第三章 嘘 -3-
――銀色の装飾品がずらりと立ち並んだ、こじんまりとした店だった。
高価なアクセサーショップであれば心躍ったかもしれないが、どちらかと言えばプチプライスの数百円均一の店が近い。あるいは、客層から言えば文房具店といった風情か。――どちらにせよあまり色気のない店であった。
「ここが起動装具の専門店、ですか……っ」
しかし、東霞高校に入学予定の六花にとってはそれなりに刺激のある店だったのか、目をキラキラと輝かせている。お詫びの印としては及第点をいただけそうだと、上崎は内心でほっと胸をなで下ろす。
「こんな近くの繁華街にお店があったんですね」
「というか、専門学校の傍くらいしか出店したって客入りがないからじゃないかな」
そう言いながら、上崎は店内を見渡す。
基本的に起動装具の役目は編纂結界を展開することのみで、さほど性能差はない。どちらかと言えば、自身の戦闘スタイルの中で邪魔にならない形状、あるいは戦闘中に破壊されるリスクが最も低いものを選ぶものだ。
そんな店の中で、六花はどこか申し訳なさそうに辺りを見渡しながら、上崎に耳打ちするように告白する。
「……あの、連れてきてもらえたのは嬉しいんですけれど、実はもう入学準備で起動装具は買ってますよ……?」
まだサイズを直してはいないんですが、と付け加える彼女に、上崎はとくに気にする様子もなく言う。
「あぁ、それ学校が斡旋してるリングのやつだろ。――せっかくフィジカルエンチャントが得意なんだし、ほとんどゼロレンジをメインにするんじゃないの? だったら、指につけるリングで結界張るのはやめた方がいいよ」
剣や槍を握るにしても、拳は間違いなく相手と最も近づく部位だ。編纂結界を破壊されることが魔術師にとって非常に危険を伴う以上、その選択肢は避けられるのであれば避けるのが無難だ。実際、よく分からずその起動装具を購入する新入生は少なくないが、半年もしないうちに買い直すこともしばしばだ。
「弓とか銃みたいな遠距離武装を選択するなら別だけど、そもそも結界なんてそんな大サイズで展開することがほぼないし、遠距離戦闘自体が少数派も良いところだしな。利き手の反対の手に付ける人も多いけど、俺としては胸元とか顔周りとかにある方が無難だと思う」
そう言いながら、上崎は辺りの棚を適当に見て回る。――流石にお詫びの品といった手前、彼女にもいくつか提案しないと格好がつかない。
「……ちなみに好みのデザインとかある?」
「先輩が選んでくださったものなら何でも」
「…………京香さんが『献立で悩んでいるときに何でもと答える人にはおかず抜きにします』ってキレてた理由がよく分かるなぁ」
途方に暮れた上崎は、うーんと唸りながら目についたものを見ていく。
性能差はあまりないと言いつつも、それなりにブランドごとに特徴はある。コンマゼロ以下の秒数で結界の展開速度を競うものもあれば、結界の起点と術者の感覚との誤差をいかに減らすかに重きを置いたものも。
普段から身につけるものでもあるため、装飾品としての色合いも強い。上崎のようなシンプルなシルバーアクセサリーのようなものだけでなく、宝石のちりばめられた華美なものも並んでいる。――さすがにそちらは予算オーバーで上崎からは手が出ないが。
どういったものがいいかと考えあぐねている中で、ふと、一つのアイテムが目に留まった。
シンプルな意匠の、銀色のイヤーカフだった。
ネックレスのように肌に直接触れないものやアンクレットはその操作性が僅かに劣る気がするが、イヤーカフであればそれらもクリアしている。何より、装飾らしい装飾はない無骨なデザインではあるが、その質素さがむしろ清楚な彼女には似合うような気がした。
「……でも戦闘中に落ちないかな」
「シリコンのキャッチを付ければ大丈夫だと思いますよ。戦闘に使うものですから、アクセサリと違って強力な滑り止めがあるみたいです」
そう言って、六花は上崎が迷っていたそれを手に取って左耳にあてがってみせる。――それは上崎が想像していたとおり、彼女によく似合っていた。
「どうでしょうか」
「……お似合いです」
素直に上崎がそう答えると、六花は締まりのない笑顔を見せた。そんな一言でそこまで幸せそうにされてしまうと、上崎の方が困惑してしまう。
「それでいいのか? もっと六花の好みに合わせたりとか」
「先輩が真っ先に選んでくれたものですから。これが一番良いに決まってます」
そんなまっすぐすぎる信頼の断定に、上崎は照れくさくて目を逸らす。その心情すら彼女の掌の上のようで、逸らした視界の端でくつくつと彼女が笑っているのが見えた。
「じゃあそれを買うってことで。お詫びの品になるかな」
「いいえ、先輩」
支払いのためにと六花の手からいったんその起動装具を受け取ろうとする上崎に対し、彼女はひょいとそれを取り上げてみせた。
「さっきお互いに水に流したばかりじゃないですか。お詫びなんて要らないんです」
「いや、でも……」
「お詫びの品って贈られても嬉しくないじゃないですか。――どうせなら、ただシンプルに『プレゼント』って言ってほしいものなんですよ?」
そう言って笑みを浮かべる六花に、上崎は敵わないなとため息交じりの笑みをこぼす。
「そうだな。――卒業おめでとう、六花。入学楽しみにしてる」
「はい」
上崎のはなむけの言葉に、六花は心底から嬉しそうに、満面の笑みで答えるのだった。