ひとつでドキリとさせられる。――水凪(みなぎ)六花(りっか)。上崎のよく知る、新入生の一人だった。


「……なぁ、六花」


 何ですか、と六花が上品な笑いをもらす。深窓の令嬢なんて言葉が本当に似合うのは彼女くらいだろうと上崎は思うが、そんな褒め言葉よりも言わなければいけないことがある。


「お前、嫌味で言ってんじゃないだろうな?」


「なんのことです? 先輩の思い過ごしですよ」


「じゃあ先輩って言うのやめようか……っ!」


 そんな途方もなく空しい叫びが、二人きりの教室に木霊する。

 六花は上崎のことを『先輩』と呼ぶ。それは何も間違ってはいなかった。――()()()()()()()()()

 今日は入学式である。加えて言えば、在校生は本来登校すらしない。

 そこに『先輩』がいる理由は何か。


「留年くらい、気にしなくていいと思うんですけど」


「この上ないくらいの一大事だぞ、気にしないと思ったのか……っ?」


 思わず涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、上崎結城はうなだれる。

 そう、上崎結城は留年したのである。

 留年。

 落第。

 原級留置。

 リピートジイヤー。

 上崎の夢や目標を嘲笑うように、彼には魔術師としてあるべき才能が欠如していた。だからオルタアーツの授業で単位を取得することができず、こうして高校一年生をやり直す羽目になっているのだ。

 仮にも魔術師を目指している者としてその才を否定されている。落胆もするし、そう容易く立ち直れるものでもない。

 そんな上崎の気が少しでも紛れるようにか、六花は必死にフォローをしようとしていた。


「大丈夫ですよ、留年くらい人生でどうってことはありませんって」


「……ここ十年で留年したの俺しかいないけどな」


「だ、大丈夫ですって。学業の方は問題なかったんですから」


「……ここ学年制だから、専門課程で留年したって一般科目も一年生からやり直しだけど」


「だ、大丈夫、だと思いますよ。ほら、専門課程って言っても全部駄目だったわけじゃなくて、それこそ一部ですし、他の価値が先輩にはありますって」


「その一つの欠陥で何もかも全否定される程度って、俺の他の価値っていったい……?」


 気分も存在意義も、何かも地の底まで暴落していた。もはやフォローの言葉も思いつかないのか、六花の方は「えっと、その、あぅ……」と目を泳がせながら口ごもっている。


「だいたい、魔術師って現世にない仕事だから親しんでもらおうって、今じゃ中学生相手に毎週末体験講座を開いてるじゃん……。下手したら俺よりよっぽどオルタアーツ上手い奴が新入生にいるんだぞ……。たとえば目の前とかにな……」


 実際、こうして上崎の愚痴を聞かされている六花もその口で、彼女の身体強化のフィジカルエンチャントは学生レベルを超えている。まだ武器生成であるジェネレートに関しては新入生相応ではあるが、それにしたってすぐに留年生を追い越してしまうのは目に見えている。

 夢も希望もなく深いため息をつくばかりの上崎をなんとか励ませないかと首を捻る六花は、ふと何かを思い付いたように手を叩いた。


「そうです。私、先輩に用事があったんです」


「用事?」


「はい、とっても大事なお知らせを持ってきたんですよ」


 これで元気も出るはずだ、と満面の笑みを浮かべる六花に対し、しかし上崎は冷ややかな視線を向けた。


「……今の今まで忘れられてた時点で、そんな重要なお知らせではないような気がするけど」


「いいえ、重大事です。この世で一番大事と言っても過言ではありませんね」


 上崎の視線の温度は黙殺した六花は、そう言って指を立てる。


「クラス発表、見ましたか?」


「逆に聞くけど、新入生ばっかりの中にこんなよれた制服着て、学年カラーの入った上履きだけは真新しい、生々しいくらいのザ・留年生が飛び込んでいけると思ったか?」


 それができるのなら、そもそもこんなふうに教室で一人桜と新入生を見下ろしたりなどしていない。そんなこと分かっているだろうに彼女は素知らぬ顔でにこやかに続けた。


「先輩はなんと、私と一緒のクラスです。よかったですね」


「後輩と同じクラスっていう時点で何もよくはないんだよなぁ……。それに、同じクラスだっていうんならいい加減に先輩って呼ぶのやめろよ」

 上崎の言葉に、六花はきょとんと小首をかしげる。


「甚だ不本意で涙が出そうだけれど、俺とお前は同級生なんだよ」


「その言い草はひどいと思います。断固訂正を求めます」


「なのにお前が先輩って呼んでたらおかしいだろ」


 そう諭そうとするが、六花は一向にうなずかない。それどころか、その艶やかな髪を左右に振ってみせる。


「おかしくないですよ。私は先輩のことを尊敬していますから。――だって」


 そう言って、彼女は変わらない笑みと共に上崎の胸を指差した。

 あぁ、と何となく上崎は続く言葉を察した。

 出会って長いわけではない。進級できるかどうかというタイミングだったから、ほんのひと月かふた月ほど。よく慕ってくれているものだと自分でも思う。

 その短い間に、彼女が幾度となく繰り返した魔法の言葉だ。


「先輩は、カテゴリー5だって討伐できる最高の魔術師なんですから」



YoutubeにてPVを公開中!

ぜひ併せてご覧ください!!


https://youtu.be/Lx9zCXHU_Xc

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