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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター

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第二章 絶望の災厄 -7-


 四月にしては珍しい鉛色の空が、上崎結城の頭上に広がっていた。

 朝の清々しい空気とは裏腹に、どこか大気全体に重さのようなものが紛れていた。不快というほどではないが、陰鬱さを駆り立てられるようで好きにはなれない。

 そんな中に上崎はいた。

 地平線は遠く、街並みがよく見える。学校の屋上だ。

 そこには、フェンスにもたれるようにしてたたずむ少女が一人。その姿に、少し前の風景が重なって見える。


「――こんな場所に何の用かな?」


「北条先輩なら、ここにいるんじゃないかなって」


「それ見透かされちゃったら考え直さなきゃなー。ファンの子とかで騒がしくならないように登校時間早くして、ここで時間潰してたんだけど」


 そんなことを言いながら、北条はフェンスから背を離して上崎へと歩み寄った。


「ライブのチケットでもおねだりかな。でも残念、少し遅かったかな。関係者席含めて座席はいっぱいなんだ。ツアーだからこの近くじゃなくて他の地域ならいくらか残ってるけど」


「そうじゃないんです」


「それなら愛の告白? 嬉しいけれど、六花ちゃんが泣いちゃうんじゃない?」


「それも違います。――六花のことで、その、相談があって」


 上崎がわざわざこんな朝早くにこんな場所に来たのは、その為だ。

 六花のことをたずねるのなら佐奈や佑介でも、と思った。だが本人である自分が分からないのは、六花との距離故だと上崎は考えた。彼女たちはあまりに近すぎる。


「忌憚のない意見が欲しかったんです。――先輩から見て、六花は俺をどう見てますか?」


 声が上ずったような気がした。

 ただどうしても、上崎はそれを聞いておかなければいけないと思った。

 上崎は六花の言葉で救われた。だから彼女を心の底から信頼している。――では、そもそも六花はどうして上崎に期待を寄せてくれているのだろうか。

 まるで地雷原を歩かされているような気分だった。自分のどの行動が彼女の琴線に触れて、どの行動が逆鱗に触れるのか分からない。彼女の期待に応えたいと思うのに、その方法が上崎には想像もつかないのだ。

 今までは、それでも何となくごまかしてやってきた。出会って二ヶ月くらい、仲良く同級生として暮らす分にはそれで問題なかった。

 けれど、今は違う。


「カテゴリー5と俺は戦わなきゃいけないかもしれない。そのときになって六花の期待を裏切るような真似は、したくないんです」


「なるほど、ね」


 北条はうなずいて、顎に手を当てて何か思案していた。


「上崎くんは純粋だね。好きな子に好きになってもらえるように努力するタイプだ」


「別にそんなつもりじゃ……」


「違うの?」


 北条の試すような視線に、上崎は適当な上辺のごまかしは通用しないと悟った。だから、素直に答えた。


「……分からないです。俺にとって六花は恩人みたいなものですから」


「上崎くんのジェネレートだね」


 こくり、と上崎はうなずく。


「俺のジェネレートの持つ能力は五つあります。『吸収』『貯蔵』『増幅』『性質反転』そして『放出』。相手の攻撃を吸収して真逆の性質に反転させた上で跳ね返せば、理論上はどんな敵にも太刀打ちできる」


「……でもそれは、普通じゃないよね。一般的にジェネレートへ付加できる能力は一つか二つ。どれだけの熟練者でも、それは変わらないはず」


「そうです。だから俺の魂は、あの剣になるように調整を受けました。魂の一部なんかじゃとても足りない容量を補うために、全身を食い潰した。文字通りの改造人間ですね。俺の意思はなくて、ただカテゴリー5すら討伐できるようにと、そんな馬鹿な人間の妄信の果てに」


 あんな形のジェネレートしかできないように、上崎の魂は人の手で歪められてしまった。おかげで留年してしまうありさまだ。これから先、どれほど努力を重ねても上崎がまともな魔術師になることはないだろう。


「絶望したんです。魔術師への憧れはガラス細工だったみたいに、粉々に砕け散ってしまった。俺はもう二度と立ち上がれないって、そう思った。――なのに、六花はそんな俺に『カテゴリー5を討伐できる可能性を持っているなら、それは最高の魔術師です』なんて言ってくれた」


 その言葉にどれほど救われただろう。きっと北条の悲しみを誰も理解できないように、上崎のこの歓喜は誰にも共感されない。

 ただ、報いたいと思った。

 その言葉をただのお世辞や嘘にしてしまいたくなかった。

 だから、上崎は立ち上がった。

 ――彼女がどうしてそんなふうに上崎を慕ってくれるかなんて、棚上げにしてしまって。


「知らなきゃいけないと思ったんです。あいつがどうして、俺を慕ってくれるのか」


「……率直なことを言えばね。やっぱり芸能の世界を歩んできたわたしは色んな人に出会ってるし、それなりに感情の機微っていうものは分かるつもり。――だけど、六花ちゃんの想いは代弁してあげない」


 北条は息がかかるような距離まで近づいて、小突くみたいに上崎の額に指を立てる。


「そういうのは、本人の言葉で聞きなさい。――怖いとは思うよ。彼女の期待がてんで見当違いで、自分の中にないものを彼女がねだっているとしたら、もう今までのようには振る舞えないもんね。だから他人の言葉でお茶を濁したくなる。自分の都合が悪ければ、そんなの思い違いだって言えるもの」


「そんなつもりじゃ……」


「気づいてないだけだよ。君がわたしを指名したのは、そういう理由でしかない。他の友人の言葉なら、それは本人のものに近い重さを持ってしまうから。――まったく、本物のアイドルのわたしを当て馬にするなんていい度胸してる」


 取りつくろうように上崎が反論するより早く、北条はきゅっと彼の鼻を摘まんで引っ張った。思わず「んぐっ」と変な声が漏れる。


「ちゃんと自分で聞いた方がいい。君も死んだんだから知ってるでしょう? 別れっていうのは唐突なの。それはこの天界でも変わらない。聞きたいと思った言葉は、気づいたときにはもう二度と聞けなくなるかもしれないんだから」


 北条の言葉は、真に迫るものがあった。

 上崎だって知っている。彼だって、幼い頃にリフトの崩落に巻き込まれて命を落とした。別れの言葉の一つも言いたかった。欲を言えば、大人になるまで父や母の手で育ててほしかった。けれど、もうそんな当たり前の幸せすら願えない。――唐突に訪れた理不尽が、そういうものを根こそぎ奪っていった。

 きっと、そんな理不尽はいつだって鎌首をもたげて上崎たちを狙っている。


「言いたいことや聞きたいことがあるなら、後悔がないように。ね?」



     *


 上崎の背を見送ってから、北条は扉の陰の方へ視線を送る。


「……これでよかったのかな?」


 向こうからはスカートの裾を含めて何も見えていないはずだが、北条はそこに()()がいることを確信している様子だった。


「気づいてましたか」


 流石はプロ魔術師、と感嘆しながら水凪六花は姿を見せた。

 別に、上崎と北条の逢瀬を覗く気で来たわけではない。ただ昨日から上崎の様子に違和感を覚えていた彼女は、心配になって足を運んだだけだ。

 ――もしも北条が本当のことを伝えようとするなら、わざとらしく邪魔をする気であったことは確かだが。


「言わなくていいの?」


「言えませんよ」


 そう言って、六花は曖昧に笑う。


「だって、言ったら上崎先輩は『それは俺に関係ないことだよ』なんて言って、私を遠ざけちゃうに決まってますから」


 だから六花はお茶を濁し続けるしかない。

 この甘く穏やかな関係に、いつまでもいつまでもひたっていたかったから。


「助かりました、北条先輩」


「別に助けた気はないけどね。――それに、あなたたちを下手に刺激しない方がいいって分かってるから」


「……どういう意味です?」


「わたしから悪戯するだけでも嫉妬されちゃって、上崎くんが可愛そうってことだよ」


 北条はいつもの小悪魔のような笑みを浮かべひらひらと手を振って、「そ、そんなことは……」と顔を赤くしている六花の横を通り抜けた。


「じゃあ、また後でね」


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