第四章 よすが -3-
崩れたセレモニーホールの端で、秋原佑介は白いハルバードを構えて眼前の女――立里京香へ牙を剥くように睨み付ける。
しかし、そんな視線を浴びてもなお、京香は飄々とした笑みを浮かべるばかりだ。
「おや。誰かと思えば結城くんのお友達ですよね」
「……惚けたこと言ってんなよ」
「いえいえ、惚けたつもりはありませんよ。けれど物騒ですね。セレモニーホールごと壊すだなんて。被害があったらどうするんですか?」
「とっくに避難させてるよ。――結界の外にまでいた魔獣。あれもあんたの仕業か」
「……おや。少し見くびっていましたね。まさか一人であれを討伐しましたか」
カテゴリー2とはいえ結構な数だったはずなんですが、と、京香は感嘆の拍手を送る。それに、佑介はいっそう声を荒げる。
「ほとんど面識ないから、昼休みに抜けて花を手向けるだけでも、なんて来てみればこの有様だ。この会場にいたのは、あんたの施設の子供たちなんだろ。それをなんで……ッ」
「もう用はありませんから」
何を言っているのだろう、と、心底から理解できていないような顔で、彼女はきょとんと首を傾げている。
「結城くんにはオルタアーツの才能がありますから、彼の魂を使うことは決めていましたが、試作もせずに彼に何かあっては困りますからね。手近なところの魂を、試しに使わせてもらっていただけです」
だから、彼女はあっさりと魔獣に食わせようとした。証拠を隠滅しようとしてすらいない。下手に残して予期せぬことが起きるくらいなら、と、そんな気軽さで、家族同然の相手を消し去ろうとしていたのだ。
「……あんた、狂ってるよ」
「そうでしょうか」
結界に阻まれ、佑介は京香と上崎の会話のほとんどを聞いていない。それでも、いま目の前に立つ女がどれほど異常であるかくらいは理解できた。
「でももう無駄だ。――どのみち、応援の魔術師がじきに駆けつけてくる。あんたが何を企んでいても終わりだよ」
「来ませんよ」
ばっさりと。
彼女はいっそ断言すらした。
「私の戦力がここにいる魔獣で全てだと思いましたか? ――既に街のあちこちで魔獣が発生しているはずですよ」
「な――ッ!?」
突きつけられた事実に、佑介はポーカーフェイスすら忘れて目を剥いた。
「なにせ私も元魔術師ですから、この周囲の魔術師の数や配備はある程度頭に入っています。どこにどれほどの魔獣が出現すれば、通報を受けた魔術師がどう出動するのか。その程度の予測は容易に出来ます。――どれほど早く見積もっても、ここにはあと三〇分は魔術師の一人も駆けつけられませんよ」
あなたのようにたまたま傍にいるというのは想定外でしたが、と言いながら、彼女は深紅の剣の切っ先を佑介へと向ける。
「……っ」
その輝きに、佑介は身動きを封じられた。まるで銃口を突きつけられたかのように、ぴくりとも動けなくなる。
佑介の迂闊な挙動一つでも、引き金を引くような気軽さでその喉笛を掻き切ってしまう。そんな光景が目に浮かんだ。
「結城くんを連れ去られてしまいましたが、早いうちに取り戻させてもらいますね」
「させると、思うか」
「強がるのはやめた方がいいですよ。私が外に配備した魔獣を一人で討伐したのでは、無傷とはいかないでしょう? 隠しているつもりかもしれませんが、左足と腰を庇っているのが見え見えです」
「……、」
図星を突かれ、佑介はもはや取り繕うことすら諦めた。ずきずきと痛む足と腰は、あらゆる攻撃の起点だ。そこを負傷している以上、京香の言うとおり、相手になるとは思えない。
けれど。
それでも。
「関係あるかよ」
そう吐き捨てて、佑介は身体の痛みなど無視して、白いハルバートを高く掲げるように構え直した。
「あんたが結城にとってどんな存在なのかは知らない。――だけどな」
言って。
佑介は彼女との間合いを一息に詰め、そのハルバードを振り下ろした。京香の深紅の剣に受け止められながらも、夥しい火花が互いの間に迸る。
それでもなお押し潰さんと佑介は吠える。
「俺の親友をあんなにボロボロに追い込んだんだ。このままあんたの思いどおりになんかさせてたまるかよ……ッ!!」