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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート
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第四章 よすが -6-


 撥ねた血が頬を濡らす。

 どろりとまとわりつくような人肌の温かさに、心底不快そうに立里京香は眉根を寄せてため息をつく。


「まぁ学生としては優秀でしたね」


 深紅の剣をだらりと下げ、彼女は侮蔑を込めて倒れ伏した少年を見下ろした。

 瓦礫の山があった。

 その頂で力尽きた少年は、もはや無事なところを探す方が困難なありさまだ。肉は裂け骨は折れ、血に塗れた身体は辛うじて息をしているだけ。

 それでも。

 なおも、右手に握りしめたハルバートを手放そうとはしなかった。


「……手心を加えた覚えはないんですけれど」


「うる、せぇよ……っ」


 かすれた声で、しかし笑みすら浮かべて秋原佑介は言う。ひゅーひゅー、と呼吸に笛のような音が混じっているような有り様だというのに、まるで勝ち誇っているかのように。


「……あなたが時間を稼ごうとしているのは分かります。事実、それは確かに有効ですよ。彼がこの場から逃げ保護されると少々面倒ですから」


 その表情に、京香はまた嘆息を漏らす。


「ですがもういいでしょう。そろそろ退場してください」


 キメラと人狼のカテゴリー3二体は、無傷のまま京香の傍らに侍っている。時折うなりを上げながら、すぐにでも捕食できそうなほど近くの餌に、だらだらとよだれをこぼしていた。

 だと、言うのに、

 佑介はなおも、笑みを浮かべていた。


「……まだ、何か策があるとでも?」


「策……? あぁ、本当に何も分かっちゃいねぇんだな……っ」


 血を吐きながら、しかし、佑介は耐えきれないとでも言うように吹き出して笑う。


「俺が時間を稼ごうとしてたのは、あんたの言うとおり本当だ……。だけど別に、それは結城を逃がすためじゃねぇよ……」


「……おかしなことを言いますね。では何のために時間を稼ぐ、と? まさか痛めつけられすぎて、私の言葉を忘れたわけではないですよね」


 周囲に大量発生した魔獣の対処に追われ、魔術師が駆けつけられる状況にはない。応援が来ない以上、ここで彼が時間を稼ぐ意味などない。

 しかし、彼の笑みは消えない。

 その瞳に宿る、希望の色さえ。


「あんたこそ、おかしなこと言ってんなよ……っ。――応援なんか要るかよ。もうとっくに、ここにいるだろうが」


 もはや白の槍斧を持ち上げる力もなく、代わりに、佑介は左手の中指を立てた。


「俺の親友を甘く見んなよ、ばーか」


 その言葉に、京香は露骨に眉をひそめた。


「俺の親友、ですか」


 ぞっと凍えるような声があった。

 傍に侍らせた魔獣を下がらせ、深紅の剣を掲げ前へと踏み出す。


「一度目は許しましたが、二度目はありませんよ。――あれはクイーンへの献上品です。間違っても、俺の、だなんて言わないように」


 血のように紅い刀身が光を返す。

 それを見上げながら、なおも、佑介の笑みは変わらない。

 その表情を断つべく、彼女は容赦なくその剣を振り下ろし――……



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「――ッ!?」


 壁越しに京香の顔が驚愕に染まる。だがもはや声も何も聞こえない。

 それを見ながら、佑介は安堵と共に後ろを見やる。


「遅ぇよ……。遅刻した分、奢らせんぞ」


 そんな佑介の言葉に、その視線の先に立つ少年はただ笑っていた。


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