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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート
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第四章 よすが -10-


「結城くんたちが素直で助かりました」


 深紅の剣を手にした京香は、どこか嘲るような笑みを浮かべていた。


「この術式は確かにグレイスローヴのものでしたが。――それを発動しているのが彼だ、なんて私は言っていませんよ?」


 淡々とした彼女の言葉に、上崎も六花も、何も言えない。

 ただ自らの失敗を呪う言葉だけが、二人の脳内で反芻され続ける。


「彼の術式は不完全でしたから。いくら二十万人からエネルギーを集めたところでカテゴリー5の一撃を再現するには遠く及ばない。――ですから、私が組んだ術式と合わせることで()()()()()()()()()()()()


 京香の持つオルタアーツの術式は、『解析』と『形質変化』だ。――だが、厳密にはそれだけではない。

 上崎結城を変質させた五つの能力もまた、彼女によって生み出されたものであるのなら――


『増幅か……っ』


「正解です」


 上崎に植え付けた術式と、グレイスローヴの氷城祭壇を組み合わせ完成形となった術式。それを魔獣自身ではなく、自身のオルタアーツで発動できる形に組み替えたというのだ。

 あり得ない、なんて逃避に意味はない。

 頭上に輝く七つの星が、その証左に他ならないのだから。


「さぁ、終わりにしましょう」


 天空に戴く七つの光が激しく瞬く。

 それはただの光ではない。

 二十万人から吸い上げたエネルギーを、幾重にも増幅させることで生じた超高密度の結晶。

 その膨大な熱量に破壊できないものなど存在しない。


「名付けるなら、そうですね。『七つの矢』と言ったところでしょうか」


 深紅の剣の切っ先が、妖しく光る。

 そんな軽薄な所作一つで、であった。

 その光に導かれるように()()()()()()()()


『――ッ!?』


 着弾までの時間などない。その光の矢は、撃ち放たれたその瞬間に、既に破壊をまき散らしていた。

 ――けれど僅かに、逸れていた。

 上崎たちの横をその閃光の矢が駆け抜け、建物も植物も見境なく消した。熱せられて瞬間的に膨張した空気は、ほとんど爆弾のように炸裂し、六花の身体を容易く吹き飛ばす。


「おや。少し軌道の調整にミスをしてしまいましたね」


「……っ」


 どうにか体勢を立て直した彼女は、そのまま靴底をすり減らしながらどうにか堪える。――だが、その余波だけでもこの有り様だ。まともに受ければ、致命傷などでは済まない。身体の細胞一片でも残れば奇跡だろう。


「先輩、街が――っ」


 もうもうと立ちこめる煙の向こうには、さっきまであった建造物の影など一つ残らず消し去られていた。ただその常軌を逸したエネルギーに消し飛ばされ、抉り取られた地面は赤熱と共にガラス化して不気味な輝きを見せるだけ。

 これが、あと六つ。


『駄目だ、このままじゃ保たない……ッ』


 これ以上は撃たせるわけにいかない。たった一度でこの有り様だ。カテゴリー5の襲撃と同様、この場所が地図から消失する。


「安心してください。――次は当てますから」


 そんな無慈悲な言葉と同時、深紅の剣は輝きを返す。

 着弾。

 六花の眼前、上崎の刃に触れた。

 ――それを操る水凪さんは蒸発するでしょうけれど。

 そんな京香の言葉が脳裏に過る。


『――ァ、あぁぁあああ!!』


 絶叫と共に、上崎は己の内側で能力を最大効率で回し続けた。脳の回路が焼き切れるような錯覚を覚えながら、それでも、上崎は身体を内側から焼く痛みなど無視して抗い続ける。

 直撃を防ぐだけでは六花の身体は蒸発する。ならば、その余波すら吸い尽くすしかない。

 策も何もない、そんなものを用意する時間すらないのだから、今はただ己の全てを使い潰すだけだ。

 荒れ狂う暴風が刃先を中心に純白の光線を飲み込み続ける。その背後に僅かな残滓すら取りこぼすことなく、上崎の剣はその必滅の一撃を食らい尽くす。


 やがて、無限にも思える時間の後、真っ白な光が途切れる。――二発目の矢のその全てが、上崎の剣の中に取り込まれた。


「――っ、すごい、すごいですよ、結城くん!」


 その光景に、京香は狂喜する。

 この結果は彼女にとっても望外のものだったのだろう。――だが、それでもこんな真似が出来たのは、ただの蛮勇でしかない。

 たった一撃で、もう既に上崎結城という一つの回路は焼き切れる寸前までに酷使された。――あと五度も耐えられるわけがない。


「では、これはどうですか」


 歓喜と共に京香は三射目を撃ち放つ。


『――っ躱すんだ、六花……っ』


 もう街への被害など二の次だ。いまこの場で上崎が吸収できる限界はとうに飽和している。それを理解しているから、六花もまた苦悶の表情を浮かべながら、地面を蹴ってその閃光の照準から離れるしかなかった。

 照射された柱のような光のレーザーは、瞬く間に街の一角を抉り取る。いったい何百平方メートルもの地面が消失したのかも分からない。目測を立てたくとも、指標となるあらゆる建造物が蒸発して消えた。残っているのは、もはや赤熱した大地だけ。

 だがそれでも、わずかに時間を稼ぐことは出来た。


「――ら、ぁあ……っ!」


 ざりざりと回避のために駆け抜けた足に急制動をかけながら、彼女はその漆黒の剣を天へと向かって振り抜いた。

 直後、上崎の中で四つの工程を完了した神殺しの一撃が解き放たれる。

 その刃と同じ漆黒の、三日月形の斬撃そのものが空を裂き星を穿つ。

 どぅ、と鈍い音が響くと同時、装填されていた四つ目と五つ目の星が対消滅を起こし、その爆発によって鉛の雲に穴を開ける。

 回避せざるを得なかった三発目の爆心地は今なお赫々と熱せられ、地盤まで抉られたのかどこからともなく地響きが続いている。

 残りは二発。――だが、おそらくあと一発でも受け流せばこの街が保たない。これ以上の地盤が消失すれば、ジェンガでも崩すみたいにこの一帯が崩壊しかねない。

 だから。


「来ます!」


 次いで放たれる六発目に、上崎は舌打ちと共に立ち向かう。未だ上崎の回路は焼き付きを起こしたまま、回復を図る余蘊もなく、それでもなおそうせざるを得ない。

 荒れ狂う光の奔流に、あらゆるものが溶け落ちていく。もはや『吸収』が発動できているかさえ確信がない。

 視界は明滅し、音は遠ざかっていく。

 それでもなお上崎は抗い続ける。


『――ぁぁ、ああああ!』


 絶叫と共に、その流星を貪り喰らう。

 その最後の一片までを飲み下す。


「終わりです……っ」


 続けざまに放たれた七つめ――最後の矢。

 漆黒の三日月が白い落星へと衝突する。

 色も音も消し飛ぶ、すさまじい衝撃が轟く。


 ――けれど。

 既にその勝敗は決まっていた。


 あらゆる攻撃を吸収し、蓄え、増幅し、その性質を反転して解き放つ。その五つの工程を以て、上崎の剣は神殺しを成す魔剣へと昇華する。

 七つの矢など関係ない。


 それがカテゴリー5の攻撃を再現した同じ威力の攻撃であるのなら、それを喰らい解き放たれた上崎の一撃は、必ずその星を凌駕する。


 漆黒の斬撃は、純白の星を打ち砕き、空へと昇る。


 ――それは間違いなく勝利の瞬間で。

 刹那。

 その漆黒の月を打ち砕く、()()()の矢があった。


『――ッ!?』


 上崎の顔が驚愕に染まる。

 数え間違えたか。あるいは、どれか一つが偽装された偽物だったか。可能性をいくら考えたところで意味はない。

 それは致命の一矢だった。

 もはや上崎にはどうすることもできない。六花は剣を振り抜いた体勢のままで、上崎の回路だってとうに焼き切れている。

 目の前に迫った星は、ただ一撃で全てを飲み込み――……


「――ぁ、あああ!」


 覆すような絶叫があった。

 同時、六花は返す刀で無理矢理に、身体のあちこちをねじ切るように歪めながら、それでも上崎の剣をその矢に押し当てていた。

 それは、苦し紛れの足掻きなんかではない。


『……そう、だ』


 彼女の言葉が上崎の脳裏に過る。


 ――だって先輩は――……


 とうに砕けた上崎の心をつなぎ止めてくれたその言葉に、上崎は打ち震えた。



 ――カテゴリー5さえ討伐できる最高の魔術師なんですから。



 だから。

 だから。

 だから――っ。


『諦めてなんか、いられるかよ……ッ!!』


 焼き切れた回路をそのまま熱で溶かして繋ぎ直すように、上崎はその刃に激突した膨大な熱量を飲み下す。


 その言葉を真実にするのだと、上崎自身が誓ったのだ。

 いまは下を向く暇なんてない。

 彼女が憧れてくれる最高の魔術師は、ここにいる。


『――っぁぁ、あああああああああ!!』


 何度目かも分からない絶叫が喉を引き裂く。

 骨が軋む。

 肉が裂ける。

 血管が千切れ、神経が焼き切れる。


「――っらぁ、あああああ!!」


 吹き出る血は一瞬で蒸発し、肌も肉も焼けていく。眼球さえ一瞬で乾き潰れそうになる中で、六花もまたその力の奔流に抗っていた。

 もうどこにも力なんて残っていない。荒れ狂う膨大な熱量はとうの昔に上崎の限界を突破している。意識を保つことすらままならない。


 だけど。

 それでも。


 上崎も六花も、決してその膝を折りはしない。

 たった二人。それも互いのオルタアーツは欠けた、半人前の二人だ。普通ならカテゴリー3の相手だってままならない。

 それでも、二人でいられるなら。

 上崎と六花はきっと誰よりも、何よりも、強くあれる。


 ――そして。

 その永遠にも思える時間の中で、莫大なエネルギーを飲み下し、ついに全ての星が消滅する。


「さすが、先輩です……っ」


 その賞賛は少しだけ涙に滲んでいた。

 荒れ狂うエネルギーが身体の内を駆け巡る。

 上崎を神殺したらしめる能力のほとんどが、焼き付き機能していない。――しかし、今はそれでも十分だ。

 喰らい尽くしたそのエネルギーを、増幅も反転も介さず、ただそのままに解き放つ。

 撃ち放たれた三日月は、全てを引き裂き京香へと迫る。


「――ッ!?」


 京香が驚愕に顔を歪め、その深紅の剣で受け止めようと構え――


 そして、その剣は砕け散る。


 カテゴリー5の一撃だ。人一人の魂を全て食い潰してようやっと立ち向かう資格が得られるような威力を前に、ただ一部を変換しただけの並のオルタアーツで対処できるはずもない。

 漆黒の三日月は上崎たちの狙い通りに軌道を逸れ、京香の剣を破壊したところで上空へと登り雲間に消えていった。


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