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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#1 アンコール・ディザスター

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第二章 絶望の災厄 -3-


 春先の穏やかな風を受けて、秋原佐奈は短く息を吐く。

 佐奈をはじめクラスメートはほとんど全員、二時間目の専門課程――すなわち魔術の実習の授業のためにグラウンドに出ていた。

 今回は初回の実習ということで、まだ本格的にオルタアーツを使うことはない。その為、指定された服装は制服のままだ。

 そんな中で、彼女の視線はとある男子の制服の後ろ姿ばかりを追っていた。

 言わなければいけないことがある。

 正直なことを言えば、心の底から「こんなことしたくない」と思ってはいるのだが、だからと言って放置していいわけではない。それでは筋が通らない。


「――……よし」


 小さく拳を握り、彼女は密かに決意を固めた。


     *


 一時間目の去年も聞いた内容の座学を乗り越えて、上崎は運動場にいた。二時間目からは、本来なら入学後初めての専門課程の実習だ。


「……忘れてた」


 周囲はガヤガヤとしているものの、それぞれ二人か三人のグループを形成している。――専門課程の指導教諭である白浜の指示どおりに。

 去年まではこの手のペアはずっと佑介と組んでいたから失念していた。留年してしまった上崎にとって、この手のイベントはひたすらに過酷だ。何せ、友人と呼べる者などいやしないのだから。

 こういうとき、頼んでもいないのに六花が勝手に声をかけてくるのが常なのだが、今回の彼女は吸血鬼に襲われた検査のために欠席している。

 八方塞がりとなった上崎が、腹をくくって白浜先生とペアを作ろうと足を向けた、そのときだった。


「ちょっと」


 聞き覚えのある声に背を打たれ、上崎は振り返る。

 そこにいたのはショートヘアの委員長然とした女子――秋原佐奈だ。


「どうせペアいないんでしょ。あたしが相手してあげる」


「お、おう……?」


 どういう風の吹き回しだろう、と首をかしげる上崎をよそに、佐奈は隣に立って先生からの次の指示を待っていた。

 ややあって、全員がペアやグループを作り終えたことを確認して、白浜が拡声器もなしによく通る声で指示を出す。


「今回の授業は事前に言っていたとおり、編纂結界を張るという基礎中の基礎です。しかし、ここを疎かにする人は魔術師に一人もいません。華々しいジェネレートのようなオルタアーツではないですが、気を引き締めてください」


 それから白浜は詳しい編纂結界の定義や意義などを説明していくが、授業の復習の色が強い上、上崎は去年に一度やった内容だ。ほとんど聞き流しながら、あくびを噛み殺していた。


 そもそも、今さら言われるまでもなく上崎は編纂結界の重要性を理解している。

 オルタアーツはその結界内でしか発動できない為、魔獣との戦闘ではそれを張って場を整えることが最低ラインとなる。内外は可視光以外のほとんどが隔絶される上、幽体化し物質的な干渉のできない魔獣の出入りさえ許さない。そのため魔獣を一時的に閉じ込めることにも使用される。――だが、当然それだけではない。

 魂を操作するオルタアーツの使用中に編纂結界が破壊されると、急激に元に戻ろうとする反動でダメージが発生する。そして核にすら改変を加える上崎のジェネレートでは、そのダメージですら致命傷になり得るのだ。

 そこらの生徒よりもよほどその危険性を理解しているからこそ、そんな講義を受ける必要もない程度には上崎の編纂結界は熟達している。


「では、今回からしばらくの講義は編纂結界を張り、私のオルタアーツをその結界で耐えきること。課題達成は一週間以内。各自練習し、挑戦したくなったら私に声をかけてください」


 そう言って引っ込もうとする白浜へ、上崎は真っ先に駆け寄った。


「あら早い」


「もうさっさと終わらせておきたいだけです」


 そう言って、上崎は白浜を囲むように編纂結界を展開する。

 生み出されたのは薄い青みがかった、一辺五メートルのほとんど完璧な正六面体の結界だ。

 編纂結界を展開するには、起動装具(スターター)という特殊なアクセサリーを身につけた状態で『展開』と口に出すだけだ。そうすれば直前に焦点を結んだ八カ所を頂点にした立体の結界が発生する。


 だがそんな単純なものにも当然、力量のバロメーターというのはある。

 まずは文言の省略。次に結ぶ焦点の省略だ。習熟すれば無言のまま、起点となる一箇所を見つめるだけで残りの頂点は脳内に浮かべた正確な座標の中で完結できる。

 そしてそれ以上に術者の力の差が如実に表れるのが、形成する結界の形状だ。歪であればあるほどダメージが偏り、結界を破壊されるリスクが高まるからだ。

 いまの上崎の結界は、いずれも一年生の域どころか並のプロのレベルさえ逸脱している。対峙している白浜でさえここまでの結界の展開はできないはずだ。


「相変わらず綺麗だねぇ」


 そう感嘆の声を漏らす白浜の手には、いつの間にか大鎌が握られていた。それが彼女のオルタアーツであることに疑いの余地はない。――まるで死神のようだ。

 それをくるくると振り回す白浜の周囲を火炎が取り巻く。

 これが白浜のオルタアーツなのだろう。北条愛歌がテレビの向こうで光を操っていたように、彼女は自身のエネルギーを火炎へと変換して使役するタイプなのかもしれない。


「……編纂結界へのダメージって、例年はフィジカルエンチャントでの掌打ですよね?」


 どうせ意味のない確認だと思っているから、上崎は剣にならないで済む棒状の雑なジェネレートを展開しつつ問いかける。


「上崎くんには特別だぞ?」


 それに対してにっこり笑顔で答える白浜は、既に大鎌を振りかぶっていた。


 ――あぁ、そう言えば昨日から事後処理で大変だったって言っていたし、残業のストレス発散ってまだ足りなかったかぁ。


 と半ば逃避的な思考が過ぎる上崎の真横で、白浜はその大鎌(ジェネレート)を振り下ろす。

 鼓膜を破るような激しい音があった。分厚い鋼板に弾丸と同じ速度で砲丸を打ちつけるみたいな、そんな衝撃波じみた音だ。

 だがそれだけの威力を受けても、上崎の編纂結界にはヒビ一つ入りはしなかった。


「……つまんない」


「全力で壊す気で来ないでくださいよ……」


 武具生成(ジェネレート)どころか身体強化フィジカルエンチャントまでかけての攻撃だ。あんなものを受けて編纂結界を維持できる学生などいないだろう。そもそも魔術師にとっては編纂結界へ攻撃させないようにする立ち回りも求められるべきであり、基本は単純な硬度を突き詰めたりはしない。――上崎のような特殊なジェネレート持ちでもない限り。

 ふっと結界を解いて、試験をパスした上崎はストレスの残る白浜の前からさっさと退散した。

 編纂結界の内外は隔絶されるため、あれだけの音も結界の外には聞こえていない。傍からはサクッと試験を攻略したように見えたのか、調子に乗った生徒がちらほらと白浜の毒牙にかかるとも知らずに列を成し始めていた。

 ストレス発散のお手伝いは彼らに任せることにして、ご愁傷様とだけ呟いて上崎は佐奈の元へと戻っていく。


「悪いな、先に済ませて。とりあえず終わったからあとはお前の練習に付き合うけど」


 そう簡単に謝る上崎だが、彼女はその言葉を聞いてはいなかった。「……やるって決めたし」と何やらぼそぼそと言って、佐奈の方からさらに上崎へと詰め寄った。


「……どした?」


 たずねる上崎に答えず、彼女は一度深く息を吸う。

 そして、秋原佐奈は深く頭を下げた。きっちりと、精いっぱいの誠意を込めるみたいに。顔を上げても、真っ直ぐに彼女は上崎の目を見ていた。


「ゴメンなさい。あたしはずっと上崎を貶してたけど、あれは取り消すわ」


「き、急にどうした? 悪いものでも食ったか?」


「昨日の魔獣の騒動。悲鳴が聞こえたとき、あたしは頭が真っ白になった。それはほんの数秒の時間だろうけれど、あたしが事態を把握した頃には、もうあんたはお兄ちゃんに指示を出していた。少なくともあたしにはあんたを馬鹿にする資格はないって思い知ったの」


 悪い子ではないのだろう、というのは前から分かっていた。上崎からすれば佑介の妹という時点でそこまで性格がかけ離れるものでないと思っていたし、何より、水凪六花の親友だ。

 けれど、そんな間接的な評価はもう要らないだろう。こうしてきちんと面と向かって自分の非を認められる人間だ。その真っ直ぐな心根は、上崎にはまぶしすぎるほどだ。


「……水に流す、って言うと偉そうかな。まぁその、何だ。俺は始めから気にしてなかったよ。だから謝られる筋合いはないんだけど、その言葉は受け取っとく」


「そうしてくれると助かる。――その、昨日の戦闘。避難誘導しようと思ってあたしは間近で見てたから。上崎が剣になるのも、それで六花が魔獣を両断してみせたのも。六花の評価も嘘じゃなかったんだなって、そう思ったわ」


「お、おぅ……」


「ただし!」


 くわっ、と。

 素直な謝罪の気恥ずかしさを塗り潰すみたいに、佐奈は大きな声を出した。


「六花が怪我したのは許してないから! それとこれとは話が別だから!」


「…………それはまぁ、俺も同感だな」


 びしっと指を突きつけられながらも、上崎は小さく呟いた。

 六花が吸血鬼に噛まれていたのは間違いなく上崎の責任だ。言い逃れする気もないし、それをなかったことにする気もない。

 上崎自身が一番、上崎結城に憤っている。

 出来損ないの不出来な魂でありながら、それを慕い憧れてくれる彼女一人護れない。それが昨日の顛末だ。もし吸血鬼の目的が呪いの付与でなく核の捕食であったなら、昨日の時点で六花が消えていてもおかしくない。

 だから、上崎は償うと決めた。――方法なんて一つだけだ。


「まぁとりあえず、許すとか関係なく六花には今度お見舞いくらいはしとくよ。――で、お前はそろそろ編纂結界の練習をした方がいいんじゃないか?」


 そう言って上崎は後ろを指さした。

 そこではさっそく白浜に試験を挑んだ生徒の姿があった。歪な編纂結界でも内部の声は隔絶されていて聞こえないが、白浜は随分嬉しそうだ。

 フィジカルエンチャントで威力を底上げしきった掌打が、一片の容赦もなく叩き込まれる。

 同時、ガラスが砕け散るような音と共に編纂結界が破られ、棒状のジェネレートを行っていた生徒は気づけばその場でのたうち回っていた。


「…………………………なに、あれ」


「あれが試験の光景だよ。編纂結界を破壊されたことによるダメージだ。白浜先生は掌打と同時にオルタアーツを解いてるからノーダメージだけど」


「男子高校生が人目もはばからず数十秒のたうち回るレベルなの!?」


 驚愕する佐奈に、上崎も苦笑いで返すしかなかった。ただ、あの程度のジェネレートであれば魔獣の戦闘と比べれば大した痛みではない。せいぜい、タンスの角に小指をぶつけたような痛みが全身を襲うくらいか。


「まぁあの試験の目的は編纂結界をきちんと張るっていうより、結界を破壊される恐怖を知るっていうのがメインだからな。――頑張れよ」


 そう言って上崎は無責任に佐奈の肩を叩く。

 そんな佐奈の視線の先では、落第生の上崎が下手にクリア例を出してしまったことで、高をくくった同級生たちが次々撃破されていっている。

 死屍累々、その地獄絵図を見ながら、佐奈は小さく呟いた。


「…………コツとかって、ある?」



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