第二章 絶望の災厄 -5-
「えぇ!? あのMaNAと一緒に捜査!?」
朝の教室に、佐奈の裏返った声が響く。慌てたように佐奈が口を塞いで辺りに愛想笑いを向けてその場をごまかしたが、彼女自身の驚愕は拭えていない。
上崎と六花は昨日の放課後、正式に一連の吸血鬼事件の捜査に加わることが決定した。元々その勝負をしていた佐奈には筋を通しておくか、と守秘義務のある部分を除いて説明したわけだが、予想外のリアクションの大きさに上崎も六花も驚かされていた。
「あ、あぁ。だからまぁ、そういうわけでこの前始まった勝負は流してくれないかって話だ」
「そんなの別にいいわよ。そもそも六花の上崎への評価が正しいかどうかを知りたかっただけで、それに関しては間違ってなかったって分かったし。――そんなことより」
ずいっと身を寄せて、佐奈は上崎たちにきらきらと期待のこもった目を向けた。
「これからしばらく、MaNAと一緒に行動するのよね?」
「まぁ、捜査の間は基本的にはそうなるだろうな。多少の別行動はあるだろうけど」
「一生のお願い! サイン貰ってきて!!」
パン、と拝むように両手を合わせて、佐奈は深く頭を下げる。
「……お前、ファンだったのか」
「当たり前でしょ、だってあのMaNAよ? あの年齢でライブの一日の動員数が軽く二万を超えるオバケ歌姫よ!? CD全部買ってるわよ! あの声の為に何万もするヘッドフォンとか揃えたんだから!!」
力説する佐奈に、六花たちは少し引き気味だった。それを察して、ごほん、なんてわざとらしく咳払いして佐奈は冷静さを取り戻していた。
「ちょっと熱くなりすぎたわね」
「ちょっと、ですか?」
「そこを追及してあげるなよ、六花。可哀そうだろ」
好きなもののこととなると人間誰しも熱く語りたくなりがちだが、周囲との温度差に気づくと途端に恥ずかしくなるものだ。佐奈も多分に漏れず、少し頬を赤くしていた。
「んん。でも、やっぱり羨ましいのは変わりないわね……。MaNAよ? 今週末からドームツアーが始まるってすごい盛り上がってるんだから。一般チケットなんて秒速で完売。CDとかファンクラブの先行抽選とかだって倍率がすごく高いって話だったし。――実際、あたしは取り損ねたし……」
「……よくそんな状況で捜査なんかできるな」
「逆じゃないですか? そんな状況だから、忙しくて私たちに依頼をした、みたいな」
なるほど、と上崎は呟く。ライブのリハーサルなどもあるだろうし、時間は限られてくる。二足のわらじを履くのも簡単ではないのだろう。
「……ねぇ、上崎」
「急に猫なで声出すなよ……」
「サインも当然欲しいんだけど、もっと欲しいものがあるのよね。――ところで、仕事の関係になったら、普通はこう、あるじゃない?」
上崎が今まで見たことないくらいの笑顔で、佐奈はねだるように手を差し出す。
「……何だ?」
「関係者席。そういうのもらってるでしょう?」
「ねぇよ……」
昨日の今日で関係者席に招待される方がどうかしている。そもそも、今月どころか今週末から始まるという時点で、もうその辺りの席も埋まっていそうなものだ。
「お願いだってば! 一生、一生のお願いだから! もらってないならもらってきてよ!!」
「お前さっきも使ってたけど、そもそも俺たち死んでるから一生のお願いなんて現世に置いてきただろ……」
「死後の手向けでもいいわ、この際!」
すがりつく佐奈をどうにか引き剝がそうとするが、思ったよりも力が強くて上手くいかない。思わず六花に視線で助けを求めた上崎だが、彼女は彼女でまだ拗ねているらしくつんとそっけない態度で返された。
「勘弁してくれ……」
そんな嘆きも、始業のチャイムに呑まれて消えた。




