第二章 絶望の災厄 -2-
朝の予鈴を耳にしながら、上崎だけは先に生徒指導室を後にした。――六花は詳しい検査をするために、午前中は病院巡りで授業には欠席だ。
ずっと正座していて固まった筋肉をほぐすように、上崎はぐっと伸びをする。ぱきぱきと関節が小気味よく鳴った。
「――はぁ。長い説教だったねー」
ぞくり、と。
耳元、それも息を感じるような近さでそんな声が聞こえてきて、思わず上崎は跳びすさって、はばかることもなく「うひゃあ!?」なんて頓狂な声を上げてしまった。
そんな上崎の様子を見て腹を抱えて笑う人がいた。雑誌を切り取って来たような嘘みたいな美貌の少女が、長い栗色の髪を揺らしながら目元に浮かんだ涙を拭っている。
「ほ、北条先輩。何してるんですか……?」
「いやぁ、ちょっとからかうつもりだったんだけど、なかなかいい顔くれるから……。実は昨日の活躍を聞いてさ。カテゴリー3、固有名はゴートヘッドに決定したところだね。あれの討伐、お疲れさまでした」
「そんなわざわざ……。というか、耳が早いですね」
「女の子は噂が好き――っていうのは半分冗談で、本当は昨日、応援要請を受けて駆けつけようとしていたプロ魔術師はわたしなんだよね」
それで上崎も納得した。わざわざ比喩ではない学園のアイドルが上崎個人を尋ねてくる理由が分からずに困惑していたのだが、自分に代わって討伐した上崎に一声かけるくらいはあっても不思議ではない。
「まぁ、わたしが着いたときにはあの女の子がゴートヘッドを両断した瞬間だったから、魔術師として不甲斐なさは感じているんだけれど」
「俺と六花が勝手に先走った結果ですよ。倒せたからよかったものの、どう考えても早計でした。それでさっきまで説教されてましたし」
「そうだね。でも怒られるだけでなくて、誉められるべきでもあるとは思うよ。少なくとも、無傷であのサイズのカテゴリー3を討伐できるのなら、実力だけならプロ級だと思う」
「吸血鬼に知らない間にやられてたんで、全然無傷じゃないんです。それに、そういうのは六花に言ってやってくださいよ。俺は何にもしてません」
「嘘ばっかり」
くすりと小さく笑って、北条愛歌は背を翻す。
「あの子、六花ちゃんだっけ? 六花ちゃんが振るっていたあの黒い剣。あれは彼女のジェネレートじゃないよね。――全身を武器にしてしまう欠陥を抱えて進級できなかった生徒がいるっていう噂、本当だったみたい」
「放っておいてください……」
上級生にまで噂が広まっているのかと思うと泣きそうだった。その様子を見てか、少し慌てたように北条は手を横に振った。
「面白そうだし、もっと君たちと仲良くなりたいな。――また会おうね」
そう言って、北条愛歌はひらひらと手を振ってそのまま廊下の奥へと去っていく。
「……なんか、色々あって疲れたな」
気づけば上崎結城は一人ぽつんとたたずんでいた。
魔獣の討伐など一介の学生の上崎にはほとんど経験がない。当日は平静だったように見えても興奮していたし、さらに六花の件もあった。それに続いて明けた今朝は説教での開幕だ。朝とは思えないほどの疲労感に襲われるのも道理だ。
このまま屋上で日向ぼっこでもできればなぁ、なんて思考が過る中、上崎は鳴り響いたチャイムに背を叩かれ、慌てて教室へ走り出したのだった。