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2/2 -落第魔術師が神殺しの魔剣になった件-  作者: 九条智樹
#3 クイーン・トリビュート
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第二章 心乱れ -6-


「――ありがとうございました」


 向かい合って互いに頭を下げる六花と佑介。両者ともに額に少しばかり汗を滲ませ、呼吸を整えるように深呼吸をしていた。

 東霞高校にあるトレーニングルームだった。

 トレーニングと言っても、筋力を上げることが目的ではないため機材らしいものは何もない。ただ目安に床と壁にテープで簡易な仕切りが設けられた、テニスコート二面ほどの広々とした殺風景な部屋だ。その中に編纂結界を張り、佑介と六花がフィジカルエンチャントのみの条件でスパーリングに興じていた。


「……まぁありがたい話ではあるか」


 二人の対戦を眺めていた上崎はそう独りごちる。

 護衛ごっこと言うからには彼女の傍にいる必要があるが、それでも何かしら理由はいる。こうして彼女に手ほどきをするという名目でも、一緒に行動する時間が延ばせるのは願ったり叶ったりだった。

 その上、彼女自身のオルタアーツの腕前が上がれば、護衛できない時間帯に何かが起きても、彼女が自身の身を守れる可能性は上がる。まさしく一挙両得だ。

 そんな上崎の感心も忘れ、本気でスパーリングに興じていたらしい佑介は、汗を拭いながら感嘆の声を漏らす。


「……いや、結城があんなに褒めてたのは半信半疑だったんだが、マジだったな。勝てる気が微塵もしない」


「そんな、褒められても何も出ませんよ?」


「…………でも佑介のフェイントにことごとく引っかかってたよな」


 上崎の指摘に「う……」と胸を押さえ六花が肩を落とす。

 一年生の中でも佑介はトップクラスの実力者だ。その佑介を相手に身体強化術式のみの組み手で、六花は一歩も引かない善戦をしてみせた。それだけでも十分すぎるほど優秀ではあったが、しかし、こと駆け引きだけを抜き出せば落第点だ。


「その、こう、素直な女の子は先輩お嫌いですか……?」


「好きか嫌いかって言うより、心配になるんだよなぁ……。町中で知らない男に声かけられてもついて行っちゃ駄目だからな?」


「それは大丈夫です。先輩以外にはついてきません」


「俺もほとんど知らない男枠だろ……」


 なぜかぐっと拳を握りしめて固い決意を表明する六花だが、上崎としてはむしろ不安が増すばかりであった。


「まぁまぁ、そう責めるなよ。――っていうか、フェイントとかに騙されるのに、そこから反射だけで全部回避されるとかむしろ悪夢だぞ」


 はは、と佑介は乾いた笑みを浮かべる。その奥からは、彼女に対するわずかな畏怖が見て取れた。

 つかみ合いになり佑介のフェイントに体勢を崩されても、その窮地からするりと抜け出していたし、佑介が上手く背後を取り勝負をしかけても、なぜか気づけば正面を向き合って間合いを取り直されていた。

 やはりオルタアーツや戦闘に対する経験は少ないのだろう、というのはそれだけでも十分すぎるほどに伝わった。ただその不足を補ってもあまりあるほど、彼女のフィジカルエンチャントの出力はずば抜けている。

 フェイントや駆け引きに騙されていては、全ての対応が後手になる。一瞬のミスが致命的となる戦いにおいて、その遅れを後出しで挽回できるなど反則も良いところだ。佑介が恐れおののくのも無理はない。


「……あの、でもジェネレートの練習に付き合っていただいたお礼が、こんな組み手でよかったんでしょうか? むしろ私の方がいろいろと教えてもらってばかりのような気が……」


「いや、組み手してみたいって言ったのは俺だしな。むしろジェネレートも大したことを教えてあげられずに申し訳ない」


 佑介がそう言うと、六花は「そんなことありません」と慌てた様子で手を振った。

 昼食を食べた後、東霞高校のトレーニングルームを借りて上崎たちは六花にジェネレートの手ほどきをしていた。だが、初心者の定番とも言える棒さえ彼女は生み出せず、どうにかペーパーナイフ程度の薄く短いものを形成するのがやっと、といった様子だった。


「フィジカルエンチャントが上手い分、身体を構成するイメージに引っ張られすぎてるのかもな。魂を全身からまんべんなく少しずつ寄せ集めて武器にする、なんて粘土細工みたいなこと、なまじ身体の構造を理解していると想像しにくいとか」


「……そうなんでしょうか。才能がない、とかでは……」


「あれだけフィジカルエンチャントが出来てそれはないだろ……。慣れてコツさえ掴めば、六花ならあっという間に上達するよ」


 そのなんでもない慰めの言葉に、六花はぱぁっと顔を明るくする。


「先輩、先輩。そう言えば先輩にはお礼をしてなかったです」


「いや、別にお礼がほしくてやったことでもないから気にしなくていいけど」


「お礼をしてなかったです」


 ずいっと身を乗り出す六花に引き下がる気はないようだった。この短い付き合いでも、彼女の押しの強さは身に染みて理解していた。だから上崎はため息をついて諦めることにした。


「……分かった。あとで自販機のジュースでも奢ってくれればいいよ」


「分かりました、今からカフェに行きましょう」


「なぁ、俺の話を聞く気はないの? 自販機でいいって言っただろ?」


 げんなりする上崎の横で、佑介はけらけらと腹を抱えて笑っている。


「いいじゃないか。せっかく後輩が懐いてくれてるんだ、一緒にお茶するくらい」


「秋原先輩もそう言っていますし、ね?」


「……まぁもう夕方だし。送るついでならいいか……」


 はぁ、とわざとらしく諦観のため息をこぼす上崎だが、六花にはその皮肉じみた声は聞こえていないのか「ちょうど新しく美味しそうなお店が出来たんです」と何やら意気込んでいる様子だった。


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